マザーハウス(東京・台東)がこのほど、ジュエリー専門店をJR秋葉原駅すぐに立ち上げた。店内に飾ってある商品は、すべてインドネシアとスリランカの生産者の手作り。ジュエリー業界では異端とされる、色の異なる石を重ね合わせたDay and Night(デイアンドナイト)が注目だ。昼と夜の顔を持つこの商品をデザインした同社の山口絵理子代表に話を聞いた。(聞き手・オルタナS副編集長=池田 真隆、早稲田大学高野ゼミ支局=吉岡 遥菜、松岡 沙生)
――インドネシア産のジュエリーを2015年10月から取り扱っていましたが、このたび、ジュエリー専門店を立ち上げました。専門店を立ち上げた経緯について教えてください。
山口:これまでは、バッグの隣でジュエリーを販売していましたが、ジュエリー単独で注目してくださる方が多く、手応えを感じたのが一番の理由です。また、接客やサービスのあり方として、ジュエリーにはジュエリーの世界観がありますので、必ずしもバッグと合わせることはできないと判断しました。
――インドネシアに続いて、スリランカ産のジュエリーも取り扱いを始めましたが、スリランカに決めた経緯はどのようなものでしょうか。
山口:「スリランカには石がたくさんあるよ」とお客さんから言われた一言が大きいですね。私はジュエリーに夢中だったので、石がたくさん必要になると分かっていました。そのことを聞いて、行ってみたいと思い、スリランカを訪れました。
インドネシアでは線細工の技法を使いましたが、スリランカでは石の加工技術が求められました。石の加工に関しては経験がなかったのですが、カットの仕方にこだわり、オリジナリティを出しました。
――通常、ジュエリーは一つの石を輝かせるため、ブリリアントカットの技法で作られますが、御社が独自に開発した「デイアンドナイト」では、ジュエリー業界では異端とされる石の重ね合わせを行っています。生産者にこのデザインを提案した当初は、驚かれたそうですね。
山口: ジュエリーの石は後ろ側から光を通すため、石の裏にはだいたい何もない状態ですが、これは異なる石で埋めてしまっているんですね。石は透き通って見えることがきれいだとされてきたジュエリー業界では、考えられない技法です。
でも、人として、オフとオンがあるように、変化するライフスタイルがキーだと思いました。
異なるカラーストーンを重ね合わせることで、1つの石では分からない石の魅力を楽しめます。いろいろな服とのコーディネートも可能です。
従来にはなかったデザインを考えたときに、これまでの技法では限界があり、イノベーションを起こせないと突破できない気がして、この提案をしました。
石に誇りを持っている生産者からすると、あまりにも乱暴な提案と言われても仕方がないですが、作ってみたら、一番これが売れているので、アイデアで戦わないといけないと思っています。
――山口さんはその国の素材とその国の伝統技法を生かして、デザインしてきました。このデザインはどのようにして思いつきましたか。
山口:採掘現場に行ってみないと思い浮かばなかったアイデアだと思います。土の中に埋まっている栄養分たっぷりの石を見たときに、私には生きているように思えたし、ブリリアントカットで計算されたカット面を見せることだけが、石の魅力かというとそうではないと思いました。
輝き方は、人も含めていろいろな輝き方があって、なめらかなカットだとどうなるかと単純に思い、丸いカットにしました。まっすぐなカットは作りやすいですが、これは人がろくろで丸みを帯びた形にしていきます。誤差が出て、石が台座に合わないこともあります。不良品も少なくありません。
でも、この丸みの優しさはうちのお客さんにはフィットしていて、どちらかというと、自分を飾るよりも、明日もがんばろうという人に買ってもらっています。
これまでのジュエリーはとにかく輝けば良かった。でも、これは輝きではなく、楽しさを選びました。迷いなく、楽しさを選べたのも、店舗でお客さんと接する機会があったからなんです。
――バングラデシュではバッグを、ネパールではストールを作ってきました。途上国でものづくりをする働きがいはどのようなものでしょうか。
山口:よく、「途上国で生産しています」と伝えると、社会貢献の文脈で受け取られてしまいますが、私にとっては現地の生産者は、みんな先生だと思っています。
革のことだって、なんだって、彼らは学校に通わずに職人になったわけで、もちろん、学歴的には、自分の名前を書けるかどうかのレベルですが、自分の生計を職人として立ててきた彼らに対して、日本人がのこのこ行って何も勝てるわけがない。だから、教えてもらっています。
でも、ただの生徒だったら、邪魔だから来るなと言われる。文字通り「弱肉強食」の世界なので、「お前は何ができるんだ」と何度も言われました。そのときに、デザインができるということを分かってもらわないとキャッチボールができない。負けないように、諦めずにやっていると、「あ、君はデザイナーなんだね」ってようやく認められる。そして、こちらが面白い提案をすればするほど、乗ってきてくれます。
デイアンドナイトを作っているのは4人の生産者が働く小さな工房ではありますが、とにかくおれたちが磨くものは、スリランカで1番だという誇りを持っています。
休日に何をしているのか聞くと、「ジュエリー作り」と答える。心の底から職人です。でも、そういう人たちがお土産屋さんのものしか作っていないのは、もったいない。
スリランカだけでなく、バングラデシュでも同じことが言えます。潜在的な可能性が多くあるのに、多くのバイヤーさんは、そこまで見ずに、彼らのことを、ベンガル人は難しい、扱いづらい、乱暴だと言って諦めてしまいます。私の中では、彼らの持っているものは本当にすごいと思っています。
今では、幸いなことに、マザーハウスと契約したいという職人さんが各国にいます。うちで扱えるようになったら、工房が変わるかもと期待してくれています。だからこちらは、うちが求めるクオリティのハードルを超える人がいるかどうかを、厳しく見ないといけない。最初だけ優良なサンプルを送ってくる人もいるので。
――御社と契約したい生産者が多いのは、どのような点が良いからでしょうか。
山口:他社との大きな違いは、良いものであればあるほど、高く購入することですね。彼らは、時間をかけて良いものを作っても、購入する人がいないということがあります。
丁寧に手作りしたものを相応の価格で買う人がいないということが、機械生産に変わってしまう原因だと思っています。だけど、私は、価格よりも、ハンドメイドにこだわるので、逆にハンドメイドじゃないとできないことをしなさいと伝えています。
――社会起業を志す若者へのメッセージをいただけますでしょうか。
山口:一番大事なのは、何屋さんですかというところだと思っていて、思いがいくら壮大でも、その人のスキルは何で、どのようにして途上国に貢献できるのかを明確にしないと、お客さんに価値を伝えられません。私の場合は、それがデザインや素材のつくり方でした。
そこに強みがあるから、どこの国にいっても動けます。だけど、学生さんと話すと、思いはあるけど、howがない状態で、熱い思いを持っていても、私も最初がそうであったように、邪魔だと言われるだけだと思いますので、自分が何で、仕事人としてプロになっていくのかを、かなり早い時期に見定めて、決めたら10年くらいは努力しないと、世界の役には立てないと思います。
――山口さんが目指す社会はどのようなものでしょうか?
山口:何で途上国に燃えているのかというと、やっぱり、この人は貧しいね、この人はイスラム教ねというレッテルですごく悲しい思いをしている不都合をなくしたいという思いがあります。
私も、小学生のときに、あなたは問題児だからということで、発言を禁止にされ、決められたレッテルを貼られたことが非常に悔しいんです。
だから、そうではないということを商品で証明しています。私がやりたいことは、先入観や前提というものが、くだらないと証明するために、ちゃんときれいな商品で見せてあげること。
ブランドをつくるというと抽象的ですが、間違ったイメージや画一的なイメージを、少しでも多様にしていきたい。そうすることで、一方的な誤解がなくなればと思うし、そういう意味では、製造業は途上国でものすごい割合でかかわっています。
途上国のみんなが自分の力で稼げることは、世界の豊かさにつながります。彼らの手仕事をどうアレンジするのか、そこに私たちの役割があります。
山口 絵理子:
株式会社マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナー
1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業。ワシントン国際機関でのインターンを経てバングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程入学。
現地での2年間の滞在中、日本大手商社のダッカ事務所にて研修生を勤めながら夜間の大学院に通う。2年後帰国し、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をミッションとして株式会社マザーハウスを設立。現在バングラデシュ、ネパール、インドネシアの自社工場・工房でジュート(麻)やレザーのバッグ、ストール、ジュエリーのデザイン・生産を行う。日本国内21店舗、そして台湾6店舗、香港2店舗で販売を展開。
Young Global Leader (YGL) 2008選出。ハーバードビジネススクールクラブ・オブ・ジャパン アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2012受賞。