伊藤忠青山アートスクエアで1月5日から、「猿山 富士山 in 青山展」が開かれる。同展覧会では、35歳以下の若手アーティスト100人超が2016年の干支である猿と富士山をさまざまな形で描く。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
展覧会は1月5日から17日まで。会場となる、伊藤忠青山アートスクエアは伊藤忠商事がCSR活動として運営している入場無料の社会貢献型ギャラリー。今回は、昨年の「羊がいっぱい展」に続く第二弾として、若手アーティストの飛躍の機会として企画した。
今回出展するアーティストのなかから、最年長となる2人を紹介する。画家を目指した経緯や、画家としての苦労、やりがい、そして、作品に込めた思いを聞いた。
■一般企業を辞め、遠回りして日本画家に
河原佳幸さん(35)は、一般企業に就職後に、東京藝術大学へ入り直した異色のアーティストだ。
高校までは絵はあくまで趣味であった為、慶應義塾大学に進学。大学卒業後は自分の将来を決めきれず、紙の専門商社に就職し、仕入れ業務を担当した。働いて3年が過ぎたころ、「絵を通じて自己表現したい」という思いが次第に河原さんのなかで強くなる。
親族に画家がいたため、生活の厳しさは覚悟していたものの、26歳で会社を辞めて、美術予備校に入学し3年半かけて学び、念願の東京藝術大学日本画専攻に入学した。入学したのが29歳のときで、同学年では最年長だった。現在は、博士課程の修士2年生。同大学院で、日本画の保存修復技能を研究しており、その細やかな技能や仏教美術のモチーフが彼の現代的な作品に生かされている。
現在、河原さんは美術予備校の講師など複数のアルバイトを掛け持ちしながら、学費や高価な画材を賄っている。日本画は、キャンバスではなく、絹や和紙を使い、絵の具は、宝石を砕いた岩絵の具を使うため、費用がかさむ。
大学の同級生の多くは、結婚し家庭を築いている。そんな友人たちを横目に、「描けば売れるというわけではない。アーティストは社会的認知を得ることが難しい」と心境を明かす。
だが、そのような不安な状況にいるからこそ、アーティストとしてのやりがいが実感できるという。「迷いに迷って絵を完成させる。そのような環境だからこそ、観覧者や先生からの良い評価や、作品が売れた時の社会に受け入れられた喜びが強い」と話す。
河原さんは、「よく見てみると必ず違いが見える。日本画でしかできない作品の味わいを感じてほしい」と訴える。
■中国で挑戦する若手作家
大胆な構図と鮮やかな色彩感覚を持つ山崎和樹さん(35)は、若手アーティストを対象とした展覧会ではつらつとした十二支を描き、「伊藤忠青山アートスクエア賞」を受賞した。山崎さんは2014年から上海を拠点に活動している若手作家だ。
山崎さんと中国とのつながりができたのは、2008年。その頃、山崎さんは、芸術大学への進学を考えていたなか、自費で銀座などの画廊を借りて、個展を開いていた。その絵を見た知り合いの中国人画家から、上海で開かれる「アート上海」に出展してみないかと打診されたことがきっかけ。
中国での評判は良く、翌年の2009年には、山崎さんの作品が上海でオークションにかけられ落札された。このことがきっかけで手応えを感じるようになり、それ以来、2013年まで定期的に上海で開かれる展覧会に出展し、徐々に中国への活動頻度を高めるようになっていった。
2013年の展覧会で、山崎さんは、中国の画家たちに、「ここでやっていきたい」という思いを伝えた。そうは言ったものの、移住してまでは考えておらず、日本と中国の2拠点で活動したいという考えだった。だが、「ここに住みながら活動すればいいじゃないか」と即答された。現地の美術館を働き先として紹介してもらい、こうして山崎さんの中国への移住が決まった。
中国には知り合いの日本人は一人もいなかったが、数年間、同国で活動していたおかげで、現地の画家ら数人とは関係があった。移住した際には、彼らのサポートを受けた。
移住してからは、制作を中心に生活しているので、「一人でいる時間が増えた」と言う。言葉も完全には理解していないため、TVやラジオ、新聞などの世間一般の情報は入ってこないので、「活字で考えることが少なくなった」とも。
中国で暮らして、変化があった。誰かと比較することをしなくなったことで、自分が思っていることを素直に表現できるようになったという。
今回、西遊記の登場人物を描いたが、現地の画家仲間たちから、作品への指摘を受けた。たとえば、沙悟淨(さごじょう)は、日本では河童を連想するが、中国では、人だという。沙悟淨の起源は玄奘三蔵が旅の途中で助けられた流沙の神・深沙大王とされている。 そのような指摘を受け、沙悟浄を河童から、がっしりとした男性に描き直した
若手アーティストが画家として生きていくのは非常に困難だ。今回の展覧会を主催した画廊である八犬堂の大久保欽哉さんは、「経済状況で大きく左右される」と実情を話す。日本ではまだ無名に近い若手アーティストの絵を購入するという文化がまだ根付いていない。絵だけの収入ではなかなか経済的に自立することができず、アルバイトや仕事をしながら活動を続けている人が大半だと明かす。若いうちから画材の購入を続け、画家としての芽が出るまで、全て自分でやりくりするのは相当大変だし覚悟が必要だ。なかなか家庭からの経済的支援がないと続けていくことが難しいのも実態のようだ。
展覧会は、青山の一等地で開催されることで、ビジネスパーソンや買い物客など普段から絵に接していない人も多く訪れる。そのような人にも絵を楽しんでもらい、絵を飾ってみようと思ってもらう、そのような若手アーティストとの接点をもってもらうことが本展の開催の目的として期待されている。
同展覧会は、1月5日から17日まで。1月10日(14時~16時)には、日本画材で猿を描くワークショップが、11日(14時~16時)には、フェルトで猿を描くワークショップが行われる。是非、若手アーティストを支援する社会に力を貸してほしい。
申という字は、伸びるという字の原字であり、成長するという意味を持つ。新年の幕開けにふさわしい、100人超の若手作家が描く猿と富士山の出会いに注目だ。
【「猿山 富士山 in 青山展」】
とき:2016年1月5日(火)~17日(日)11:00~19:00
ところ:伊藤忠青山アートスクエア(東京都港区)
入場無料
URL:http://www.itochu-artsquare.jp/