タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆ケニアプリズン

「銀行を通さないで両替したのか?」
所長が眉をひそめた。
「まずかったですか?」
「法的に言えばまずい」
「なぜですか?」
「闇ドルだからだ」
「闇ドルってなんですねん」
「ケニアシリングは政府が決めた為替交換レートより実際はかなり弱いってことだ」
「だから皆強いドルを欲しがるんだ」
「ではドルを持っといた方がいいって事ですね」
「なんやわからんけど、これから銀行で替えることにしますわ」
「でももう遅い。君たちの給料はケニアシリングで支払われるから、心配には及ばない。少額だから摘発されることもないだろう」
「なんやメチャメチャ親切な人だと思っていたけど、けったいな親父だったんやなあ」
「とにかく二人とも慎重に行動してくれよ」

ジャカランダのゲートをくぐって汚れた白のカローラが入ってきたので、所長はチップをの1シリング硬貨をテーブルに置くと立ち上がった。二人が後に続いてテラスの階段を降りると、ヨレヨレのツイードジャケットを羽織った運転手が敬礼してドアを開け、所長をリアーシートに招き入れると小室が続いた。

末広は自分で助手席のドアを開けて乗り込むと車はタイヤを軋ませて走り出した。ジャカランダが咲き乱れるロータリーを4分の3周廻ってから左折してしばらく走ると、日本大使館の日の丸が見えた。所長はそこで降りると、運転手に英語で何か指示し、小室に「くれぐれも面倒は起こさないように」といって二人を送り出すジェスチャーをした。走り出した車から振り返ると、所長が大使館の鉄で出来た大扉の脇の入り口から中に入るのが見えた。守衛が敬礼をしている。

車はしばらく走ると坂道を登り切った。舗装道路が終わって土の道に変わる。ものすごい土埃で、振り向いても車のリアーウインドウからは何も見えなかった。日本と同じで車は左側通行。ハンドルも右についている。これなら自分でも運転できるなどと思っていると、運転手のピーターが車を左の路肩に寄せて停車させた。

そこは砂利が敷かれた駐車場のような空き地だった。ピーターが「ランチ」と言って車を降りたので、二人も降りた。ピーターがニュースペーパーに包まれたランチのような包みと金属製のカップにコーヒーポットを持って、高い金網の横の芝生に二人を座らせた。渡されたニュースペーパーを開くとローストビーフを挟んだサンドイッチが出てきた。

レタスがほんのちょっとはみ出ている。コーヒーはミルクと混ぜてあって温かく甘ったるいが旨かった。空は澄み切ったコバルト色で、昼の日差しは強かったが空気は澄んで爽やかだ。爆音がする。空を見上げると、既にエンジンを止めた赤い羽根の複葉機が、横風に傾き、そして体制を戻して、再びちょっとエンジンをふかして、浮いて、流して、三人の頭上を滑って行った。機影が地面を暗くしてガソリンの臭いがした。「プスモス」とピーターがサンドイッチで複葉機を指して言った。第一時世界大戦に活躍した飛行機にそんな名前があったかもしれないと末広は思った。

「あれなんや」小室がすっとんきょうな声をあげた。小室が指差すその先にはオレンジ色のツナギ服を着た男たちが1ダース以上作業をしていた。モスグリーンのシャツに濃紺の袖なしセーター、モスグリーンの半ズボンに制帽を被った巡査の様ないでたちの男たちが数人オレンジ服の男たちの中に点在する。それらを指差してピーターが「プリズン」と言った。

末人が眼を凝らすと、オレンジのツナギの男たちの足には砲丸投げの鉄球位の球が鎖で繫がっている。「囚人ですよ」と末広が小室に声を落して言った。制帽に半ズボンの男たちは看守だったのだ。看守たちは一応に背が高く、尻が突き出ている。手には短い警棒。日本の警官の物よりかなり短い。囚人をあれこれ指図しているようだ。指図された囚人は、柔軟体操をするように、手を地面に伸ばし、鉄球を両手で掴んで持ち上げる。膝は曲げない。抱えた鉄球を抱えると移動しだした。「あれじゃあ逃げられんわなあ」と小室は感心して見ていた。

「わい達、闇ドル事件でぱくられへんやろなあ」と小室は真顔で呟いていた。

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