1万〜1万5千人に1人の確率で、しかもほとんどが女の子に発症する不治の難病「レット症候群」を知っていますか。10年前、2歳になる娘がレット症候群だと診断された一人の父親。レット症候の治療法を見つけるため、治療に役立つ研究を助成したいと団体を立ち上げました。「いつか、娘がパパと呼ぶ声が聞きたい」。父が抱く願いとは。(JAMMIN=山本 めぐみ)

遺伝子の変異が引き起こす「レット症候群」

「レット症候群支援機構」代表の谷岡さんと、娘の紗帆さん。家族旅行にて、戸惑いながらもプールを楽しむ紗帆ちゃん。レット症候群の子は感受性が強く、言葉を発することはできなくても表情豊かな子が多いのだという

レット症候群は生まれてから半年〜1歳半頃に、ほとんどにおいて女の子だけに発症する神経系を主体とした発達障害です。1966年にウィーンの小児神経科医だったAndreas Rett(アンドレアス・レット)が最初に症例を報告し、そこから「レット症候群」と名づけられました。

症状が出てくると、それまでに獲得したわずかな言語も話すことができなくなる、徐々に運動ができなくなるといった「退行現象」が起こります。詳しい原因はわかっておらず、また治療法も発見されていませんが、近年の研究によってレット症候群の患者の9割以上に、ヒトが持つX染色体上にある「MeCP2遺伝子」の変異があることがわかってきました。

10年前、レット症候群と診断された頃の紗帆さん。「一見わかりませんが、この頃すでに座位が保てなくなってきていました」(谷岡さん)

NPO法人「レット症候群支援機構」は、レット症候群の娘を持つ谷岡哲次(たにおか・てつじ)さん(43)が、レット症候群の認知と根本的な治療法の開発を目指して10年前に立ち上げた団体です。今年12歳になる娘の紗帆(さほ)さんは、2歳の時にレット症候群と診断されました。

「紗帆は、1歳を過ぎた頃からそれまで普通にできていたハイハイやお座りができなくなりました。病院で検査を受けても異常は見つからず、一方で歯ぎしりや手を口元に持っていくことを繰り返すなどの常同行動が増え、遺伝子検査の結果、レット症候群と診断されました」

根本的な治療法は見つかっていない

両手を胸の前あたりでもみ合わせるのは、レット症候群の特徴的な常同行動のひとつ

レット症候群の症状として、知的障害やてんかん、睡眠障害や歯ぎしり、息こらえなどの症状があると谷岡さん。現在はまだ根治のための治療法が存在せず、それぞれの症状に対して投薬や手術、リハビリなどその都度、適切な治療を行う対処療法がメインだといいます。

「12歳になり、紗帆は体も少し大きくなってきました。今は元気で落ち着いています。相変わらず表情豊かで日々ニコニコしていて、かわいくて癒しの存在です。ただ、同じレット症候群の患者家族の方たちの近況を見ていると、さまざまな症状が出て入退院を繰り返したりということもあるので、安心はできません。実は去年、紗帆は体調を崩して2ヶ月ほど食欲がない時期がありました。体重もどんどん減少し、一時は胃ろう(胃に穴を開けて、栄養を直接通す)の手術も検討しました。なんとか復活してくれて、今はすりつぶした食事をそれなりに食べてくれています」

「成長に伴って足首の内反がひどくなり、足首が固まってきたので思い切って手術しました。手術後のケアが大変です」(谷岡さん)

レット症候群は、背骨が湾曲する「側弯症」にも悩まされるといます。

「側弯症が進行すると、食べたものが食道を通りにくくなったり胃を圧迫したりと消化器官にも影響を及ぼします。側弯症の手術は大手術なのでできれば避けたいですが、将来的にこういった手術が必要になるかもしれません。それまでに症状を緩和する治療法が出てくれたら、また変わってくるかもしれないと期待しています」

これからの「遺伝子治療」の可能性

「食事はペーストより少し硬めの柔らか煮ほどのものを食べています。水分補給は誤嚥防止の為に少しトロミをつけています」(谷岡さん)

「患者さんとその家族が生きていく上で、選択肢が一つでも多くあるに越したことはない」と谷岡さん。治療法の確立に向けて、団体は2019年10月、自治医科大学と遺伝子治療の研究を進める協定を締結しました。

「協定の期間は5年です。この5年で基礎研究を進めていただき、5年後、それをもとにもっと大きな国の研究として採択してもらえることを目指しています」

2019年10月、自治医科大学との調印式で「レット症候群の遺伝子治療の可能性の探索が日本でもこの日スタートしました」(谷岡さん)

「遺伝子治療に関しては、倫理観の問題などもあって賛否が分かれます。また、レット症候群の治療法として遺伝子治療が最有力という専門家もいれば、そうではないという専門家もいます。遺伝子治療に限らず、私たちは治療法の良し悪しを言いたいわけではありません。ただ、我々にとって選択肢が一つでも多くあるに越したことはないので、その一つとして遺伝子治療の可能性にも期待しています」

「海外ではすでに遺伝子治療の治験が検討されており、実は日本でもなんとかこの波に乗れないかと動いていたのですが、連絡をとっていた海外の製薬企業が別の大きな製薬企業に買収されてしまい、その後関わりを持つことが難しくなってしまいました。そこで新たな道として、遺伝子治療研究の第一人者である自治医科大学の教授の方が各地で講演されるたびに足を運んで顔を覚えてもらい、自分たちのシンポジウムでも講演していただいたりしながら関係を重ね、ようやく昨年の協定にこぎつけました」

遺伝子治療により新たな効果が見込める可能性も

2017年、神戸で開催した国際シンポジウムにて。団体が中心となって企画、費用を集め、世界主要5か国の研究者を招き、2日間をかけて世界規模でレット症候群の未来についてディスカッションを行った

「MeCP2遺伝子」の変異が関わっていることが少しずつわかってきたレット症候群。今後遺伝子治療が可能になれば、新たな効果が見込める可能性もあるといいます。

「遺伝子は体の設計図のようなもの。設計図自体に間違いがあると、どんどん間違った細胞が作られていきます。遺伝子治療では、この設計図を『書き換える』ことをします」と谷岡さん。

「実は2017年の国際シンポジウムの最中、紗帆は肺炎をこじらせて入院してしまいました。側にいてあげられなくて何も出来ない自分がとても悔しかった」(谷岡さん)

「遺伝子の配列の中で『ここがわるい』という箇所が見つかったら、設計図を書き換え、そこだけを読み飛ばしてなかったことにする。正常な遺伝子だけを活性化させて、異常な遺伝子は眠らせる。そういったことができるようになる可能性があるのが遺伝子治療です」

「レット症候群の症状が出てくるのは生後半年〜1歳頃です。それまでは『MeCP2遺伝子』の働きや影響がそこまで大きくないということも考えられ、成長の過程で『MeCP2遺伝子』変異の影響がさまざまな場所に表れます。しかし今後遺伝子治療の研究が進めば、この遺伝子の異変が事前にわかっていたら、症状が出る前に治療を行うことで、その後の症状に変化がみられる可能性も考えられます」

患者団体として「つながり」の中心に

(団体が研究支援を行った「2019年度 レット症候群の研究チーム」研究者の皆さんと。「皆で”Care today, cure tomorrow”、 今日できるケアをしながら、希望を持って生きようを再確認しました」(谷岡さん)

10年前、紗帆さんの症状が進行する中、病名が判明せず、治療や診察のために各地に足を運んだという谷岡さん家族。家族で暮らす関西から九州の病院を訪れ、紗帆さんがレット症候群だと診断された帰りの新幹線の中で、すでにNPO立ち上げを決意していたという谷岡さんは、この10年間をどのように感じているのでしょうか。

「研究の成果ということでいえば、10年かけてあまり進んでいないと感じているのが本音です。『もし活動をしてなかったとしたら、今と何か変わっているのかな。活動をしていてもしていなくても同じなのかな』ということはよく考えますね。ただ、医療の進歩は個別に研究している研究者の一人ひとりの努力だけではなく、それぞれの研究者や当事者、その家族をつないでいくことによって継続して発展していくことができると思っているので、患者団体として『つなげる』役割を果たせているのは一つの大きな成果だと感じています」

いつか…娘の「パパ」と呼ぶ声が聞きたい

自宅で、TV 取材中の一枚。「カメラが好きで、カメラの前では女優さんのような笑顔をする事も」(谷岡さん)

「団体としては今後も治療法の確立に向けて、製薬会社や研究者、国をつないでいく、その中心として役割を果たしていきたい」と今後への思いを語ってくれた谷岡さん。紗帆さんにはどんな思いを抱いているか尋ねてみました。

「娘に対しては、ありのままの我が子がかわいい、その思いは今も昔も変わらなくて、生まれて12年、変わらず、ずっとかわいいです。今、仮に5年後に遺伝子治療ができるとなった時に、果たして手放しで喜んで紗帆に治療を受けてもらうかというと…どうでしょうか。なぜなら紗帆は今のままで十分かわいいし、父親として満足だからです」

自宅で過ごす紗帆ちゃん。「自宅では、大好きなアンパンマンを観たりしてゆったり過ごしています。この日はリモートで久しぶりにお友達と再会しました」(谷岡さん)

「だけど、もし紗帆の立場だったらどうだろうと考えてみた時に、それまでできていたことができなくなり、思ったように体が動かなくなって、僕だったら『パパ、ママ、助けて』というのではないかと思うんですね。だから、なんとかしてあげたい。もしかしたら紗帆は、心の中で薄々『私はこのままなんだろうな』と感じているかもしれません。そうだとしたら『せめて私と同じように苦しむ子が居ないように』と考えるのではないかなあと思っていて、そんな思いも、僕をこの活動へと駆り立ててくれています」

「願いがかなうなら、いつか『パパ』と呼んでもらいたいです。生まれてからまだ一度も紗帆の声が聞けていないんです。時折、彼女がむせる声で『声が聞けた!ひょっとして、紗帆はこんな声なのかな』と思っているので、いつか『パパ』と呼んでくれたらうれしいですね」

レット症候群の治療法確立に向けての活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「レット症候群支援機構」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。

「JAMMIN×レット症候群支援機構」コラボアイテムを買うごとに700円が団体へとチャリティーされ、レット症候群の治療法確立に向けて、関連する研究を助成するための資金として活用されます。

「JAMMIN×レット症候群支援機構」9/28~10/4の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はベーシックTシャツ(カラー:ブラック(他カラー有)、価格は700円のチャリティー・税込で3500円))。他にパーカー、トートバッグやキッズTシャツなども販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、天体望遠鏡と、そこから見える無数に連なり輝く星たち。星が連なり星座になるように、治療法の確立に向けて、着実に一つ一つの活動が実を結び、明るい未来が待ち受けている様子を表現しました。星の連なりが、ひっくり返して見ると実は「RETT(レット)」の文字になっています。

チャリティーアイテムの販売期間は、9月28日~10月4日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

いつか「パパ」と呼んでもらえる日まで。難病「レット症候群」と闘い10年、続く父の挑戦〜NPO法人レット症候群支援機構

山本 めぐみ(JAMMIN):JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,500万円を突破しました!

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