【連載】LOCAL GOOD YOKOHAMAから見えてきた成果 ② 「有給職業体験プログラムバイターン」
市民主導の取り組みによって地域課題を解決していくためのWebプラットフォーム「LOCAL GOOD」。この連載では、LOCAL GOODを活用して、市民がどのように地域にインパクトを生み出したかを追っていく。前回の記事では、地元で採れた野菜やお米を使って地域の人々に愛されるおみやげをつくる「青葉区発横浜おみやげプロジェクト」を紹介した。今回の舞台は横浜市にとある高校。「課題集中高校」と呼ばれる学校で繰り広げられた挑戦を紹介する。
緑豊かな住宅街の中に佇む一つの高校。この高校には毎週木曜日、昼休みのチャイムがなると生徒がどっと押し寄せる一風変わった図書館がある。その名も「ぴっかりカフェ」。一見すると普通の高校の図書館だが、足を踏み入れるとその印象が変わる。
心地よい音楽が流れ、100名を超える生徒や10名程度の大人のボランティアの方々が集まり、普通の学校の図書館ではありえない活気と熱気を帯びている。この図書館が、2014年10月にLOCAL GOOD YOKOHAMAを通じて立ち上げられたプロジェクトの成果の一つなのだという。本稿ではこの「ぴっかりカフェ」がなぜ、どのようにして立ち上がったのか、引きこもりの若者支援に取り組む石井さんの挑戦と共に追っていく。
引きこもり支援の限界とチャレンジ
「引きこもり支援には予防的措置が必要」。LOCAL GOODを通じてのプロジェクトを立ち上げた石井正宏さんは2009年までに10年間、引きこもりの社会復帰支援に携わってきた。しかし活動を続ける中で、終わりの見えない引きこもり支援の在り方に限界を感じたという。
一度引きこもり状態になってしまうと、社会復帰は一筋縄ではいかない。親や支援者が扉の外から声をかけ続け、部屋からでてきてもらい、社会復帰への動機を高めてもう。就職に至るまで年単位での支援が必要なケースも珍しくないという。
そもそも、引きこもり状態にある人がどこにいるかを捕捉するのも困難であるが、内閣府が平成28年9月に発表した「若者の生活に関する調査報告書」によると、若者(15~39歳)のひきこもりは全国で54.1万人いると推定されている。この膨大な数の支援対象者に対して、限られた数の相談員だけで対応していくことは実質不可能だ。
そこで、石井さんは引きこもる前に予防的措置をとることが必要ではないかと考えた。年齢が低いうちにアプローチできたほうが、就職という出口へのハードルも低い。
資金切れとLOCALGOODとの出会い
石井さんは2009年にNPO法人パノラマの前身となる「株式会社シェアするココロ」を立ち上げ、高校で相談員を始めた。「課題集中高校」と呼ばれる高校には、家庭が生活困窮状態にあったり、今後家庭や友人関係などで困難を抱えるリスクの高い生徒が多く在籍している。
高校卒業後も、就職がうまくいかずに引きこもり、生活保護など社会保障を受ける生徒も少なからずいるそうだ。こうした状況を打破すべく、石井さんは悩みを抱える一人ひとりの生徒と対話を重ねていくことにした。
「実際に話してみると、卒業後の就職のことやバイト先での人間関係、家族の事、友人関係など、多種多様な悩みを抱えながらも、親身になって相談に乗ってくれる「大人」がいないことが分かった」、と石井さんは話す。とはいえ、石井さんの活動は想いだけで実現できるものではない。生徒に提供する飲食物の費用や交通費、後にご紹介する生徒を企業とつなげるための営業活動費なども必要だ。
しかし、予防的支援には行政の継続的な予算の仕組みがない。そのため、必要な時にその都度行政に事業予算の申請をする必要があった。行政の趣旨に合致する事業として採択されなければ、活動のための費用が賄えなくなってしまう。2014年4月、まさにこの事態に直面することとなった。
行政の予算が途切れたのだ。生徒たちに寄り添った活動を続ける中で、いつしか石井さんは、学校にとっても、先生にとっても、生徒たちにとっても、なくてはならない存在になっていた。なんとしても石井さんに残ってほしい先生たちからは、「図書館をカフェみたいにしていつでも石井さんと会うことができ、話すことができる場をつくりたい」という提案があがった。――しかし、予算の問題は依然として残されていた。
そんな折、LOCAL GOOD YOKOHAMAの存在を知ったという。地域の課題を市民一人ひとりの力で解決していく。行政の予算が確保できない中、一つの光明が差した。こうして石井さんのクラウドファンディングプロジェクトが立ち上げられたのだ。
クラウドファンディングへの挑戦、不安から自信へ
クラウドファンディングという仕組みはある種ゲーム的な要素を持っている。募集期間の40日間で最低金額を上回る資金を集めなければプロジェクトは失敗となってしまうのだ。多くの人の賛同を集め、活動に必要な60万円という資金を集めることはできるのだろうか。引きこもりの問題解決に一歩でも近づくために、心を開いてくれた高校生たちのために活動を続ける必要があり、失敗することは絶対にできない。
しかし、そんな不安に反し、資金は順調に集まり、最終的に支援額はなんと100万円にまで達した。地域で若者たちの力になりたいと感じている人が実は何人もいたのだ。「こうした方々は、何かしらの形で力になりたいと思っていても、どう支援すればよいのか分からなかったのではないか、行動したくても時間を割けなかっただけなのではないかと思った」。
そう石井さんは振り返る。寄付を受けたことは自信につながった一方で、多くの人の想いを代弁しているというプレッシャーと責任感がのしかかった。今でもそうした想いを感じながら活動を続けているという。
学校内の開かれた居場所「ぴっかりカフェ」オープン
多くの支援者の想いを背負い、2014年12月、ついに高校の図書館に「ぴっかりカフェ」がオープンした。「文化的な体験ができる場」がコンセプトな「ぴっかりカフェ」は、良い意味で異色な場だ。
学校内の図書館ながら、音楽が流れ、訪れた生徒は飲み物を片手にリラックスしている。毎週木曜日、開催される度にボランティアの方が差し入れてくれている様々な手作りスイーツやスープは生徒にも大人気。「今日はなに?」そう生徒に尋ねられたら、それは大抵スイーツやスープの話だ。
「ぴっかりカフェ」が始まってから2年が経過した現在に至るまで、延べ1万人を超える生徒が訪れた。最近では昼休みと放課後を合わせて校内1/3以上もの生徒が「ぴっかりカフェ」に訪れることもある。
石井さんはこの取組の中で、少しでも多く生徒と話をする機会を設け、「信頼貯金」を貯めることにこだわっているという。「ぴっかりカフェ」には石井さんが生徒に声を掛けやすい仕組みがある。
生徒は入口においてあるコップに呼ばれたい名前を書いてカウンターに持っていくと、石井さんやボランティアの方々に飲み物やお菓子などがもらえるというものだ。その際に発生するやりとりの中で石井さんは「○○ちゃん最近元気?」などと自然と声を掛けていく。そうした一声一声の積み重ねが生徒の信頼と安心感を生み、だんだんと生徒の方からも気軽に話しかけてくるようになる。
こうして「信頼貯金」を貯めていく理由を石井さんは次のように話す。「例えばクラスで悩みを抱えている生徒がいたとします。その子が他の大人に言えないことでも、ぴっかりカフェのマスターになら少し話してみてもいいかな」って思えることが必要なのかなって。それは少しずつ貯めた「信頼貯金」を切り崩す形で行われることだと思うんです」
「ぴっかりカフェ」を起点として、生徒と地域の大人の交流も生み出されている。これまでの2年間で、「ぴっかりカフェ」にボランティアとして訪れた人は200名を超す。職業も記者、大学生、政治家、農業従事者、ラッパーなど、多様だ。青森や大阪など、遠方から訪れる場合もある。支援の形はボランティアだけでなく、お菓子や果物、手作りケーキなど、食べ物の差し入れなどもある。また、今年秋に開催された文化祭では、地域のNPOと「ぴっかりカフェ」のコラボという形でリメーク・ファッションショーが行われたそうだ。
出口のある相談員へ
もうひとつ重要なのは、この取組が生徒の悩み相談だけに留まらないことだ。石井さんの想いは高校に通う生徒たちが卒業し、社会にでたあとでも、引きこもり状態にならず、「ぴっかりカフェ」のような居場所を社会の中に見つけていくこと。
そのためには、まず高校卒業後の自分の居場所、つまり就職先をみつけることだ。石井さんはこのぴっかりカフェで接する生徒たちに対して、必要に応じて有給職業体験のプログラムを斡旋している。「いくら良いアドバイスができても、就職先など具体的な出口を提示できない相談員はつらい」と石井さんは話す。「こんな社長いるんだけれど会ってみないか」「こういう仕事があるからやってみたらどうか」高校を卒業したあとの具体的な進路についても石井さんは支援をしている。
就職活動は競争の世界だ。面接ではうまく自分をアピールできず、振り落とされてしまう生徒もいる。一方で引きこもりや不安定就労状況に陥ってしまいがちなのは、うまく自分のアピールができず自己効力感が低い若者であることを、石井さんは支援の現場で目の当りにしてきた。
これまでは、こうした生徒を支援するための有効な施策がなかった。自己効力感の低い若者は、「どうせ」「だって」「でも」というネガティブワードを多用し、就職活動など何かをしようと思ってもなかなか動くことができない。そこで、「信頼貯金」を貯めていくことで、「石井さんが紹介してくれる企業なら、一度行ってみようかな」と、一歩を踏み出す動機付けをしてもらう。
そして「バイターン」では、若者たちの実情を放っておくことのできない地域の心ある協力企業を募り、面接ではなく、3日間の無給職場体験を設け、双方が希望すればその後、正式な雇用契約を結んでもらう。そして、次は有給職業体験を通じて生徒と企業をマッチングしていくのだ。この「バイターン」という概念は、アルバイトとインターンシップを掛け合わせた造語で、石井さんの取り組みがきっかけで、今、大きな注目を集めている。
こうした「バイターン」を通じて、有給研修(支援付きアルバイト)に移行した生徒は29人。そのうち4名がバイターン先へ就職し、11名が研修での経験を活かして他の企業へ就職を果たした。
いずれの生徒も、一般的に学校で行っているキャリア支援の枠組みでは職を得ることが難しいと思われていた。「面接のように短時間で人を判別するのではなく、仕事を通して企業と生徒がしっかりと向き合う時間を設けられる「バイターン」の取組だからこそ、就職につながったのだと思う。」と、石井さんは話す。
ちなみに、就職ができずに引きこもり、生活保護を受ける人を一人減らすだけで、1億円以上のソーシャル・インパクトを創出するケースもあるようだ。こうした社会的支出がなくなるだけでなく、職を得た人が税を納める側に回るのだから、こうした取り組みはさらに大きな社会的インパクトを生み出す可能性を秘めているといえるだろう。
「企業の熱意に応えていきたい」(今後に向けて)
LOCAL GOODをきっかけとして始まった石井さんの活動は、多くのメディアに取り上げられ、内閣府などから講演依頼なども受けるようになるなど注目を集めている。現在、「バイターン」は横浜市の2つの高校で実施しているが、取り組みへの参加高校や支援企業を増やすことで、マッチングを向上していきたいという。学校という場を地域コミュニティや地元企業に開き、社会と若者が交わる居場所をつくることで、若者が生き生きと活躍できる社会を目指す石井さんの挑戦はまだまだ続きそうだ。
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