タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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出会い

4時45分約束の時間まで5分ある。行き交う魚群の中にたたずんでいながら、啓介は少年の頃の悪夢の中に言う様な気がしていた。両目を固く閉じてみたが、魚群はやはりまぶたの裏で蠢いていた。
啓介はまぶたを閉ざし、しばらくして開けてみた。やはりそこには魚群は有った。そんなことを繰り返しながら時間を潰していると、しばらくすると魚群の中に色がちらと見えた。ブルーのベースボールキャップが流れてくるように見えた。そしてレッドブラウンに日焼けした顔。見覚えのある人間の顔、そう、それは輿水敏夫、敏ちゃんの顔だった。細身だが、がっしりしている上半身が薄汚れたレンガ色のスウェットの下で息をしている。

ジーンズの膝の部分が破れているが、これは作業中に破れたので、ファッションで破いたのではない。黒いダナーの様なトレッキングシューズもかなりくたびれている。敏ちゃんがは群れの隙間を狙って、バスケットボールのポインドガードのように腰をかがめ、体を左右に揺すって近づいて来た。無表情な魚群のなかで嬉しそうに笑って居る。

「スキー場の仕事は?」啓介が尋ねた
「暖かくなると暇になるから、俺の出番は先週までだ」
答えた敏夫の顔は、両目の回りだけ白くて、他の部分が濃褐色に焼けていて、逆パンダのようで滑稽だった。スキーのインストラクターの顔だ。
「啓ちゃん、今シーズンはあまりこんかったね」
「行けなかったな~。また来シーズンだ」
話す二人をかすめて魚群は流れてゆく。大柄の啓介は、チャコールグレーにブルーのストライプのスーツに黒いニットのタイをウインザーノットに締めているが、襟元は大きく緩み、胸元のボタンも二つ開いている。ポケットになんでも突っ込む癖と、脱いで畳まない癖と、それに去年より5キロは太った体に上着のボタンははじけそうだ。
「一杯やろうよ」
「どこで?」
「足のむくままだな」 
「仕事丈夫かい」敏夫が一応聞いた。
啓介は笑って、携帯電話を取り出した。
「船橋です。平井係長お願いします」
しばらくして平井のしわがれ声が敏夫にも聞こえた。
「どやねん」
啓介はこの関西弁が苦手だ。なんて答えていいかわからないから少し黙っていた。
「もしもし、売れとるんか?」と平山の声がもう一度した。
啓介は敏夫に不愉快そうに眉を曇らせ「今、山梨バルブの関係者と会っています」と低い声で答えた。
「相手はえらいさんか?」平井が執拗に聞いてきた。
「ひらいさんです」啓介はしまったと思った。
いつも平井をヒラ同然の係長などと同僚と揶揄していたせいで、こんな悪い冗談が口をついてしまった。しかし平井はそれを冗談と取らず、「なんやワシと同じ名前かい」啓介はほっとした。
「偉くはないですが、社長とツーカーですから」

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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