「この子のおかげで母にしてもらった」――。ダウン症がある子どもを持つ長谷部真奈見さんは笑顔でそう答えた。8年前、待望の第一子がダウン症と告知されたとき、受け入れられずに一時は自殺も考えたと明かす。ダウン症が起こる割合は1000人に1人とされている。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
長谷部さんは小学3年生になる一人娘を持つ。生まれた当時の胸中については、「受け入れることができず、ショックだった」と話す。以前はアナウンサーの仕事をしていたが、「もう人前に立つこともできないだろう。私の人生はこれで終わった」と思い込んでしまった。9階に住むマンションから心中を考えるほど悩んだ日もあった。
近しい友人には子どもにダウン症があることを知らせずに過ごしていたが、転機は3歳の頃に訪れる。歩く姿勢がぎこちなかったが、ヨガを教えたことで姿勢が良くなった。これを機に、ヨガに本格的に取り組もうと東京渋谷にヨガスタジオを開設した。
長谷部さんはヨガに関わることで心身ともに前向きになっていき、娘との生活をブログやSNSで発信していくことに決めた。ダウン症があることを打ち明け、娘と旅行に行ったときやご飯を食べに行ったときの写真を掲載した。何気ない日常から、弱気になってしまうことまで包み隠さずに発信している。
発信していくことで長谷部さんの視野も広がり、フリーアナウンサーとしての仕事にも影響が出てきた。「これまでは、どこか上から目線で事前に決まっていたことを中心に質問していた。障がい者を取材するときは、生きづらさや当事者が抱える課題についてがメインだった。でも、それはすでにみんなに伝わっていること。伝えないと伝わらないことではない」と言い切る。
一歩踏み込んで、よりリアルな部分を伝えたいと思うようになった。「ダウン症があっても、感情があり、笑ったり泣いたりする。ほとんど健常者と変わらないことを知ってほしい」。
子どもを育て8年が経ったが、「娘が(私を)母にしてくれた」と言う。そして、「もし娘がいなかったら、どれだけ性格が悪くなっていたのか分からない(笑)」と続けた。
長谷部さんは慶応義塾大学法学部を卒業後、外資系金融に務め、アナウンサーとなった。社会に出たばかりの頃は、効率性や利益だけを重要視している性格だったかもしれないという。しかし、娘が生まれたことで、障がいと向き合い、見て見ぬふりをしていた問題に触れた。母としてのキャパシティも広がり、「私は私、子どもは子ども。一人の人として自立した生き方をしてほしい」と期待する。
■「思い込みから一歩踏み出して」
ダウン症がある子どもを持つ親が立ち上げたNPO法人アクセプションズ(東京・江東)理事長の古市理代さんは、「障がいが有る無しに関わらず、対等な目線で向き合うことが大切」と指摘する。
古市さんはダウン症がある13歳の息子裕起くんを持つ。ある時、息子の友人から、「裕起くんって障がいがあるんでしょ?」と聞かれると、「ないよ」と返した。「だって、お母さんが言ってたよ?」と子どもが言うと、「じゃあ、障がいって何?考えてみてごらん」と答えた。そう聞かれた子どもは黙り込んでしまい、答えられなかった。
医学的にダウン症は、21番目の染色体が突然変異で1本多くなったことで起きる特性とされている。しかし、古市さんは障がいを理解するために、「医学的な情報を知るだけでは意味がない」と強調する。「一緒に生きることで初めて気付くことが多い」。古市さんは裕起くんの母として、13年間寄り添ってきたが、ダウン症をまだまだ理解しきれていないという。
ダウン症がある子どもを持つ母でさえ障がいを理解することが難しい日本では、欧米に比べてインクルーシブ教育は進んでいない。古市さんはそんな社会を変えていくために2012年、アクセプションズを立ち上げた。
差別や偏見をなくすことを啓発するパレード「バディウォーク」を渋谷で開く。昨年11月のパレードには600人が参加した。
医学の進歩でダウン症の平均寿命は上がった。親が気がかりなのが、亡き後のことだ。古市さんには20歳を迎えた長女がいるが、「あなたはあなたの人生を生きていいんだよ。ママはママがいなくなっても、裕起のことを支えてくれる人が多く出てくる社会にするためにいま活動している。だけど、姉として、裕起の一番の理解者でいてね」と伝える。
障がいがあることで、「不幸」と言われたこともある。だけど、古市さんは、「その思い込みから一歩踏み出せば想像以上にポジティブな社会がある」と力を込める。パレードに対しても、「さらし者にするな」と反対意見をもらったこともあるが、「まず知ってもらわないと意味がない。シュプレヒコールを上げるのではなく、楽しさを伝えて、多くの人を巻き込んでいきたい」と言う。
アクセプションズでは母の日ウィーク(5月8日~14日)に合わせて、フォトグラファー宮本直孝さんと組み、表参道駅で写真展を開く。ダウン症がある子とその母、21組のポートレートを表参道駅コンコースに展示する。
当初、母子が一緒に写った写真を展示する予定だったが、急きょ取りやめた。自立した一人の人として伝えるために、親と子一人ずつのワンショットを撮影した。母から子へ、子から母への愛情をそれぞれの表情から感じ取ってほしい。
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