青空代表の清水柾行氏(51)は、全国各地の様々なジャンルのクリエイターが、自分の大切な町を冊子や映像にして紹介する「わたしのマチオモイ帖」展示会の仕掛け人であり、育ての親だ。同展示会は2011年4月、ある女性コピーライターが自分のふるさとについて綴った1冊の冊子から企画が生まれ、発展。見る側の心にもある、町や人への想いを呼び覚ますと共感を呼び、昨年、新しい地域資源を発見するプロジェクトとしてグッドデザイン賞を受賞した。これまで出展された作品は約650に上り、今年は2月28日から東京ミッドタウン、3月7日からメビック扇町(大阪)で展示会が開催される。この全国のクリエイターを巻き込む活動の裏には、人や社会の在り方を問い続ける一人のクリエイターの姿があった。(オルタナS関西支局特派員=土井未央)
■デザインは本来、社会奉仕的役割を持つもの
「何をしても受け入れてくれる両親に育てられました。しつけは厳しかった一方で、物心ついた頃からほとんど否定されたことがない。恐れを知らず、良くも悪くもアホでしたね。初めて就職したデザイン会社は『面白いことやります』という求人広告に惹かれて入った。でも勝手に想像していたものと違って、入社2日目で辞めてしまうのですが、その時も両親はあっさり『ええやん(いいよ)』(笑)。その内、右も左もわからないまま独立したのです」
そんな若かりし日のエピソードを話す清水氏は、生まれも育ちも生粋の大阪人。肩書きはグラフィックデザイナーだが、現在はブランディング、商品開発や展覧会のプロデュースやソーシャルデザイン、大学講師など、その活動は多岐にわたる。しかしどんな時も、目に見えないコミュニケーションや関係をデザインすることが自分の役割だという。
「独立当初から、デザイナーの仕事は『関係をデザインしていること』だと感じていました。今でこそ経済至上主義が見直され、ソーシャルデザインやコミュニティデザインという言葉が市民権を得ていますが、当時はバブル全盛期、周囲にはまったく理解されませんでしたね(笑)」
その頃、『生きのびるためのデザイン』(ビクター・パパネック著)を読み、デザインは本来、人類や社会全体に役割をもつもので、環境や貧困などの社会問題にも役立つという内容にも感銘を受けたという。
「それなりに仕事は忙しかったけれど、ただモノを売るために知恵を出し続ける毎日が、何だか虚しく感じた時期があったんですよ。その頃から、私たち一人ひとりがどう社会に関われば全体が良い方向に向かうのか、そういう人の営みや社会をより良くするためのデザインで、人の役に立ちたいと思うようになりました」
誰もが参加しやすいプラットフォームづくり
2011年初旬、清水氏は「クリエイターが社会にできること」をテーマに、イベントの企画を進めていた。デザインには、様々な社会問題を解決に導く可能性があることを伝えたい。誰もが参加しやすい企画を模索していた時、ある冊子に出会う。
「コピーライターの村上美香さんが持っていた『しげい帖』です。それは彼女の出身地、瀬戸内海に浮かぶ因島(広島県)の重井町を紹介し、そこに住む両親への思いを綴ったものでした。その時、直感でこれは素晴らしいプラットフォームになると、展示会の企画を思いつきました」
故郷や学生時代に過ごした町、今住む町などは「どんな人でも持っているもの」であり、その個人的視点は「その人にしか生み出せない価値」がある。町想いという、多くの人が参加しやすいツールを見出した瞬間だった。「しげい帖」は後に「マチオモイ帖」の原点となる。
東日本大震災発生から3カ月後の2011年6月、清水氏がプロデュースした、デザインと社会の新しい関係や可能性を見つけ出すイベント「ソーシャルプロポーズ(提案)」が7日間にわたって開催され、その一環としてクリエイター34組の「わたしのマチオモイ帖」が展示された。翌年には東京と大阪2会場で開催し、合計1万人以上を動員。さらに、昨年2月には開催地を全国22か所に拡げ、各地で話題となった。
■デザインと同じように、1ミリ、2ミリにこだわる
出展数が増えていく過程には、苦労もあった
「当初は『しげい帖』と同じ思いを全国に広げようとしたんですよ。でも町や人に対するスタンスは人それぞれ。途中から『しげい帖』と同じではなく、一つひとつの町思い全てが“かけがえのない点”であり、その点を繋げていこうと考えを変えたんです」
クリエイターへの呼びかけは、できるだけ口頭で伝えたり、丁寧にメールを書くよう心がけている。関係者とのコミュニケーションを何よりも大切にしている同氏だが、その手法はグラフィックデザインの仕事と限りなく近いという。
「グラフィックデザインの仕事は、依頼主の思いを吸い上げ、時代性を取り入れてビジュアル化する作業です。その形やレイアウトの1ミリ、2ミリまでこだわり抜くのですが、プロジェクトを動かすのも同じ。全体を俯瞰しながら、同時にきめ細やかに関わる人それぞれの思いや考えに立って説得し、協力を仰ぎ、最終的な着地点を探っていく。それぞれの関係性の構築やプロセスは僕にとってデザインと同じなんです」
いい人も悪い人も、強い人も弱い人もいるのが人間社会
清水氏にとって『マチオモイ帖』は、出展者の想いを預かった責任があるという。「今後も全国で町に愛着を感じ、貢献したいというマチオモイな人を増やしていけるよう粛々と続けていきます。また、一般の人にもマチオモイ帖を作ってもらえるように仕組みも拡げていきたい」
いつも認めてくれる両親のおかげで、何事もチャレンジして来れた。実体験で培われた、全体を俯瞰する視点と細やかに関係をデザインする視点、双方を合わせ持つ。そして自分も含めて人間の多様性を認めることで、東北復興支援プロジェクトをはじめ行政や企業、大学など様々な立場の人たちを巻き込んだプロジェクトを多数進めている。
「人間って楽したい、儲けたいと思う人がいて、一方で誰かの役に立ちたい人もいる。いい人も悪い人も強い人も弱い人もいる、全てひっくるめてそれが人間社会。これからも人の営みや社会を見つめ、デザインを通して世の中がちょっと面白く、少しずつ良くなればと思います」
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オルタナS関西支局では、クリエイティブネットワークセンター大阪「メビック扇町」と連携し、「これまでの常識とは違う働き方をしている」「新しい課題や分野にチャレンジしている」「社会課題の解決に取り組む」魅力的なクリエイターを取材し、記事を連載しています。多様なクリエイターの生き方を通して、オルタナS読者が将来を考える際のヒントにしていただければ幸いです。