東京タワーの正式名称をご存じだろうか。正式名称は日本(にっぽん)電波塔。1958年のクリスマスイブの前日に竣工し、翌年の1月10日からテレビ放送が始まる。1964年の東京オリンピック開催に向け、1960年にはカラーテレビ放送も始まった。連夜のイルミネーションは1965年のクリスマスイブからであり、東京のシンボルは、この時期に装いを調えた。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

東京タワーのイルミネーションは、今も連夜点灯しているが、家でテレビを楽しむ時代から、電車の中でもスマホを見る時代に変貌している。これがわずか半世紀の間の変化だ。若い夫婦が日本の経済成長を支える国から、少子高齢化の国へと変わり、空き地や空き家の問題もこれから深刻だ。東京だけではない。地方では過疎化が深刻化している。都市も地方も創成が求められている。トモダチだけではなく、ゲームのようなアプリケーションまで自在につなぐインターネットを手に入れた社会。その次の社会をどのように構築するかは私たちの創造性にかかっている。

前回の第一弾(「多形構造社会」 ポリモルフィック・ネットワーキングの時代)では、インターネットの「次の仕組み」が作る近未来、「多形構造社会」について紹介した。ポリモルフィック(多形構造の)ネットワーキングにより、多元的な価値が交換され、蓄積され、エシカルなコミュニティを支える仕組みを手に入れることもできるようになる社会の話だ。

第二弾のテーマは、多形構造化する都市や地方の未来、ポリモルフィック・プレイスについて取り上げる。筆者は、松永統行氏(国際社会経済研究所)と三井不動産 S&E総合研究所の山本 淳一氏のもとを訪れた。山本氏は、都市・街づくりに従事しており、『スマートハウスとパッシブハウス』の著者でもある。また、港湾・河川の水辺の開発にも精通している。

ポリモルフィックプレイスについて話し合う山本氏(左)と松永氏

ポリモルフィックプレイスについて話し合う山本氏(左)と松永氏

■都市・街づくりは脳の産物

池田:今回は、都市や街づくりがテーマですね。

松永:このシリーズの第一弾は、知能化した情報プラットフォームの未来についての話から始まりましたが、このような情報技術が都市や街づくりに大きく影響する社会になることは、池田さんたち、スマーフォン世代の方々には違和感がないのではないかと思います。

都市や街は、「生き物」とよく言われます。また、「脳の産物」とも言われることもあります。実は、都市は、ポリモルフィック(多形構造)という概念を議論するのにピッタリなテーマです。山本さんは、都市づくり、街づくりの専門家です。今回は、「次の都市や街づくり」を考えるために、山本さんと1964年の東京オリンピックの頃から今日まで広げてみることができればと思います。

山本:都市が脳の産物という点では、東京は、手塚治虫が鉄腕アトムで描いた未来都市のイメージをそのまま実現してきた都市とも言えます。中央に高層ビルがあり、その間を高速道路が行き交います。

松永:この時期の東京には、当然のことながら今のような社会インフラは何もなく、高層ビルの都市は未来図だったということですね。

山本:首都高速道路の最初の路線は、京橋 から芝浦までの45㎞で、前回の東京オリンピックの2年前、1962年の年末に開通しました。日本で初めての高層ビルディング、霞が関ビルディングを建設したのはこの後で、1965年に起工し、1968年に開業しました。東京港が国際港としてコンテナターミナルを運用し始めたのは1967年で、品川埠頭から始まりました。大きな船の往来のためには、深い港が必要になり、日本の産業を支える海の物流網の整備が、東京を中心に始まった時代です。

池田:高速道路や高層ビルのない東京を想像するのはむずかしいですね。大きな船の絵を描いてと言われれば、コンテナを積んだ船の絵を皆が描くと思いますが、この時期まで、日本人は巨大な船も見たこともなかったのですね。

山本:ジェット機が生まれたのも60年代で、成田国際空港の建設が始まったのは1966年、先行して羽田国際空港にジャンボジェット機が乗り入れたのは1970年です。昭和30年代から40年代生まれの子供たちは、見るもの見るもの新しく、漫画の中にあった都市が目の前に現れてくる刺激的な幼少期を過ごしたのではないかと思います。

松永:都市の人工物が、次々に登場した様子がよくわかります。「大きいことはいいことだ」というチョコレートのCMソングが流行したのも60年代後半ですので、そんな雰囲気に包まれた時代ですね。また、このような巨大な構造物とメディアの拡大が近代を象徴していたのではないかと思います。

■20世紀のシンボルに溢れる若い夫婦の街、東京

山本:近代化のシンボルとして新しいインフラが次々に生まれてくる。東京は、労働力を提供する若い夫婦のための街でもあり、また、戦後の高度経済成長の波に乗るように、消費の街として発展を続けました。魔法のコンパクトを鏡の精からもらった「秘密のアッコちゃん」という漫画が1962年に漫画誌に連載され、2010年頃には再びアニメとして放映されましたが、ヒロインのお父さんの職業は、第一作が船長、第二作がニュースキャスターです。船や飛行機、日々のニュースを伝えるメディア、こんな職業にも憧れる若い夫婦の街だったのではないかと思います。

松永:近代化のためのインフラですが、都市に現れる立体的な造形物という点では、ミケランジェロのような天才が次々に生み出す彫刻を見るイタリア盛期ルネサンス期の市民のような感動があったのではないかと思います。コンテナを運ぶ巨大な船や、ジャンボジェット機、新幹線、高速道路等、鉄腕アトムの街が次々に目の前に現れてくる。ミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチのような多才な才能が都市に集結し、その作品を目の当たりにする感動に似ているのかもしれません。霞が関ビルも当時は巨大なビルディングですよね。

山本:霞が関ビルは、1965年に起工した日本で初めての当時の超高層ビルですが、その設計や建築に、社内は社会的使命と誇りに満ちていたと思います。地上36階、高さ147mのビルディングです。怪獣映画ゴジラの第1作は1954年に公開されましたが、この時のゴジラの身長は50mでした。約10年後の東京には実物として約三倍の高さの霞が関ビルが建ってしまいます。霞が関ビルを皮切りに高層ビル建築のラッシュが始まりました。実物の東京に対応してか、映画の中のゴジラも、連作が進むにつれて、1991年には、100m、2016年現在の放映版では118.5mと巨大化していきます。映画のゴジラは、下からのアングルで撮影するので、大きく見えるのですが、現在のビルディングはさらに巨大化し、高さ200m級のビルディングがたくさん立ち並ぶ都市になっています。

松永:1965年の霞が関ビルディングの起工から高層建築のラッシュが始まっているのですね。国際貿易港や国際空港や首都高速道路等、これらの大規模な社会インフラ構築が東洋の奇跡と呼ばれた工業化による高度経済成長を支えていた。人に目を向ければ、そこには若い夫婦が働く街づくりがあったということですね。

山本:現在、通勤ラッシュになっている、山の手線も、中央線も、東海道線も、鉄道の黎明期は、軍のロジスティクスや工業化に欠かせない石灰石、砂利、石炭といった物資運搬が目的で敷設されました。経済成長とともに通勤や旅行のための鉄道が発達していきます。特に私鉄については、通勤ばかりではなく、人々の生活環境を考えながら発展した鉄道会社が多く、住宅地開発、大学の誘致や劇場等のアメニティの創設により、移動ニーズや沿線の付加価値を作り出し、路線展開をしています。アメニティについては、宝塚歌劇団や都市郊外に作られた遊園地開発も時代を象徴する成功事例の一つです。

■日本の経済成長を支えた働くための都市“東京”の巨大化

池田:鉄道、高速道路、港湾、飛行場、ビルディング等、東洋の奇跡と呼ばれた高度経済成長を支えた都市のインフラを作り上げた技術基盤はどこにあったのでしょうか。

山本:土木・建築がその一つです。実は土木・建築というのは、平面を作る技術が基本にあります。それから、自然を扱う技術でもあります。例えば高速道路も高架に面を作る技術で、山間部を切り開き、植生等、自然環境への影響も考えながら作られていきます。「淮南子(えなんじ)」という紀元前2世紀の中国の古典があるのですが、この中に築土構木という言葉があります。

土を築き、木を構えるという言葉から土木という言葉が生まれました。築土構木は、とりわけ日本では、治水や築城の技術でもあり、自然を考え、城を構え、城下の人々の住処(すみか)となる街を作る技術として発達していました。鉄道でも道路でもビルディングでも土台が大切で、多形な自然に対して面を作る、これが、近代産業の設備であるビルや道路や鉄道を作るときの基盤技術として活きています。

松永:産業基盤となるビルディングや道路や鉄道を作るための要素技術や方法論は、そろっていた方が効率的です。これは情報通信技術でも同じです。そろえられた技術を、「一様」な技術と呼んでいるのですが、大量生産大量消費社会の技術は、効率性を追求するために一様な技術や方法論を展開することが多く画一的になりやすい。一方、城の技術は、様々な自然環境をそのまま活かした局所的な技術で、まさに多形構造を生む技術ではなかったかと思います。高速道路やビルを作る「一様」な技術は、日本の多形な自然を相手にする技術基盤があったからこそ成り立っていたのですね。

池田:都市が画一的になるのはなぜでしょう。

山本:東京も当初は人が「生活を営む街」だったのですが、高度経済成長の中で「働くための街」として成長しました。都心部の地価の高騰もあり、人の住処として成り立つ街より、働くための街の方が効率性を求められますので当時は、画一的になりやすい状況が生まれました。

松永:人の営みには、多様なインタラクションが必要で、このインタラクションの質の高さが精神的価値の向上につながります。現在では無縁化等、高齢化社会の問題が浮き彫りになっていますが、本来、人の生活の中には、折々にかたちを変える「多形なインタラクション」があふれていました。後でもう少し詳しく説明しますが、このインタラクションのデザインが、次世代のスマート化する都市にも地方にも再び必要になる時代が来ると考えています。

■スマート化の進展する社会とは

池田:スマート化とはどのようなことでしょう。

松永:20世紀末の大きなイノベーションにインターネットがあります。はじめはパーソナルコンピュータをつなぐネットワークだったのですが、今はスマートフォンのようなモバイル情報端末をつなぐデジタルネットワークとして高度化しました。電話というのは不思議な道具で、約90年前にベル(電話)研究所がニューヨークに設立され、世界の頭脳が集結しました。ここでトランジスタから衛星通信まで幅広い技術が生み出されています。90年後の今も再びスマートフォンから動き出しています。スマート化ということでは、次はスマートカーにイノベーションが動いています。ニュース等でもよく話題になっていますので、皆さんもご存じだと思います。このイノベーションが同時にスマートシティに広がろうとしています。

%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%95%e3%83%a9%e3%81%ae%e9%ab%98%e5%ba%a6%e5%8c%96%e3%81%a8%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%83%88%e5%8c%96%e3%81%ae%e9%80%b2%e5%b1%95

スマートカーといっても、スマート技術の集まりのようなもので、スマートマシンの集まりとも言えます。スマートシティは、このスマートマシンが協調して、統合的に設備として機能するインフラをもつ未来の都市と言えます。

電話は回線という概念で成り立っており、線でつながる概念の道具でした。スマートフォンは、情報がデジタル化され網の目のようにつながっていることが本質的な違いです。すべての情報を0と1に置き換え、情報を作り変えたり交換したりする様は、多くのモノやサービスに交換できる貨幣のようだとも言われています。このデジタル情報が自在に飛び回るプラットフォームとして生まれたのがインターネットです。

スマートフォンやタブレットに代表されるモバイル情報端末は、デジタルコミュニケーションの道具として高度化しましたので、FacebookやLINEのように人もつなぎますが、アプリケーションソフトウェア等のコンピュータプログラムも自在につなぎます。一方で、つなぎっぱなしの概念が根底にあるこの道具は、様々な情報セキュリティーやプライバシーの問題を本質的に抱えた社会インフラでもあります。安心なインフラにすることが求められており、これがインターネットのプラットフォームが作り出した第一フェーズの進化の状況です。

イノベーションは、今、メディアでも取り上げられているように、スマートカーへと広がっています。スマートカーの特徴は、自動化と自律化です。手放しで運転できるレベルから人がいなくても運転できるレベルまで、マシンの自動化や自律化に研究開発が集結しています。ここでは、まずは安全なインフラであることが求められています。

スマートフォンをみると家の電話機のようなボタンがついていないように、インターフェイスの技術やデザインが進化するとシステムの高度化が進みます。話しかけると答えてくれるスマートフォンに搭載されたアプリSiriも発話解析認識インターフェイスの略語です。スマートカーの研究により、マシンの多様なインターフェイスがさらに高度化していきます。スマートフォン以外にも、もっといろいろなモノをインターネットにつなごうというのが、IoT、インターネットオブシングスといわれる潮流です。

スマートカーはスマートマシンの集合体のようなものなので、同時にスマートシティのインフラを高度化する進化でもあり、実証実験も始まっています。例えば、知能化したカメラは、車のセンサーとしても都市のセンサーとしても機能し、車も都市もスマート化します。

スマートシティのスマート化の特徴とは、ヒトや、ヒトのように振る舞うマシンと協調的な振る舞いをする必要があることです。協調的な振る舞いをするために、ヒトやマシンやコンピュータには、振る舞いの背景となる情報が必要になります。ヒトやマシンやコンピュータは、この背景情報とインタラクションをするので、背景情報とのインタラクション構造のデザインが必要になります。

池田さんが川を渡るとき、川の流れをみたり、足場を確認したりしながら渡ると思いますが、刻々と変わる背景情報とインタラクションしながら渡っているのではないかと思います。子供と手をつないで歩けば、周りを見ながら歩きながら、同時に、子供とインタラクションしながら歩いているのではないかと思います。

池田:山本さんは、スマートハウスとパッシブハウスという本を編集されていますね。冒頭に、住宅とエネルギー、そして、快適、健康という書き出しがありました。ハウスのスマート化とはどのようなことでしょう。

山本:スマート化と呼ばれる情報技術の進展、3.11を契機としたエネルギー問題、地球温暖化や高齢化の中で、これからの家について考え、二つの手法からアクセスしたのがスマートハウスとパッシブハウスです。この本の中で、「スマートハウス」とは、ソーラーパネルを屋根に設置したり、エネファームなどを使って創エネし、最新家電等により自ら積極的に快適な環境をつくる家を総称しています。

スマート家電やEVカーとつながるスマートフォンが大切なツールという設定です。一方、パッシブとは受動的という意味ですが、「パッシブハウス」は、断熱・気密の高度化で外気の影響を少なくするものの、日本の文化に馴染んだ考え方に近い季節の変化に適応しながら風や光といった自然の力を最大限利用して省エネを主においています。

確かに、パッシブハウスは自然との「多形的なインタラクション」にあふれていますね。この二つの特徴を紹介し、うまく組み合わせて、快適な家を考えていただきたい、健康な生活を実現して欲しいというのがこの本の趣旨です。

松永:米国には、ホワイトハウス主導のスマートアメリカチャレンジという政策があるのですが、この頃の政策はエネルギー政策でした。今、IoTに大きく舵を切り替えています。スマートシティの一つの代表的なイメージは、スマートフォンの先に、都市に関わる情報や設備がつながって機能するというものです。スマートシティを情報化する際にも、現在、人が身に着けている最も進化している情報端末、スマートフォンが中心的かつ象徴的なアイテムとして捉えられています。スマートシティをスマートフォンのような都市と表現する人や企業もあります。

スマートカーからスマートシティへと概念がさらに拡大する中で、設備のエネルギー効率性のみを指標にする考え方から、快適や健康等、人に関わる要素が加わる考え方に、情報技術も含め変わってきています。多くの企業が便利なスマートを標榜していた時期に、山本さんたちのスマートハウスとパッシブハウスという対極的な2極の訴求は、生活に立脚した提言になっていたのではないかと思います。

■多形な都市と創発的な価値の実現

池田:対極的な思想をもつ技術を、いろいろと組み合わせて人やコミュニティの単位で、生活環境を構築していくことができるようになっていくのですね。

松永:それを多形構造化と呼んでいます。局所最適化であるので、一様でなくてもよい、つまり、すべてがそろっていなくてもよいのです。都市ばかりでなく、地方でも同じで、このような考え方が生まれてくるのは、人の周りに知能化した技術が寄り添うことが想像され始めたからです。ここ1年で、IoT(モノのインターネット)はAI(人工知能)とセットで使われる言葉になりました。

AIがネットワークに加わると、アプリケーションもマシンも個性を持つことになります。このような仕組みが上手に組み合わされ、ポリモルフィック(多形構造)な仕組みになれば、人やコミュニティの振る舞いが重視されますので、創発的な価値を高めます。

%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%82%b7%e3%82%b9%e3%83%86%e3%83%a0%e3%81%ae%e5%9b%b300

インターネットは、一様な自律・分散・協調システムの代表例です。ルーターというデジタル情報の小包(パケット)を転送する一様な(そろった)システムで構成されています。皆さんの自宅のブロードバンドルーターも、つながれているインターネットサービスプロバイダーのルーターも基本機能は同じで一様です。一様なので、アクセスの限界費用、つまりアクセスポイントをもうひとつ増やすコストが非常に安くなりました。

しかし、その上で人が情報交換を始めると、多様なコミュニティが生まれ、創発的な価値が生まれます。IoTやAIのようなさらに多様で高次な機能が加わると、従来とは格段に違うソーシャルサービスが生まれてくるはずです。多形的な価値の交換や公共的な合意形成のツールにもなります。

山本:都市開発にも同じような変化があります。従来は、社会資本整備ということで行政の法的なルールのもと、中央集権的な体制で街を整備し作ってきました。戦後の経済復興を支える都市開発には向いていました。

現在は、シードマネーとも呼ばれるソーシャルファンド等を使い、行政や企業や住民や関連団体が集い、社会関係性資本、つまり、つながる価値を構築しながら、地域ルールや協定をつくり、協議をして魅力ある都市を開発する事例がすでに出てきています。都市や地域のエリアが、「にぎわい」のような精神的にも意義のある価値を創出しようとする場合、作り手側にもこのような信頼にもとづく内部的なつながりが不可欠になります。

松永:先ほど、背景情報とインタラクション構造のデザインについて触れましたが、「にぎわい」の創出は、典型例だと思います。インターネットはアクセスの限界費用を極端に逓減したイノベーションです。その上に、にぎわいが生まれ、創発の価値が生まれてきています。創発のためのインタラクションの価値とは、関係性の価値とも言えます。

都市は生き物といわれます。働くための場所であると同時に、人の住処(すみか)でもあることから、関係性の価値の中にサステナブルであることが本質的に求められているはずです。このように考えると、この中に、パッシブな思想を持つ仕組みを埋め込むことも重要だと気付きます。回復力、抵抗力、復元力、耐久力という意味を表す言葉に「レジリエンス」という言葉がありますが、パッシブな思想を土台にした仕組みも、全体をレジリエントにします。

■パッシブな仕組みが創る親和的な価値

松永:池田さんは、黒電話をみたことがありますか。今、ほとんど姿を消しましたが、電話をするだけでよいのであれば、実はとても優れたシステムです。黒電話は受動(パッシブ)素子でできていて格段に長持ちします。インターフェイスも直観的で秀逸です。受話器を取ってダイヤルを回してかけ、話し終わったら戻す、かかってきたら受話器を取って話し終わったら戻すだけです。

給電され駆動するので災害に強く、震災後に敷設される方が出てきたというトピックもあります。黒電話のベルの音をスマートフォンの着信音に使われている方も時折見かけます。愛着のある機器だったのではないかと思います。大きく重く、効率的ではないのですが、パッシブでレジリエントな良さがあります。

山本:置いてあるだけで価値がある家具のようですね。日本橋の室町東地区再開発によりビル群が2014年に一新したのですが、1ブロックが鎮守の森として再編され、福徳神社拝殿と、薬祖神社が移転・造営され、沢山の木が植えられています。都市を象徴する直線的な超高層ビルの谷間に四季を通じて人々が集い、日本の文化になじみ深い神聖かつ賑わいのある空間が生まれています。

この空間こそパッシブではないかと思います。都市のレジリエンスというと、例えば、地震に対する免震対策や津波に対する避難対策等が検討されることが多いと思いますが、都市の中に人のこころの住処をつくり、精神的価値を高めるという機能が再考されました。

松永:働きかけることによってはじめて反応してくれるモノは、時間がかかる場合も多いと思いますが、人に馴染み、親和的な価値を作ります。スマートフォン、スマートカー、スマートシティと続くスマート化により、アクティブなシステムがさらに高機能化していきます。一方で、人とクルマと都市が快適なインタラクションをするために、パッシブな仕組みも組み合わせていくことも大きな選択肢の一つのはずです。

インタラクションとは、人でもモノでも都市でもコミュニティでも、多様な複数の存在が影響を及ぼし合うことです。良い関係性の中でのインタラクションは、複数の存在価値が作用し合い、快適な創発を生むのではないかと思います。

■次世代の多形な居場所 ~ポリモルフィック・プレイスの創出に向けて

池田:複数の存在価値が作用し合い人の居場所を作るのですね。民間図書館を「居場所」として再構築している事例があります。本を貸す場所ではなく、人の触れ合いを提供する場所として、疲れた心を癒す場所として、多形な居場所を提供するのが目的になっていると言えるのではないかと思います。

人間関係に疲れた人の居場所に――「民間図書館」続々と

松永:少子高齢化社会に向けて、高齢者を癒すロボットやアプリケーションの研究が増えているのではないかと思いますが、これらの研究は、人とのインターフェイスやコミュニケーションを対象としているものが多いのではないかと思います。次のスマート化のステージでは、人でもモノでも都市でもコミュニティでも、存在価値がインタラクションをする場と捉え、池田さんが言われたような多形な居場所を創出する科学的アプローチが生まれてきても良いはずです。

そこに最先端技術は必ずしも必要ではありません。しかし、新しい考え方や技術を想像することはでき、ここに将来につながるフロンティアがあるのではないかと思います。これは、GDPや貧困化率等の数字で社会課題を訴求するアプローチとは、全く異なったアプローチになるはずです。上記の民間図書館は、孤独で不安な老人や学生に多形的なインタラクションの機会となる居場所を提供している事例ではないかと思います。

池田:もっと積極的に、自分たちの社会を変革し、本来の居場所を作るための示唆もあります。オックスフォード大学のトイボネン氏は、会社以外に所属場所がないと、とたんに人間関係が希薄化してしまう日本社会の問題点を明らかにしています。

変革を生み出すコミュニティ、秘けつは「緩さ」――フィンランド学者

松永:手厳しい指摘ですね。しかし、社会の隅々まで神経が通うような知能化したプラットフォームを21世紀の社会は手に入れようとしています。パラダイムシフトが起こっているのは確実なので、足元の生活の場から、今までとは全く異なった「かたち」で、「なりわい」を作っていくこともできるはずです。創造性は局所から生まれるはずです。局所最適化が多形的な価値を生み出し、ネットワーキングされるのが次の社会のはずです。

池田:このようなお話を体現した、新しい「かたち」のコミュニティも生れています。さらに、多形な構造を作り上げ、多形な場所、ポリモルフィック・プレイスを育んでくれそうです。

現代人が次に求めるフロンティア「地図上にないコミュニティ」

松永:池田さんが書かれているように、「経済合理性だけでは説明できない人たち」が集まるとこんなかたちのコミュニティが生まれるのですね。人そのものも含め、情報形成(インタラクション)のかたちが創発のかたちを決めていくと考えているのですが、どのような「なりわい」が生まれてくるのか楽しみです。存在価値があって、仲間や自然環境とのインタラクションの中で馴染み、困難な状況も許容し、多形構造をつくりサステナブルに生きていく、これが多形構造化のプロセスです。

さらに、期待するとすれば、このような新しい次世代を作ろうとしている人たちにサイエンスの人たちがネットワーキングされると、新しい産業が生まれる可能性も出てくるのではないかと考えています。アカデミアのサイエンスもありますが、シチズンサイエンスがもっと生まれると可能性が広がるはずです。音楽の市民バンドはあちこちにあるのに、市民サイエンスはなぜないのか不思議だと語った研究者がいました。世界に音楽で影響を与えたビートルズもスコラ哲学も在野からです。

山本:都市や水辺をよく見ると今でもまるで昆虫のように多形です。地図や海図が楽しいのは、多形だからではないかとも思います。都市づくりや水辺づくりの仕事を何十年もしてきましたが、都市にも水辺にも人のコミュニティにも必ずかたちがあり、「かたちには理由がある」といつも好奇心がかきたてられます。

池田:「かたちには理由がある」というのは、すごく胸に響く言葉ですね。SNSの発達でさまざまなコミュニティが生まれましたが、一見、偶発的に集まっているように見えても、必ず何かの理由があるのですね。

今後は、松永さんが言うようにサイエンスの人たちともつながり、人が集まる理由を突き止め、サステナブルなコミュニティを築くための法則を見出していきたいです。今日はどうもありがとうございました。

山本淳一:
三井不動産㈱ S&E総合研究所 専門役。研究分野 都市・水辺・街づくり。
研究調査報告:現場と図面を重ねる次世代画像処理技術について。都市と水辺の親密な関係

松永統行:
日本電気㈱ 中央研究所ビジネスイノベーションセンター、システムプラットフォーム研究所、クラウドシステム研究所を経て、2015年8月より、㈱国際社会経済研究所 情報社会研究部 主任研究員 現職。