沖縄の西表島だけに生息する野生のネコ「イリオモテヤマネコ」。野生のネコの生息地としては世界で最も小さいといわれるこの島で生きるために、独自の進化を遂げてきました。現在の個体数は100頭ほどとされ、国の絶滅危惧種に指定されています。イリオモテヤマネコを守ることで島の豊かな自然と生態系をも守り、また地域づくりにもつなげたいと活動するNPOがあります。(JAMMIN=山本 めぐみ)

イリオモテヤマネコ保護のために
パトロールや啓発活動を実施

世界で西表島だけに生息するイリオモテヤマネコ。1965年の発見当初は新種のヤマネコとされたが、現在はベンガルヤマネコの亜種とされている。泳ぎや木登りが得意で魚、ヘビ、カエル、鳥、コウモリなどなんでも食べる(撮影:村田行)

野生動物の立場に立ってその世界を守り、生物多様性を保全すること、そのことを通じて人の豊かな自然環境を守ることをコンセプトに活動するNPO法人「トラ・ゾウ保護基金」。絶滅が危惧されている野生動物の肉食代表としてトラを、草食代表としてゾウを守りながら、小さな生き物も含めた野生動物全体が暮らす環境を守り、人と共存できる社会を目指して活動してきました。2009年からは西表島にて、イリオモテヤマネコの保護活動に乗り出しました。

記事全文を読むにはこちらをクリックして下さい

「西表島の生態系の頂点捕食者であるイリオモテヤマネコを守ることは、島の自然を守ることにもつながる」と話すのは、スタッフの高山雄介(たかやま・ゆうすけ)さん(39)。メインとなる活動は、年間100日ほど実施している夜間パトロール。イリオモテヤマネコは夜行性のために夜間の交通事故が起こりやすく、日没後19時半〜22時半にパトロールを行っています。

2011年から、地元の小中学生に向けて継続的に実施している環境教育プロジェクト「ヤマネコのいるくらし授業」で、子どもたちにイリオモテヤマネコについて語る高山さん(写真右)

保護活動の傍ら「長い目で見た時にヤマネコ保護のためには地域の方たちの理解と協力が不可欠」と、地元の学校で出前授業やシンポジウムなどイベントを開催したり、動画を独自に制作して発信したりと普及啓発活動を行っています。さらに、西表島が世界遺産登録に向けて動いている今、今後予想される観光への対策や政策提言も積極的に行っているといいます。

イリオモテヤマネコに襲いかかる
交通事故の脅威

2018年12月5日、交通事故で死亡したヤマネコの仔ネコ。「地域の方から連絡を受けて駆けつけた時には、まだ体温が残っていました」(高山さん)

現在、推定で100頭ほど生息しているといわれるイリオモテヤマネコ。日本では「絶滅危惧種1A類」、「近い将来、絶滅する可能性が極めて高い」種として指定されています。
しかし一交通事故(ロードキル)に遭うイリオモテヤマネコが増えており、2018年には過去最悪となる年間9頭ものヤマネコが交通事故に遭い、そのうち6頭が死亡しました。「状況は深刻」と高山さんは警鐘を鳴らします。

「かつては交通量の少ない島でしたが、近年は豊かな自然に魅かれて移住する人が増えています。また交通の便の向上により、来島する観光客が増え、その結果、交通量も増えました」と高山さん。団体として、ヤマネコが減少する直接的な原因となっている「沿岸部での交通事故」を主要な問題として重点的に取り組んでいます。

車に轢かれてしまったサキシマヌマガエル。「このままだとヘビやカニ、カンムリワシやヤマネコを路上に誘引する原因となってしまうため、パトロールの際に路上から除去しています」(高山さん)

ヤマネコが交通事故に遭う原因として、その生息地に道路が走っていること、さらに近年の問題としてヤマネコの「道路慣れ」があるといいます。

「西表島の面積は289平方キロメートル、東京23区の半分ほどの大きさですが、島の沿岸部を約半周の50kmにわたって走っている幹線道路がイリオモテヤマネコの生息地を貫いており、イリオモテヤマネコの交通事故が起きています」

「ヤマネコが車に轢かれたカエルやヘビといった小動物を捕食するために路上に出て、そこで交通事故に遭うケースも増えています。特に子育てをするためにたくさんの食物が必要な親子のネコや狩りをするのが苦手な若いネコ、年老いたネコが、獲物が容易に手に入る道路に執着して、何度も道路出ているうちに交通事故に遭う傾向があります」

路上にヤマネコを誘引する原因になる小動物を見つけた際には、生死を問わず可能な限り道路から片付けていることも、夜間パトロールの際の重要な任務だといいます。

エコツアー業者はこの10年で10倍に
観光客増加による環境への影響も

スピードガンで通行する車両の速度を測定し、自家用車・レンタカー・ナイトツアー・バイクなどの種別に集計。「西表島の夜間交通の実態は、私たちがパトロールを開始するまでは全くデータがありませんでした」(高山さん)

今後、観光客の増加による影響も懸念されると高山さんは指摘します。

「温暖で河川が多い西表島は、キャニオニング、トレッキング、カヌーなど水のアクティビティが盛んで、近年エコツアーの人気が高まっています。現在、エコツアーを実施する業者は140もあり、その数はこの10年間で倍以上に増えました」

「それぞれの事業所のガイドさんがお客さんを連れてフィールドに入ります。フィールドの開発も行われ、これまでは比較的静かだった場所に1日に数十~数百人という規模で観光客が入域するということが増えました。断っておきたいのですが、観光そのものが悪いといいたいわけではありません。観光は西表島島民の生活を支える重要な産業です。また、ガイド事業者の皆さんもそれぞれが自然へ配慮されています。しかし、自然のキャパシティーを超えた人が入域することにより、特に生物多様性が高く脆弱な環境でもある小中規模河川や湿地帯などの環境の劣化が懸念されています」

踏圧によって表土の浸食がすすむ登山道。「この場所も、かつてはあまり人が立ち入らない場所でした」(高山さん)

「たとえば、陸地や水の中を多くの人が歩くことで登山道を踏み固めてしまい浸食させてしまったり、川底の砂礫や有機物が巻き上がって水質の悪化につながったりすることにより、環境への悪影響が出ているのではないかといわれています。少し前までは見られた種があまり見られなくなったなどの話も聞きます」

「しかし、これまで観光利用についての十分なモニタリング調査が行われておらず、島の自然環境にどのような影響が出ているのか十分な調査が行われていません。現状としては島の環境をモニタリングしつつ、現時点では統一されていないアクティビティのルールをしっかり整備するべきということで、その具体的な方法が検討されている段階です」

世界遺産登録に向けて
問われる島の方針

世界自然遺産の推薦地である浦内川上流部の森。シイ、カシなどの常緑樹にヒカゲヘゴなどの木性シダが混ざる西表島独特の景観

現在、世界遺産登録に向けて動いている西表島。「もし世界遺産となれば、訪れる人の数も増え、観光業にも変化が出てくると考えられる」と高山さんは話します。

「自然を守りつつ、産業としてどう発展させていくのか、島の方針がこれまで以上に問われてくるでしょう。実は世界遺産登録にあたり、国際自然保護連合(IUCN:世界最大の自然保護ネットワーク)の視察がありました。そこで『西表島の観光利用の実態は現時点でも重大な脅威であり、島のキャパシティに対してどう自然を保護していくかという具体的な観光管理計画がない』という厳しい指摘を受けたのです。それを受け、官民あわせた会議体が形成され、管理計画が徐々にできつつあります」

健全な状態が保たれている島の河川環境。「年間2000㎜を超える雨が降る西表島にはこのような環境を保つ小規模河川が無数にあり、イリオモテヤマネコをはじめとした多くの生き物を育んでいます」(高山さん)

「良くも悪くも『世界遺産登録に向けて』というきっかけで、かつてはバラバラに動いていた組織同士が集まって話し合うようになったのは良い兆しだと思います。これを機に良い筋道ができれば」

「島民・観光客も含め皆で守っていくためには
地域づくりが重要」

2015年に竹富町条例で定められた「イリオモテヤマネコの日(4月15日)」に、毎年シンポジウムを開催。こちらは2016年に開催された第1回「イリオモテヤマネコの日」の様子。紙芝居や応援歌が披露された

「『イリオモテヤマネコが交通事故で死んだ』というと、多くの方は『観光客が轢いたのでは』といいます。しかし、ほとんど交通事故を起こした当事者からの連絡はありませんので、誰が轢いたのかは、実はほぼわかっていません」と高山さん。

「私たちはパトロールしながら、夜間に道路を走る車種(観光客か、島民の車か、ナイトツアーかなど)も調査していますが、夜間走っている車の8割は島民の車で、走行スピードもレンタカーより速いです。逆に夜間に走っている観光客の方は、イリオモテヤマネコ見たさに、速度を落として走っていることが多いのです」

「『誰が悪い、誰が良くない』ということをいいたいのではなく、今、目の前にある現実を受け止めて課題を共有するという意味で、データは重要です。事故がすべて『観光客のせい』となってしまったら、問題は矮小化し、その対策も間違ったものになってしまうでしょう」

「ヤマネコのいるくらし授業」を継続的に実施している上原小学校の子どもたちと。「毎年ヤマネコの事故防止を訴える看板を手作りし、道路に設置しています」(高山さん)

「ここにしか存在しないイリオモテヤマネコを守っていく、それも野生の状態で生息できる環境を、未来永劫にわたって残していくためには、地域の人たちの協力が必須です。僕は移住者ですが、ゆくゆくは島出身の方たちが思いを引き継ぎ、島の活動としてイリオモテヤマネコを保護し、自然を伝承していってくれたら良いなと思います」

「『イリオモテヤマネコを守ろう』いうのは簡単ですが、それだけでは無責任です。時に開発の問題は避けられないし、島として産業や経済は回していかなければなりません。その中で、どうすれば同じ島に生きる動物たちにとってもより良い案を提示できるのか、ということを意識して活動しています」

「ヤマネコ保護を中心とした地域づくりが、
島の発展・振興にもつながる」

「『絶滅しかけているのなら、捕まえて檻に入れて、見たい人にはそれを見せれば良いではないか』という意見もあります。でもそれを実行した時、果たして本当にイリオモテヤマネコの生息環境が向上し、保護が進むでしょうか」と高山さん。

「幸い、西表島の面積の90%は自然林であり、そのほとんどが国有林です。イリオモテヤマネコの生息地は、現在に限っていえば比較的健全な状態で保たれています。なので、イリオモテヤマネコの主要な減少要因となっている交通事故を解決さえすれば、こちらから何か余計な介入をするまでもなく、ヤマネコは自然の状態で生息することができるのです」

「『イリオモテヤマネコを増やせばよい』のではなく、重要なのは『イリオモテヤマネコが生息できる豊かな自然のある西表島』を残すことであり、『そのために地域の人たちが自然に配慮して、自然と共に暮らしている西表島』であることです。この島の象徴的な存在であるイリオモテヤマネコと、当たり前に共存できる地域を築いていくことが、私たち人間にとっても大きなプラスとなるはずです」

イリオモテヤマネコの保護活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「トラ・ゾウ保護基金」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×トラ・ゾウ保護基金」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、団体が実施する「やまねこパトロール」のための資金として活用されます。

「JAMMIN×トラ・ゾウ保護基金」9/7~9/13の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はベーシックTシャツ(カラー:ホワイト、価格は700円のチャリティー・税込で3500円))。他にパーカー、トートバッグやキッズTシャツなども販売中

コラボデザインには、イリオモテヤマネコを中心に、西表島に生息する豊かな生き物や植物を描きました。イリオモテヤマネコを守ることが、彼らが暮らす豊かな自然環境と生態系を守ることにもつながるというメッセージを表現しています。

チャリティーアイテムの販売期間は、9月7日~9月13日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

絶滅危惧種「イリオモテヤマネコ」を守ることが、島の豊かな自然を守り、人と自然とが共存する地域づくりにつながる〜NPO法人トラ・ゾウ保護基金

山本 めぐみ(JAMMIN):JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,500万円を突破しました!

【JAMMIN】
ホームページはこちら
facebookはこちら
twitterはこちら
Instagramはこちら