日本の「和食」がユネスコの無形文化遺産登録を受け、世界中で日本食文化への関心が高まるなか、龍谷大学では2015年4月に農学部の開設を予定しています。当学部は農業を人間の根源である「いのち」とそれを支える「食」を、「食の循環」という観点で捉え、これらを取り巻く地球規模での諸課題の本質的な解決に寄与できる人材育成をコンセプトとしています。このたび、農学部開設に向けて「食の循環」をテーマとしたトークセッションがシリーズ開催され、農学部就任予定の教員らと、食や農の専門家のクロストークで会は進行し、USTREAMでの配信も行なっています。第1回目は2013年12月13日、料理研究家の杉本節子氏をゲストに招き、「京のおばんざい」を通して「食の循環」を考えました。(オルタナS関西支局特派員=楢 侑子)

京都の商家に生まれ育ち、代々受け継いで来た歴史や文化の継承に努める杉本氏。和食の無形文化遺産登録をきっかけに、京都府・市も京都の食文化を後世に伝えることに意欲的になったと述べ、さらに「子供、大人を含めて今後食育を広めていきたい」と語ります。

発酵が進み過ぎたものは、水でさらす、刻んで調理するなどの一手間をかけて食べられていました

会場の皆さんへは、お漬け物の「おこうこの炊いたん」が振る舞われました。これは京都の伝統野菜の桃山大根を麹と塩で漬けて炊いた「たくあん」とよく似た保存食で、江戸時代より京都の商家の食習慣の中には欠かせないおばんざいでした。おばんざいとは、京都の一般的な家庭で食べられてきたご飯のおかずを指します。口に含むと、大根のサクッとした歯触りにじゃこの旨味が広がり、後からはピリリとした鷹の爪の辛みが加わります。

質素倹約、分相応を体現していた江戸時代の京都の商家の食事は「朝夕茶漬け、香の物。昼一汁一菜」が一般的だったとされており、この「おこうこの炊いたん」は日常的に食卓へ登場したといいます。さらに出汁を取った後の昆布や鰹、煮干しなどを刻んで炊いた「出汁がらの炊いたん」などもよく食べられていました。「平たく言えば、“もったいない、ほかさん(捨てない)とこう”の精神ですが、物を捨てず、お金を使わずに新しい物を生み出す、生活の知恵だったと言えます」杉本氏は、環境や食の循環の視点から語ります。

豊富なスライド写真を見ながら、代々伝わるおばんざいを語ります

続くトークセッションは「京のおばんざいから見える食の課題」をテーマに語られ、自然の恵みである食をいかに感謝して享受するかが論点となりました。

植物の専門家である植物生命科学科の古本強教授(就任予定)は、コンビニで100円ちょっと出せばおにぎりを食べられる手軽さからは「お米が出来るまでの時間や手間ひま」に意識が及びづらいのではないかと指摘。例えば米づくりの過程に触れることで食物の大切さを情報としてではなく、身体が知ることができる環境を教育現場で作ってはどうかと提案しました。

環境と調和した農業を、農作物の改良・栽培技術面から追求する資源生物科学科の玉井鉄宗教授(就任予定)は、農業を“自然と人間のへその緒”と呼び、食育ならぬ“農育”を提案。「人間は、他の生き物の命を奪うことでしか命を維持することができず、食の楽しみには哀しみが含まれています。人間が自然の一環であることを実感するためには、命を奪って食べるまでの一連の経験が必要ではないか」と述べました。

それぞれの専門分野から、教授陣が意見を交わします

話題は、食品栄養学科の山崎英恵准教授(就任予定)からの問題定義で、「今の日本では、台風が起きて畑が被害にあってもスーパーに食品が並び続ける、季節の違う野菜が売り場に並んでいるといったことが当たり前に起きています」という、自然に反する違和感に及びました。

食料農業システム学科の香川文康教授(就任予定)は「季節に左右されないのは一見すると「便利な世の中」ですが、農業従事者は低賃金労働を強いられ、そうでない職業の人も休みなく働き続けている現状がある。社会システムそのものを見つめ直す時期に来ている」と述べました。

和食が無形文化遺産に登録された概要の中にも「自然の美しさや季節の移ろいの表現」という項目が含まれており、季節感は、和食にも欠かせないものだと言えそうです。

杉本氏は、「おばんざいのメニューを提案する際も、まずは季節感を大切に組み立てていきます」と説いた上で、冒頭に出た「おこうこの炊いたん」のように、季節外に味わう保存食や乾物食が、食を循環させ、毎日の食卓の味わいに奥行きをつくることを述べました。和食は旨味を特徴とした料理であり、料理の味は味蕾という舌にある器官で味わいます。

食と農が上手く循環し、健康な食を味蕾で感じることにより、日本人としての心を育み、それが未来の和食文化の発展に繋がるのではないかという意味を込めて「味蕾から未来へ」と結ばれ、トークセッションは幕を閉じました。

全6回シリーズの第2回は2014年3月7日に龍谷大学大宮キャンパスで「農山村から創りだされる食の循環」をテーマに篠ファームの高田実氏を招き開催されます。

第1回トークセッション配信先
http://www.ustream.tv/user/ryukoku-talksession
【ゲストプロフィール】
杉本 節子 氏
公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会常務理事兼事務局長、料理研究家、エッセイスト。京町家と京町衆の文化継承と同時に、NHK出演、新聞・雑誌などでエッセイ、講演、大学非常勤講師、料理講師、食文化展示監修などの活動を行う。

【龍谷大学農学部登壇者(就任予定)】※農学部は2015年4月開設予定(2014年設置認可申請予定)
植物生命科学科 教授 古本 強
資源生物科学科 講師 玉井 鉄宗
食品栄養学科 准教授 山崎 英恵
食料農業システム学科 教授 香川 文庸

【関連URL】
http://www.ryukoku.ac.jp/agr/news/detail.php?id=5403