今年3月初旬、大手アパレル企業ストライプインターナショナルの創業者・石川康晴社長(当時)が社員へのセクシャルハラスメント疑惑で辞任した。新型コロナでそんな話題も世間が忘れかけていた5月1日、ある中堅社員がフェイスブックで心境を明かした。「声を上げていい、なかったことにしたくない」という彼女のメッセージは多くの人にシェアされて話題を集めている。真意を聞いた。(オルタナS編集長=池田 真隆)

インタビューを受ける二宮さん

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” open=”no” style=”default” icon=”plus” anchor=”” class=””]「なかったことにしたくない」

「こんばんは。いかがお過ごしでしょうか」――筆者のフェイスブックに二宮朋子さんからメッセージが届いた。5月1日の夜11時を過ぎた頃だ。二宮さんはストライプインターナショナルでダイバーシティやSDGsの取り組みの責任者を務めており、たびたび取材でお世話になっていた。

メッセージにはこう書かれていた。「ストライプインターナショナル創業者のハラスメント報道からまもなく2カ月。新型コロナウィルス感染症の影響もあり、後追い記事やネットの書き込みもめっきり減りました。けれども、世の中の混乱に乗じて、『なかったこと』にしてしまっていいものか。SDGsやダイバーシティを担当してきた者として『知らん顔』し続けたくない、という想いで、記事を作成しました」。

そして、「現役社員としての発信は結構、勇気がいりました」と結ばれていた。筆者はすぐに二宮さんが作成した記事を読んだ。

二宮さんが作成した記事

タイトルは、「会社でのセクハラに声を上げられるか」、副題を「とある社員が思うこと」としている。冒頭は、BORDER社という架空の会社で起きた社長による社員へのセクシャルハラスメント行為を描いた漫画が掲載されていた。(記事全文はこちら

本文はこう始まる。「このまま黙って時が過ぎるのを待つことが、いいこととは思えない」。そして、報道を見た当時感じていたことや働く同僚たちへのメッセージが綴られていた。

大手企業では、一般的に社内の問題ごとに関しては、口外しないように箝口令を敷くことが多い。社員が実名・顔出しで情報を出すことは極めて珍しい。筆者は二宮さんの覚悟を感じ、記事を読み終わるとすぐに、取材を申し込んだ。二宮さんがフェイスブックで「声をあげていい」「どうせ言っても無駄だ、なんて思わないで」――と書いた思いについて聞かせてほしいと依頼した。

すでに深夜0時を過ぎていたが、すぐに二宮さんから返事が返ってきた。こうして、筆者は3日午後にオンラインで二宮さんに取材することになった。

ここで石川氏への一連の報道を振り返る。初報が出たのは3月4日夜、翌日の5日には同社は、「2018年12月13日に開催された弊社臨時査問会では、石川によるセクハラの事実は認められず、処分はありませんでした」と会社サイトに掲載し、石川氏本人のコメントも載せた。

しかし、報道は収まらず、その責任を取る形で6日、石川氏は代表取締役社長の辞任を申し出た。新社長には、専務取締役兼COO 営業統括本部長だった立花隆央氏が就任した。現在、石川氏は自身のツイッターアカウントのプロフィール欄に、「ストライプインターナショナルオーナー」と記載している。

石川康晴氏

「10年後の自分を好きでいられなくなる」

取材では、まず5月1日というタイミングで情報を発信した意図を聞いた。二宮さんは、「会社としては、セクハラはなかったと判断した。そのことに対して、新たなファクトを追究して、真実を明らかにしたいというよりも、しっかり消化しないで、うやむやのままで終わりたくないという思いが強かった」と明かした。

長期化するコロナ禍で様々な業界で経営危機に陥っている会社は多い。「このままの状態で、コロナ収束後に、力を合わせて一緒に戦っていける仲間ができるのか。それに、SDGsやダイバーシティに取り組んできた者として、ここでだんまりを決め込んでしまっては、5年後10年後に自分を好きでいられなくなると思った」

そして、スタッフへの思いを口にする。「モヤモヤを抱えたままあの子たちには働いてほしくない」と強調した。

二宮さんは2011年にストライプインターナショナル(当時はクロスカンパニー)に中途入社すると、12年から人事課長として新卒採用や教育研修を担当してきた。平均年齢25歳という若い組織で、主力の女性管理職の一人としてスタッフの相談に乗ることも多かった。愛着もあり、若手スタッフを「あの子たち」と呼ぶ。

「よく女性が社会人として、世の中をうまく渡り歩くために、多少のセクハラは我慢して当たり前という風潮があるが違和感を覚える。それは問題解決の先送りであり、対応できない方がダメというのは、いまの時代、明らかにおかしい」と言い切り、「声を上げたことを尊重できる組織にしていきたい」と語句を強める。

二宮さんと話していて感じたのは、同僚とりわけ若手スタッフへの思いの強さだ。筆者が、「現役社員として発信することに葛藤はなかったか」と聞くと、「退職した後で発信したら、いま働いている子たちへのメッセージ性は弱くなる。むしろ、不安を煽るだけ」と返した。

「コロナの感染リスクに動揺しながらも、店舗に立って、売り上げをつくってくれた子たちがいる中で、オフィスメンバーとして素知らぬ顔はしたくなかった」と思いを語った。

主力ブランドの一つ、earth music&ecology

報道に関して話をする時は、「実名、顔出し」で行くと決めていた。その理由は、「匿名で何か新しいことを伝えても、社内のメンバーを励ますことにはならないと思ったから」と一貫している。

ただ、いまはリモートワーク中のため在宅で仕事をこなしているが、「出社した時に社内でどう見られるかは想像ができない」と怖さも口にする。今回の発信内容に関しては、ダイバーシティを推進するプロジェクトメンバーには事前に相談していたが、その他の部署には知らせていなかった。

社内に知らせなかったのは、もともとこの発信は社内SNS限定で行う予定だったからだという。社外へ発信することに変えたのは、二宮さんがこの問題に向き合った時にある違和感を抱くようになったからだ。

その「違和感」についてこう説明する。「ストライプインターナショナルの問題だから、社内だけに知らせればよいのか。また、セクハラ被害に遭った当事者や関係者だけで解決すべき問題なのか。当事者とそうではない人と区分けして考えている自分がいた」。

二宮さんは、おかしいことに対して、おかしいと声を上げられて、組織のサステナビリティを強化していくには、閉じた組織にしてはいけないと考えた。そうして、区分けして考えていた「常識」を取っ払い、社外へ公開することに決めた。

第三者による監査機関を新設へ

石川氏が代表取締役社長を辞任して2カ月が経とうとしている。売上高1300億円を超える企業で「オーナー」という肩書は珍しく、社内からは、どういうかかわり方をするのか分からないという声も出ているという。

だが、同社では、コンプライアンスの徹底とハラスメントの根絶に向けて着実に取り組みを進めている。5月から毎月、ハラスメントに関するアンケートや担当弁護士によるコンプライアンス研修を実施する。さらに、コンプライアンスやハラスメントに知見がある社外の有識者による監査機関の新設も予定している。

組織再編も行い、5月1日付けで、二宮さんが室長を務めていた「SDGs推進室」は廃止された。二宮さん自身は経営企画室に異動した。だが、SDGs推進室がなくなったからと言って、SDGsの取り組みがなかったことになるわけではないという。二宮さんは、「(SDGsの精神性は)スタッフ一人ひとりがマインドとして持つことを意識してほしい。部署問わず全スタッフで取り組むことが重要」と思いをあらたにする。

なぜ「声が上がらない」のか

声を上げることがこれほどまでに特異なことになってしまったのはなぜだろうか。実際、今回の二宮さんの投稿に対して、賛同の声が寄せられた一方で、多くの人から「会社から攻撃されたりしないか」というメッセージが届いたという。

このことは、いまの時代、不特定多数に向けて、所属している組織に対する違和感を口に出すことは「してはいけないこと」だと無意識のうちに思い込んでいる人が多いことを証明している。

会社で起きた問題なのだから、会社に言えと考える人もいるだろう。だが、これらの無意識の「区分け」こそが、声を上げづらくさせているのではないだろうか。

「会社の問題は、会社の関係者以外には話してはいけない」「会社の問題は、会社に言うべき」――これは一義的には正論かもしれないが、いまの時代、ユーザーでもありサービス提供者でもあり株主でもあるという人がいるように、ステークホルダーの境界線が解けている。会社のあり方も変わってきている。

そんな中で、閉じられた領域で議論を続けていては、「忖度」は起きやすい。そうなると、組織で困っている人や違和感に気付いた人はますます声を上げづらくなり、孤立化する。

日本では、セクシュアリティだけでなく、宗教や政治なども、家族や友人も含めてコミュニティ内で話すことをタブー視する傾向にある。

声を上げることを特別視する世の中から脱却するためには、区分けの前提を捨てて、包括的に考えることが必要ではないだろうか。二宮さんの投稿を見て、そう思った。

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