元NHKアナウンサーの鈴木慶太さんは、2009年に発達障がい者の就労支援事業を行うKaien(カイエン、東京・千代田)を立ち上げた。起業したのは、アメリカでのMBA留学と発達障がいと診断された息子の存在が大きく影響している。健常者に比べ、コミュニケーション能力が劣るとされているが、発達障がい者を受け入れることで組織が良くなっていくと言う。(オルタナS副編集長=池田真隆)
鈴木社長は、発達障がい者を雇用することで、組織が活性化していく理由をこう話す。「人とのコミュニケーションを苦手とする発達障がい者とともに働くためには、組織の構造化・可視化・単純化・情報の共有化をより一層進めていかなくてはいけない。ビジネスの常識であるこれらのアプローチを徹底することで、自然と会社全体が良くなっていく」。
受け入れる側の組織体制を改善することは、発達障がい者だけではなく、ともに働く健常者にとっても良いのだ。このロジックを組むことで、「発達障がい者の雇用」をプライオリティーの高い経営課題とリンクさせた。
鈴木社長は、「資本主義で生き残るためには、企業は利益を出していくことが求められる。であれば、生産性の低い労働者を雇用することを避けるのは当然のこと。なので、雇用を進めてもらうためにも、発達障がいの人を雇うと組織としての活性化にもつながると説明している」と話す。
会社を立ち上げてから、245人が職業訓練に参加し、約6割となる144人の就労支援に成功している。特徴的なのは、賃金と定着率の高さだ。一般的に障がい者の月給は低く、全国平均は約11万円とされる。
しかし、同社の支援で就労した人の月給は平均17.7万円だ。さらに、仕事の定着率は90%。これも、全国平均より10%高い数値となる。
これらの結果を出せているのは、同社の職業訓練に特色がある。
パソコンなどのデスクワークから印刷などの立ち作業まで多様な職種を経験させることで、適職を見つけやすくする。就職後もほぼ毎週懇親会を開催し、つながりを継続させ、一人で悩みを抱え込ませないようにしている。
さらに、このような就労移行支援事業は障害者総合福祉法上の障害福祉サービスとなり、ほとんどの受講者は無料でサービスを受けられるが、交通費が自己負担となる場合が多かった。同社では、月に1万円までの補助金を出し、受講者が就職活動に専念できる環境を整える。
鈴木社長がキャリア相談に乗るときは、「WHAT(ワット)ではなくHOW(どのように)で職種を選ぶように勧めている」と言う。また「発達障がい者は、総じて、コミュニケーション能力が低いが反復運動は得意と語られるが、すべての人がそうであるわけではない。まったく逆の特徴の人もいるので、一人ひとりと向き合うことが大切」(鈴木社長)。
彼らが自立できるように教え方にもこだわる。「助手席に座るのではなく、カーナビのサポートのように」と例える。「感情的になり、手取り足取り教えるのではなく、論理的に整理した情報を伝えていく」。
鈴木社長が同社を立ち上げた経緯には、多くの偶然が重なった。NHKアナウンサーとしての将来に違和感を覚え、2009年にノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にMBA留学をし、そこで発達障がい者をエンジニアとして雇用するデンマークのIT企業スペシャリステルネと出会った。
2007年に長男が発達障がいと診断されていたこともあり、この事業の立ち上げを決意した。発達障がい者の雇用支援という社会的事業を行うが、「社会を変えることはできない」と考える。社会のあり方を変えていくよりも、「資本主義の波に乗ることが重要」と現実を見据える。
鈴木慶太:2000年、東京大学経済学部卒。NHKアナウンサーとして報道・制作を担当。’07年からKellogg (ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)留学。MBA。渡米中、長男の診断を機に発達障害の能力を活かしたビジネスモデルを研究。帰国後Kaienを創業。