人生とは決断の連続だ。決断によって人生は左右されると言っても過言ではない。そこで、30代で現役引退を決意し、第二の人生を歩み始めた為末大さんと、同じく30代で日本を離れニュージーランドへの移住を決意した元アーティストプロデューサーの四角大輔さんに、「決断」をテーマに話し合ってもらった。vol.1では、「型を破ること」を、vol.2では、「努力を結果で判断しない」を、vol.3では、「逃げ」をテーマに話した。最終回となる今回は、「自分を客観視」することをテーマに話す。(聞き手・オルタナS副編集長=池田真隆)

為末大さんと四角大輔さん


四角:為末さんはハードルに20年以上取り組まれてきて、走っている瞬間は自身に入り込んで無心になっていたと思うのですが、逆に自分を俯瞰して見る瞬間などは意識されていましたか。

為末:引いてみると、思い込みをしていたと気づくことがありました。でも、思い込んでいるときは、それが思い込みだったとは気づきません。なので、今もまさに、何かを思い込んでいるのです。

でも、思い込みの力はスポーツでは必要なときがあります。ぶわーっと思い込むときと、冷めていくときの幅は大事で、何かに没頭したときと、それを俯瞰したときの幅が広い選手が成長していくという説があります。何かに無心になる期間と、俯瞰する期間。ぼくは1年間でその期間を交互にしていました。無心を疑う期間と無心になる期間です。

四角:アーティストがまさにそうです。ぼくは、ぐっと入った状態を「アーティスト状態」、冷静に俯瞰する状態を「プロデューサー視点」と呼んでいます。アーティストはこの両方を持つべき、というのがぼくの考えです。

ライブパフォーマンス中に、無心にならず頭で計算しながら歌っているアーティストは、人を感動させることはできません。上手なパフォーマンスにはなりますが心には届かないのです。

武道館に入る人数が1万人ですから、武道館でコンサートをするアーティストは2万個の目に見られるという異常な状態に晒されます。我を忘れないと何もできません。中途半端な「アーティスト状態」では、精神的に耐えられません。

重要なのは、アーティスト状態に完全に没頭しきった後に、クリアで客観的なプロデューサー視点で振り返えられるかどうかです。一流のアーティストは、しっかりとアーティスト状態になれて、なおかつ、プロデューサーよりもプロデューサー視点を持っている人物です。この振り幅が大きいアーティストほどトップを走り続けられるのです。

為末:「アーティスト状態」と「プロデューサー視点」に同時になろうとすると間違えてしまいますよね。ぼくは原始宗教が好きで、顔を創って試合に入っています。レースの前には、トイレに行き自分が恐ろしい顔をしているのか確認しています。

古い宗教は顔にペイントして、自分ではない何物かになりきっていますよね。その感覚を真似ているのです。レース中に中途半端に我に返った選手はアウトです。陶酔して、走りきるときに超集中状態といわれるゾーンに入ることができました。

四角:仮面を被ることによって振り切れるのでしょうね。素顔だと自意識が邪魔して、アーティスト状態になれないことがあるのかもしれませんね。

為末:以前、北野たけしさんと対談したときには、「おれの職業は被りものしないとやっていられない」とおっしゃっていました。「仮面」とか、「被り物」、「自分ではない何か」、これらの分野には興味がありますね。



四角:面白いですね。今後、為末さんはどのような分野で活動をしていくご予定でしょうか?

為末:実は、ぼくもまだわかりません。今は手あたり次第、興味のあることに打ち込んでいます。自分が何にパッションを持つのかにも興味があります。ただ、またぐことをしていきたいとは思っています。スポーツと高齢者地域をまたいでくっつけることなどにも関心があります。スポーツを通して社会問題にアプローチしていきたいです。

四角:為末さんのツイッターなどを見ていると、若い人にメッセージを伝えたいという想いを感じます。若者に伝えたいという気持ちはどこから来ているのでしょうか?

為末:若い人に、伝えているのは、若い人の気持ちがよくわかるからだと思います。悩んでいる若者を見ていると、自分のことのように悩んでしまうのです。四角さんも若い人たちに伝えていますが、どうしてでしょうか?

四角:デジタルネイティブといわれる若い世代こそが、日本の資源、宝だと思っているからです。最近の若者は欲がないと言われますが、彼らはちゃんと持っています。決して「派手」ではないけれど、人として「まっとうな欲」です。

オールドスタンダードな考えを持った人からは、覇気がないと見えてしまうかもしれませんが、「物質・経済至上主義」ではない、人間的でオーガニックな感性を持っています。そんな彼らにイノベーションを起こしてほしいのです。

しかし彼らは、大人たちの20世紀的な価値観を強要されたり、過剰な情報ノイズによって自身の心の声を聞けなくなっている。そのことに対して、危機感を感じています。そのために、ぼくは、「型の破り方を伝える担当」でこれからも活動していきたいと思っています。

来年からは仲間と、スタートアップ投資ユニットを組んで、社会にイノベーションを起こす可能性のある若者を支援していきます。自分を追い込んでゾーンを体感した人は、世の中を変えていけると信じています。そんな人に、これまでぼくが培った成功体験、人脈、ノウハウ、お金を投資したいですね。


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四角大輔|Daisuke YOSUMI
Lake Edge Nomad Inc.代表/
ソニーミュージック、ワーナーミュージック在籍中に10数組のアーティストを担当し『無名の新人をブレイクさせる達人』と称された。掟破りを信条とし、イノベーティブな仕掛けを次々と展開。数々の年間1位や歴代1位、20回のオリコン1位、7度のミリオンセールスを記録し、CD売上は2千万枚超。現在は、原生林に囲まれたニュージーランドの湖畔と東京都心を拠点にノマドライフをおくりながら、企業やアーティストへのアドバイザリー事業、執筆及び講演活動、フライフィッシングやトレッキングの商品開発などを行う。登山、アウトドア雑誌では表紙にも頻繁に登場。上智大学講師を務め「ライフスタイルデザイン/セルフプロデュース」をテーマとした講義を複数の大学で実践。「ソトコト」「PEAKS」「フィールドライフ」「Fly Fisher」などのネイチャー系雑誌にて連載中。著書に「自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」「やらなくてもいい、できなくてもいい~人生の景色が変わる44の逆転ルール」Fly Fishing Trip(共著)」。
HP|4dsk.co
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Twitter| http://twitter.com/4dsk


為末大:
1978 年5月3日広島出身世界大会において、トラック種目で日本人初となる2つのメダルを獲得した陸上選手。
『侍ハードラー』の異名をもつ世界ランク5位(自己最高)のハードラー。
身長の大きい選手が有利である中、170 センチという体躯ながら、ハードルを越えるテクニックで世界の強豪と対等の戦いを展開する。
2001年世界選手権で、銅メダルを獲得。2005 年ヘルシンキ世界選手権で、豪雨の決勝の中、銅メダルを獲得。2012年に現役を引退。11月22日には、著書「走りながら考える 人生のハードルを超える64の方法」を発売。為末大の生き方、考え方、挫折や苦悩、恥など、心の中に立ちはだかるハードルをいかにしにて乗り越えるのかなど、生き方のヒントとなる考えが収録されている。
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