元ミリオンヒットプロデューサー、現在はニュージーランドの湖畔と東京都心を行き来するノマドライフを送りながら、ブランディングアドバイザー、大学講師、アウトドアエキスパートなど、複数の肩書きをもって活躍する四角大輔氏(41)。「プロダクティビティ(生産性・効率性)重視の社会には限界が来ている。クリエイティビティ(独創性・創造性)を磨くことが個人の成功、そして社会変革への秘訣だ」と語る。(聞き手・オルタナS副編集長=池田 真隆)
――絢香さん、Superflyさん、平井堅さん、CHEMISTRYさんなど10数組のアーティストをプロデュースされてきました。それでもソニーミュージック入社当初から数年間は「査定評価は最低」だったと。
私は幼少の頃から集団行動が苦手で、会社に入っても同じでした。これが社会の常識だ、この部署の暗黙のルールだと言われても、納得できなければ行動できませんでした。新人営業マンのくせに飲み会には参加せず、先輩よりも先に帰り、有休もしっかり取る。会社の席に縛られるのが嫌で、デスクトップ全盛時代でも、無理を言ってノートパソコンを支給してもらっていました。
何の実績も無い新人時代からそのようなマイルールを基準に「自由行動」をしていたので、周りからはいつも「変人扱い」をされていました。なんとか、周囲となじもうとしたこともありましたが、頑張れば頑張るほど、うまく笑えなかったり、話せなくなったりと、先に心が壊れていました。
――「自分にできる事だけに集中しだして、人生の景色が変わった」と著書で書かれていますが、何ができることで、何ができないことだったのでしょうか。
まず自分に「やれること」と「やれないこと」をリストアップして客観的に分析しました。そうすると、「やれないこと」に莫大な時間を費やしていたことに愕然とします。できないことを無理にやろうとするのではなく、今の「自分にできる眼の前のこと」から始めていこうと、そのリストの一番上から行動に移しました。
そのリスト上位にあったのは「お礼の気持ちをちゃんと言葉にする」や「口約束でも必ず守る」など、親に教わるような「人として当たり前の行為」でした。これなら自分にもできる、と。やらないと決めたことは、ズバリ、「周りに合わせること」です。
上司に「これをやれ」と命令されても納得できなければ「できません」と断っていました。「会社に出勤しろ」と言われても、スーパーフレックス制度であることをいい事に、出社せず一日中、外で打合せをしたり、カフェなど、社外で仕事をし続けました。当然、査定評価は最低でした。
「味方はたくさんいらない、一人いればいい」と信じていました。そんな当時の社内や、クライアントに、一人、二人と理解をしてくれる人たちがあらわれて、僕を支えてくれました。そうしているうちに、本当に少しずつ、人生の流れが変わりだし、入社6年目の2001年からヒットに恵まれるようになり、2007年のHIVエイズ啓発チャリティーCD「生まれ来る子供たちのために」発売など、会社的には売り上げにならない、でも私としては悲願だった社会貢献活動にも社内のOKを取りつけられるようになりました。
■名曲は、大勢ではなく誰か一人に届けられている
――「無名の新人アーティストをブレイクさせる達人」と称され、通算7度のミリオン、CD累計売上2000万枚など、数々のヒット曲をプロデュースされてきました。アーティストをどのように輝かせるのですか。
退社した年、2009年に女性アルバム年間売り上げ1位2位独占という記録を残すことができました。ですが、私がプロデュースの成功方程式をもっていたのではありません。「正解」を握っていたのは、彼ら一人一人なのです。人の人生と同じで、10組のアーティストがいたら10通りのプロデュース方法があります。答えは彼らの中にあるのです。それを見つけ出すことが全てなのです。
新しいアーティストをプロデュースする度、過去の成功体験を全てリセットして、必ずゼロの状態から向き合います。どんな人生を歩んできたか、伝えようとしているメッセージは何か、その背景には何があるのか、といったその人の内面性に加え、表情、ボディバランス、ファッションセンスなどの外面性を把握します。すると、自然とそのアーティストに適したプロデュース方法が見えてきます。
どんなアーティストも最初は「無名の個人」です。そして、私が最初にその「無名の個人」に惹かれるのは、平均点の高さではなく、ただ一点、「小さな輝き」です。小さいけれど、その光が後に、とてつもなく大きな輝きを放つようになるのです。つまり私は、そのアーティストが本来「在るべき姿」に還れるよう、サポートをするだけなのです。
100万人に届ける魔法のマーケティングプランなんてありません。「マーケットは大自然と同じ」でコントロール不可能なのです。その作品を届けたい「ある具体的な一人」を思い浮かべ、そのたった一人に届けるために、とことん愚直になり、シンプルかつミニマムな思考法でプランニングを立てるのです。こうすることで、戦略立案においても、作品作りにおいてもブレが無くなります。
「長く歌い継がれる名曲は必ず誰か一人のために作られている」。これは、僕がプロデューサーとして数々のヒット経験を通して悟った真理です。音楽に限らず、講演や執筆、商品開発やマーケティングなど、どんなことにも当てはまると思います。「たくさんの人たちに向けて作った曲は誰にも伝わらない。今こそ自分のためだけに歌って欲しい」。これは、売れたアーティストがスランプに陥った時、必ず伝えるアドバイスです。
■自然と向き合えば本質が見えてくる
――音楽プロデューサーとしての絶頂期である2009年に会社を辞めて、夢であったNZ移住生活を始められました。NZでは原生林に覆われた湖の畔に居を構え、湖から家庭用水を得て、庭でオーガニック野菜と果物を栽培し、主食の魚は自分で釣る、と半自給自足生活を送っているそうですね。大自然と共に暮らすNZ生活について教えてください。
地位、名誉、収入に未練は全くありませんでした。それよりも、あらゆる「縛り」から自由になることが優先でした。私が理想とするライフスタイルは今の「ノマドライフ」(移動生活・複数地居住)です。クリエイティブの最前線である東京都心と、自然本来の姿に囲まれたNZの湖畔を行き来する生活は、私のクリエイティビティを極限まで高めてくれます。
元々、私たちは常に自然とつながっているべきなのです。太古から人間はそうしてきたはずです。人が自然と向き合う時、思考がシンプルになって自由な発想ができるようになります。そうすると、自分が何をしたいのか、何者なのかが分かってきます。大自然と接していると、物事の本質が見えてくるのです。
「大自然とつながる」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、東京都心にいても「空を見上げるだけ」で、人は自然とつながれるのです。大空こそが一番身近な「大自然」なのです。
――一カ所にとどまらず、自由に自分のやりたいことをやる「ノマド」(遊牧民を意味する英語)は、現代を象徴する言葉です。この言葉をどう捉えますか?
近年の日本のノマドブームは、時代の要請があるのかもしれません。何か縛られることなくノマドとして生きていると、過去の常識や、もはや通用しない古いルールなど、「さまざまな思い込み」から自由になれます。心が自由になると、発想がクリエイティブになります。
戦後から続いた「プロダクティビティ(生産性・効率)最大化」の時代は終わりました。すでに、「クリエイティビティ(独創性・創造性)追求」の時代に突入しているのです。
人間の、プロダクティビティには限界がありますが、クリエイティビティは無限です。現代が抱える、複雑かつ難易度の高い社会問題にブレイクスルーをもたらし、奇跡を起こすことができるのは、人間のクリエイティビティだけだと確信しています。
世の中が閉塞感に包まれて固まってしまっている今だからこそ、自由で革新的なアイデアが求められています。既存の固まってしまった問題を壊していく、新しい自由な価値観を持つノマドの存在価値が高まっているのだと思います。
日本は「斬新なことは基本認めない」という社会です。こうしてノマドが流行していくことでその風潮が変化していくことは良いことです。
■ノマドは誰の心の中にも潜む「スピリット」
――「ノマド」な働き方はどのようなものでしょうか。
ノマドは、デジタルツールを駆使し、カフェなどで仕事をする人というイメージで捉えられていることが多いですが、それはノマドの一部のシーンを切り出しただけです。
ノマドとは本来誰の心の中にも眠っている「スピリット」なのです。組織にいても、いなくても「その人のスピリットが自由であれば」ノマドなのです。空いた時間に社外に出て異業種の人と話したり、自然の中に身を置いてみたり、いつもと違う価値観や空気に触れたりすることでノマドになれるのです。ノマドの本質は、あちこち移動することではなく、「非生産的なルールや制約から自分を解放すること」にあると思っています。
多くの現代人はキャパオーバーになりつつあります。ノマドな生き方を実践することで、「自分で背負える荷の重量」を把握できます。無駄な持ちモノを減らし、凝り固まった心の荷を軽くすることで、自分本来のキャパに戻れるのです。すると、思考がシンプルになります。自分の心の声を聞けるようにもなります。この状態のときにこそ、オリジナリティ、クリエイティビティが格段に上がっていくのです。
ノマドスピリットは新しい概念ではなく、「人間が本来の姿へ戻る原点回帰」だと思っています。思想家のジャック・アタリ氏も「人間の歴史はノマディズムとともに始まるのであり、人間が世界を見いだしたのは動くこと、流浪することによってである。人類が生き延び進歩してきたのは流浪生活のおかげ」だと話しています。
遊牧民(ノマド)の原点は「人力移動」です。だから私は、飛行機などの文明の利器を利用して大移動するだけでなく、何日もかけて山を歩くロングトレッキング(長距離登山)をライフワークとして昔から続けてきているのです。大自然を歩き続けること、つまり自然と一つとなることで「本質」を感じることができます。
異端児で、まわりに合わせることが出来なかった私が、異例の成果をあげることが出来たのは、この感覚、すなわち、大自然とつながることで「本当に大切なこと」を感じる時間をもてたことが、アーティストのプロデューサーとしての成功や、NZ移住生活の夢が叶った原点だと感じています。
■日本の若者のノマディズムに火を点けたい
――日本の若者たちの間で、ノマドに対する憧れが強くなっているように思います。
私は若い人こそが「日本の宝」だと思っています。日本独特の「斬新なことを排除する空気」に負けて欲しくないのです。自由な発想を奪う制度やシステム、人たちから、未来ある若者の可能性を守り応援することに今後も、全力をかけて活動していくつもりです。
若者たちには、今までのやり方や常識に頼って物事を見るのではなく、一度、ゼロベースから考えて欲しいのです。大人たちには、「ここ2、3年の成功体験はもはや通用しない時代」に突入している、ということに気付き、自覚して欲しいのです。これまで通用したシステムや考え方は、必ずしも役に立ちません。1年先がどうなるのかさえ掴めない時代なのですから。
他人の声や他人が作ったルールに惑わされず、もっと自由な発想で、自身のクリエイティビティとオリジナリティを突き詰めてほしいです。
もう一度言いますが、プロダクティビティは限界に来ていますが、クリエイティビティに限界はありません。クリエイティビティを追求した結果、人類は「プロダクティビティの壁」を突破できる、とも考えています。そして、それが地球上で起きているあらゆる問題を解決することに繋がると。パラドックスのような理論ですが、私は本気でそう信じています。
今年は「ノマド」「ジブンの見つけ方」「自由欲」をテーマにした本を出版したり、これまでは敢えて大学生限定の講義しかやってきませんでしたが、いよいよ社会人向けの講演を開催していきます。みんなの心に潜む「ノマディズム」に火を点けていきたいと考えています。
不景気のため、就職活動で100社受けて全部落ちたという話も聞きます。しかし、それは単純にその学生に能力が無いのではなく、もしかしたら、その学生は今までの日本社会には理解ができない斬新な才能(クリエイティビティとオリジナリティ)を秘めているのかもしれません。必ずしも自信を失ったり、落ち込んだりすることはないのです。
「そのままゆけ!」と彼に伝えたい。私はそんな若者を応援したいのです。
バランスのいい人間が必要とされる「組織ありき」の時代は終わりました。いよいよ、個人の時代、「日本人総アーティスト」の時代に突入です。突破や解決の鍵は、「無名の個人」である「あなた」の中に潜む、無限の可能性にあるのです。
今はまさに、そういう時代にいるのだと、全員で、そのことを認識すべきなのかもしれません。
四角大輔|Daisuke YOSUMI
Lake Edge Nomad Inc.代表/ブランディングアドバイザー。ソニーミュージック、ワーナーミュージック在籍中に、10数組のアーティストをプロデュース。7度のミリオン、20回のオリコン1位、数々の年間1位や歴代1位、CD累計売上2,000万枚などの記録を創出。現在は、 ニュージーランドの湖畔と東京に拠点を構え、国内外で複数のビジネスを展開。ナチュラル&ノマドライフをおくりながら、企業、団体、個人へのアドバイザリー業務を提供している。上智大学では非常勤講師を務め、また複数の大学で、「ライフスタイルデザイン/セルフプロデュース」をテーマとした講義を行う。ネイチャー系メディアやアウトドア業界では、商品開発、講演・執筆活動、雑誌連載などの表現活動を通して、独自の自然観とメッセージを発信している。著書に「自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」、「やらなくてもいい、できなくてもいい〜人生の景色が変わる44の逆転ルール」、「Fly Fishing Trip(共著)」
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