保護犬のトレーニングを通じ、引きこもりや不登校の若者たちの自立支援を行うNPO法人があります。「『人には難しいけれど、犬には心を開ける』という若者もいる。彼らにとって犬が人間関係の円滑剤になるのと同時に、殺処分の手前で保護された犬たちにとっても、ここが傷を癒し新たに生まれ変わる場所になる」。日本では数少ない取り組みについて、話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

保護犬のトレーニングと、若者の自立を支援

「待て」の練習中、ハンドラー(訓練士)である若者の要求をしっかりと聞く保護犬の「イム」。現在はシェルターを卒業し、里親さんの元で幸せに暮らしている

茨城県土浦市にあるNPO法人「キドックス」。保護した犬が新たな里親を見つけられるよう必要なトレーニングを行いながら、そのトレーニングを引きこもりや不登校の若者が担当することで、彼らの自立も支援する活動を行なっています。

「私たちが運営するドッグシェルター『キドックスシェルター』では、引き取り手のない犬を保護し、ケアとトレーニングをして新しい里親を見つける活動をしています。ドッグトレーナーの指示を仰ぎながら、トレーニングを若者が担当しています。さらに、保護犬と出会えるカフェ『キドックスカフェ』での接客や販売物の製作も、若者が担当しています」。

そう話すのは、団体の創業者であり代表理事である上山琴美(かみやま・ことみ)さん(33)。「犬も人も、その人がその人らしく、その仔がその仔らしく輝ける場所を作りたい」と、2013年に団体を立ち上げました。

お話をお伺いした上山琴美さん。愛犬「でこぽん」と一緒に

現在は中学生から30代までの15名の若者が通所しており、「保護犬が心身ともに元気になって里親さんを見つける」という目標のもと、一人ひとりの興味や得意なことを生かして活躍しているといいます。

共に成長を目指す場所

「私も撫でて!」と言わんばかりに若者の周りに集まる犬

どのような若者が通所し、どんなことをしているのでしょうか。上山さんに聞いてみました。

「『人とは難しいけれど、犬とならコミュニケーションがとれる』とか『犬が好き』という動機で来られる方が多いです。本人の希望や適性をヒアリングし、相談しながら何をするかを決めていますが、対面で話すことがあまり得意ではない方が多いので、まずは人の出入りが少ないドッグシェルターで慣れてもらい、少しずつカフェのほうで仕事をしてもらうということが多いです」

「犬も同じです。その多くが地域の動物指導センターから殺処分の手前で保護してきた犬たちですが、最初は人間に対して恐怖心を抱いていたり、体が健康でなかったりもするので、まずはシェルターでしっかりとケアとトレーニングをして、少しずつ慣れてきたらカフェでデビューしています。人も犬も一歩ずつ、着実にまずは目の前の課題をクリアしながら少しずつ環境を整え、社会性を身につけていきます」

「世界にたった一人、その仔しかいない」ということを感じてもらいたい

半個室になっているカフェでは、1頭あたりのスペースもたっぷり。思い思いにゆったり過ごすことができる

さらに2018年4月にオープンした「キドックスカフェ」は、お客さんが気軽に、直接保護犬と触れ合える場所です。

「保護した犬たちにはそれぞれ性格や個性、生きてきた背景があります。最初は噛んだり、吠えたり、引っ張ったりは当たり前。新たな里親さんの元で幸せに暮らせるようシェルターで社会性を身につけ、カフェで里親さんに出会い、幸せになれるきっかけを作れたらと思っています」

キドックスカフェのバックヤードを掃除する若者。希望や適性に合わせ、役割を担当する

カフェ内部の配置には大きな特徴があり、半個室の部屋をいくつか用意し、それぞれの部屋に1頭だけの犬、そして1組だけのお客さん入室するかたちにこだわっていると上山さん。

「囲われることも追われることもなく、犬と人とがゆっくりと向き合ってその場を楽しめるようにするためです。不特定多数と浅い関係を築くよりも一対一で信頼関係を築いていく方が、犬にとってストレスが少ないのではないかという配慮もあるし、各個室は一人暮らしの部屋に見立ててソファやローテーブルを置いてあるので、家庭犬としてその犬と家の中で過ごしているイメージを訪れた方たちにも持ってもらえるようにという思いもあります」

犬一頭一頭に作成された「人生」ならぬ「犬生」アルバム。生い立ちや現在の健康状態、保護された経緯がわかる

さらに「『世界にたった一人、その仔しかいないんだよ』ということを感じてもらい、その仔としっかり向き合ってほしい」という思いから、それぞれの部屋にはその犬が保護されてきた背景や性格を記したアルバムを置き、お客さんが自由に閲覧できるようにしています。

犬のトレーニングを通じ、若者にも笑顔が生まれる

ミーティング風景。広い庭で犬を交え、ドッグトレーナー、スタッフ、若者が集まって話し合いを行う

一方で若者たちにとっても、保護犬のトレーニングを通じて社会性が身についていくといいます。「コミュニケーションが苦手な若者でも、犬を通じてだと不思議とカフェでお客さんと自然に会話が生まれるし、シェルターのトレーニングでも、犬を通じてならスタッフとも会話が弾むんです」。

「過去に一言も口を聞いてくれない若者がいて、どうしようかと思ったのですが、犬の話題を出すと途端に笑顔になるんです。犬がきっかけで笑顔が出たり距離が縮まったり、いろんなところで犬が円滑剤になってくれているし、また本人たちの成長の意欲にもなっていると感じますね」

「犬はフィルターがなく、今目の前にいるその人を見てくれる。人によって犬がどんな存在かは異なると思いますが、犬と関わっていく中で徐々に心を開いていくということが誰しもにあるのではないかと思います。外に出る勇気をくれる存在だったり、パートナーだったり、共に進む仲間であったり…、犬の存在が、その人の生活の中で大きなモチベーションになっていると思います」

苦手を克服した若者の例

隣について歩く練習をする若者と保護犬

少し前に通所していたAさん。彼女は職場の人間関係につまずいてうつ病を発症し、会社に行くことができなくなってしまいました。退院後、しばらくは自宅に引きこもっていましたが、「犬が好きだから」とシェルターに通所するようになり、犬と接する中で次第に元気になっていったといいます。しかし、Aさんから「再就職する」という申し出があった時、「根本的な課題は解決しておらず、人間関係のあり方を見直す必要があると感じた」と上山さん。

「Aさんは相手の意見を全部受け入れてしまうタイプで、自分の気持ちがあっても相手に伝えず、全て自分の中に押し込めて爆発してしまう癖がありました。ここを改善しないとまた同じことが起きてしまう。そう感じ、彼女に担当してもらう保護犬をあえて彼女が苦手とするタイプの犬にしました」

「その犬は人間に怯えていて、こちらが働きかけないことには何もできない状態でした。そこでAさんは、どうやったらこの仔が心を開いてくれるのか自ら考えて行動に移していくことや、トレーニングを進める中で周囲と意見がぶつかることがあっても、自分はどう感じているのか、どうするのがベストと思っているのかをはっきり意思表示していくことの大切さやその方法を自身で見出していったのです」

現在は就職して、元気に働いているというAさん。「ここにいる犬たちのこともいつも気にかけてくれていて、譲渡が決まると『おめでとう』と連絡をくれたりします」。

「人も犬も、その人がその人らしく、その仔がその仔らしく、輝けるように」

通所していた若者の進路が決まり、卒業する際の記念写真。トレーニングを通じ、人も犬も、自分らしく愛される未来に向かって羽ばたいていく

幼い頃から犬が好きで「いつかシェルターを作りたい」という夢があったという上山さん。高校生のとき、飼っていた愛犬を亡くした際に「自分にできることは何だろうか」と考えたといいます。時を同じくして、仲の良かった友人が非行に走り、「自分にできることはなかったのか」と感じていたところ、テレビ番組でアメリカの非行少年が犬に触れる中で更生する姿を見て、「自分もこれがやりたい」と思うようになったといいます。

「動物介在教育に関する本はたくさん読みましたが、実際に肌で感じたいと思いましたし、知識だけでは見えてこない運営の部分なども知りたいと思い、社会人三年目で仕事を辞め、アメリカのカリフォルニア州とオレゴン州で少年院などを訪れてプログラム研修を受けた後、団体を立ち上げました。最初は本当に試行錯誤の連続でしたが、そんな中でも仲間が集まってくれて次第に方向性が見え、現在に至ります」

「犬か人かとか、どちらかを支援しているという意識はありません。どちらも同じように、何かを抱えているために輝けないという状況があると思います。本来は輝ける存在なのに、環境がそれを阻害している。人も犬も、その人がその人らしく、その仔がその仔らしく、輝けるための場所を作っていきたい」と活動への思いを語ってくれました。

ドッグシェルターの設備を整える資金を集めるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「キドックス」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×キドックス」コラボアイテムを1アイテム買うごとに700円がチャリティーされ、保護犬のQOL向上と若者の職場環境向上のため、ドッグシェルターの環境設備を整える資金になります。

「具体的には、冷暖房器具や空気清浄機などの購入資金として使わせていただきます。ぜひご協力いただけたら幸いです」(上山さん)

「JAMMIN×キドックス」1週間限定のチャリティーアイテム。写真はベーシックTシャツ(全11色、チャリティー・税込3,400円)。他にもボーダーTシャツやキッズTシャツ、トートバッグなどを販売中

コラボデザインに描かれているのは、地図を見ながら二人で旅をしている若者と犬の姿。犬と人が手を取り合い、互いの幸せに向けて人生という旅路を共に歩んでいくというストーリーを表現しました。

チャリティーアイテムの販売期間は、6月10日~6月16日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。

JAMMINの特集ページではインタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

人がその人らしく、犬がその犬らしく生きられるように。保護犬と共に踏み出す一歩、若者の自立を支援〜NPO法人キドックス

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,000万円を突破しました。

【JAMMIN】
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