タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆日本の武道

埃を払って立ち上がった末広は呆然として立ちすくむ小室を見た。小室と目が合うと末広も眼が笑った。小室も笑った。小室が歌に合わせて空手の演武をし出した。それが段々崩れて、ヨレヨレの踊りになり、最後にはやすき節のドジョウすくいになった。生徒は大笑いしながら小室の真似をしだした。

いつの間にか運転手のピーターがやって来て末広、先生、運転手が手拍子でそれに応えた。強い午後の日差しがパンプキンクッキー色の大地を焼き上げていた。「こんなことやっていていいのかなあ~」自分の声が聞こえた。

日が傾き始め先生が生徒を帰すと、ピーターが皆にポンぺを飲もうじゃないかと言い出した。ポンぺとはビールの事だ。先生も参加して、ダウンタウンの中華レストランに立ち寄った。餃子や焼きそばでビールを飲んだが、先生もピーターもよく飲んだ。

正確に言えばアフリカ生まれの餃子や焼きそばみたいなものだが、先生がそんなに遅くまで飲んでいいのかと心配した。また機関銃のように喋る先生に付き合う運転手がそんなに飲んでいいのかと不安にもなった。しかしピーターの「OKOK」と言う言葉を信じて9時ごろまで飲んでしまった。

先生が帰ると言うので男三人は家まで送ることにした。酔っ払い運転の車が郊外にある先生の小さな家に着くと、先生がチャイを飲んで行けと言ったので先生の家に上がって、お茶をごちそうになる事にした。先生はかなりの年の母親と一緒に住んでいた。かなりの年に見えるだけかもしれない。

その人が入れてくれたミルクがと砂糖がたっぷり入った甘くておいしい紅茶を何杯かおかわりをしているうちに気が付く半近くになっていた。「もう帰ろう」と小室がつつくので、ピーターに「もう帰る。ウエストランドのホテルまで送ってくれ」と頼んだ。

庭先まで先生親子が出てきて見送ってくれた。手を振る二人を振り返りってから前方を見ると、車のヘッドライトが漆黒の闇を切り裂いていた。車はハイウェイに乗ったが、道路に灯りは全くなく、5メートルばかりの土盛りをした二車線道路をガタガタと走った。車の先に大きな角を持った動物が跳びだした。「イーランド」ピーターが言った。エランドは車の前数メートルを走っている。大きな角をヘッドライトに照らされながら、エランドは1キロほど車を先導するように走って、差し掛かったカーブに沿わずにそのまま茂みに飛び込んで消えた。末広は車をスローダウンさせるようにピーターに頼んだ。

◆危険なハイウェイ

なぜハイウェイを飛び降りずに一キロも車の先を走ったのだろうか。末広はエランドが消えた辺りに目を凝らしていたが、小室の「もういいやろ」の声で我に返った。そして次の瞬間驚いた。エランドが直進した茂みの近くに車が仰向けに落ちていたのを見つけたからだ。

カーブで曲がりきれなかったのだろう。「ストップ」末広が叫ぶとピーターは走り出した車に急ブレーキをかけて、車を側道の草むらに寄せた。「ハタリサナ」危ないとピーターが言った。このハタリには二つの意味があった。一つは、急停車させないでくれ。で、もう一つはハイウェイで車を停めることが危険であるという意味だ。所長が言っていた言葉を末広は思い出した。
「どんなことがあってもハイウェイで車を停めてはいけない」
「事故でもですか」
「そうだ。車が走れるなら市街地まで走れ。止まった車には盗賊が襲ってくる」
「ハパナ。ノー」

発進しようとしたピーターを末広が制止した。末広は小室を誘ってハイウェイを降りた。

軽い夜気がひんやりしている。末広の巨体が斜面を滑った。草が夜露で濡れていたのだ。滑り台のように滑ると、末広の体は転げ落ちた車のボディーまで一気に滑ってしまった。いつの間にか昇った月に照らされて、仰向けになった亀の足の様に4つのタイヤが見えた。車体の屋根が潰れて、屋根と床の間は40cm位の厚さしかなかった。車内で人が挟まれていた。弱ったカブトムシのようにゆるゆると指が動いて割れ残ったガラスを引っ掻いている。「生きとるな」小室が呻いた。

「車をひっくり返しましょう」
「ピーター」小室が叫んだ「カモン」
「ハパナ、ハパナ」運転手は窓から手を振った。
「デンジャラス」ピーターは車から降りようとしなかった。
「二人でやりましょう」

末広が裏返っている車の屋根と草むらの間に両手を入れて力んだ。小室も並んで力を込めた。車が揺れるが、裏返すにはもう少しの力が必要だ。
小室が首を回し、ハイウエイを見上げてさげすむように日本語で言った。「KOSHINUKE」
暗闇で良く見えないが意味が分かったのかピーターが怒鳴った。「ユーズユアヘッド。頭を使え」

トーチライトを光らせ手にロープを持っている。「カムアウト、カモン」末広が行っても車から出ない。末広はロープと懐中電灯を取りに土手を登った。土手を登りながら「小室さん来てください」。末広はロープとトーチライトをピーターから受け取るとそれを小室に渡し、ピーターに車を土手下に向けろと言った。

落ちた車のドワーにロープを結び付けて引き開けようとしたのだ。ピーターは「ハタリ、ハタリ、危ない、危ない」と言って車の向きを変えなかった。車が道をさえぎれば他の車がぶつかってくるからだ。それはそうだが他の車を止めて応援を頼むことも出来る。ピーターは首を横に振り続ける。「小室さん懐中電灯で照らしながら下に下りてください」

末広はそういうといきなり車のドアを開けて運転手を引きずり出した。呆然とするピーターを尻目に車に乗り込み、向きを変えて道路を塞いでしまった。道路を塞ぐと車のライトは土手下の潰れた車の方を向いた。しかしヘッドライトは小室の頭を通過して車を照らさない。しかしそれでも現場は多生明るくなった。「小室さーんロープを車のドアに結び付けてください」

◆血と汗

小室が前の座席の割れた窓枠にロープを結ぶと、車を降りた末広がカローラのバンパー下のフックに、ロープのもう片方の端を結びつけた。いつの間にかピーターが運転席に戻っている。車の中の方が安全な事を知っているからだ。苦笑いをした末広が「ゴー」。

ピーターがエンジンをふかす。黒煙が吐き出され、タイヤが悲鳴を上げた。バカーン。土手下の車のドアがはじけるように開く。末広が土手を滑り降りる。小室が照らすトーチライトの輪の中に、仰向けになった男の形が黒い。背もたれが壊れて倒れ、リアシートに重なっている。

血と汗の臭いが夜気に混ざる。小室がダッシュボードの下で折れ曲がっている男の足を掴んで引き出そうとした。小室ももう片足のズボンを引っ張る。両足がずるずる。そして男の腹がステアリングを回しながら輪転機から出てくる紙のように出てきた。小室が両足を膝の所で掴んで引き出す。

末広は潰れた屋根とシートの狭い隙間に左手を入れて、男の頭を手枚に掻き出そうとする。手がぬるっと滑る。複数のクラックが頭に走って、そこから血の泡が漏れている。小室が構わず男の体を足ごと引きずり出す。末広は男の頭をシートからガタンと落ちないように両手で抱えた。

男の体が草むらに転がっている。末広と小室は男のぼろぼろのジャケットの脇を両側から支え、土手になんとか引きずり上げた。嫌がるピーターを無視して男の体をカローラのリアシートに引きずり上げる。血みどろの頭がとても重かった。大柄な末広が助手席に座り、小柄な小室が男の体に腰かけるようにして、後ろに座った。

「ホスピタル」末広が言うとピーターは「フィッチ」と言った。末広は「ニヤーレスト」と言った。カローラはジャカランダ並木の坂をしばらくくねくねと走って丘の上の病院に着いた。ナイロビホスピタルと正門の柱に書いてあった。ピーターが「エクスペンシブ ホスピタル」と言ったが、末広はピーターに宿直医を呼びにやらせた。

しばらくしてピーターが白衣を着た30代のインド人医師と黒人の看護婦を連れて戻ってきた。末広と小室が車外へ出る間もなく、顔をしかめた医師が車に首を突っ込んで、怪我人の眼を小さいライトで照らした。「ノー」首を振る。看護婦が身震いして「デッド」と言った。医師はピーターにスワヒリ語で短く喋ってから、看護婦を促して建物に帰って行った。死んでしまったら医者の出番はないと言う事だ。ピーターが肩をすくめた。

小室が「どないするねん」と言った。末広が「ポリス?」と言うとピーターは大げさに「ノー」と言った。事件に巻き込まれるのはごめんだ。

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