「思いがけない妊娠や出産で、誰にも相談できずに困っている女性たちの力になりたい」。そんな思いから、予期せぬ妊娠に関する相談を24時間受け付け、支援してきた団体があります。事務所があるのは、神戸にある「マナ助産院」内。相談に乗るだけでなく、事務所まで来た女性に対しては、産前産後の生活や検診、出産までもサポートしてきました。この12月、助産院に隣接したマタニティホームを開設。なぜ、支援するのか。その思いを聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

予期せぬ妊娠で行く場所がない妊婦

12月中旬、マタニティホーム第一号の赤ちゃんが誕生。お母さんと赤ちゃん、ここから新たないのちと人生がスタートする

「思いがけない妊娠や出産で、誰にも相談できずに困っている女性たちの力になりたい」。

そう話すのは、一般社団法人「小さないのちのドア」代表で、助産師の永原郁子(ながはら・いくこ)さん(63)。2018年に予期せぬ妊娠や子育てに追い詰められた女性と小さないのちのための相談窓口「小さないのちのドア」をスタートさせました。

2020年春にはクラウドファンディングを実施、たくさんの人からの支援を受け、この12月に念願のマタニティホーム「Musubi(むすび)」を開設。この名前には「この場を通じて人と人、人と社会、そしてまた親子の絆が”結ばれる”場所にしたい」という思いが込められているといいます。

「行く場所がなく、時には公園のベンチや河川敷で過ごすホームレスの妊婦がいます。誰にも助けてもらう事ができず一人悩み苦しみ、お金もなく行き場を失っている妊婦がいます。救ってくれる制度もなく、たださまようしかない妊婦がいます。もし安心して安全な場所で暮らす場所があったら、守ることができるいのちがあります」と永原さんは話します。

たくさんの方の支援を得て完成したマタニティホーム「Musubi」外観

「日本には出産後の母子を守る制度や施設はあっても、妊娠中の女性とお腹のなかの赤ちゃんを守る法制度は整っていません」と指摘するのは、施設長であり保健師の西尾和子(にしお・よりこ)さん(38)。

「行政の支援を受けることができれば、福祉や医療制度も充実してきます。しかし予期せぬ妊娠に悩む妊婦さんがそれを周囲の人に話すことができない、SOSを出すことができない背景には、人間関係のもつれや虐待、貧困など家庭のさまざまな事情があります。さまざまな事情から妊娠した後、医療機関を一度も受診することなく過ごす女性もいますし、出産後、子どもを無戸籍のまま育てているケースもあります」

「お腹に小さないのちを宿した妊婦さんが、また出産後子どもと二人生きていく時に、そのままその存在や困りごとが知られることもなく何の支援も受けずに進んだ場合、何かあった時にはいのちの危険にもつながりかねません。『Musubi』には5つの部屋があり、一度に支えられるのは5人までの妊婦さんと小さないのちですが、その先に考えられるさまざまなリスクを未然に防ぐ役割を果たせると考えています。また、ここがモデルケースとなって全国にこのような取り組みが広がっていけば、つらく苦しい思いを一人で抱えている方を守っていくことができるのではないでしょうか」

「妊娠・出産は、どんな人も一人では乗り越えられない。だから、支える」

お話をお伺いした永原さん(左から4人目)、西尾さん(左から3人目)。「Musubi」のスタッフの皆さんと

助産師としてこれまで27年間にわたりたくさんの出産に立ち会ってきた代表の永原さん。「どんなお産を体験するかが、その後の女性の生き方を大きく変える」ということを実感してきたといいます。

「お産の極限状態の中で、やさしい声がけや背中をさすってくれる手の温もりといった温かいサポートを感じることができたら、女性にとってそれは大きな自信につながります。そんな心温まるお産をサポートしたいと思い、27年前に助産院を立ち上げました」

「しかし助産師として妊婦さんといちばん近い立場にありながら、実は帰る場所のない妊婦さんがいること、妊娠に一人で悩み、困り果て、追い詰められた妊婦さんがたくさんいることを、私自身、この活動を始めるまでまったく見えていませんでした」

「同じ時間、空間でまさかそのようなことが起きているとは想像できず、知った時は大きな衝撃を受けました。同時に、追い詰められた妊婦さんがたくさんいるのに、それが社会で見えていない、課題として認識されていないということに、ものすごく恐怖を覚えました」

助産師である永原さん。一生懸命生まれてきた赤ちゃん、ご家族と一緒に記念写真

「小さないのちを宿しながら、居場所も帰る場所もなく、ホームレスの状態でネットカフェを転々とする女性がいます。時には野宿する女性もいます。『帰る場所がない』という事実の背景には、虐待やネグレクト、親の自死など壮絶な家庭の事情が潜んでいるケースが少なくありません」

「お産は人生において『自分ではどうしようもないところに立たされる』経験です。どんなに気丈な人でも、こればかりは一人ではどうしようもできない。太刀打ちできないのがお産です。それ以外のことは一人で何とかなっても、お産は誰かに助けてと言わざるを得ません」

「予期せぬ妊娠に一人で悩む女性たちの中には、それまでの人生で裏切りや傷つきをいくつも経験した人も少なくありません。妊娠によってさらに傷ついた女性もいます。『人のことが信じられない』『社会は冷たい』と感じていることも少なくありません。でもその時に、勇気を出してドアを叩いてくださって、人のやさしさに触れて『私は大切にされているんだ』と感じることができたら、きっとその人は変わることができると思うのです」

「産むことは、すごいこと」

マタニティホームの一室。ベッドと小さなテーブルが置かれ、収納スペースも完備し、妊産婦さんがゆっくり落ち着いて過ごすことができる

社会には、「育てられないなら産むな」という批判の声が根強くあります。「だけど、『産む』ことはすごいこと」と永原さん。

「ここに相談に来てくださる方たちにいつもお伝えするのは、『つながってくれてありがとう。困難な状況の中でも、あなたはお腹の中の小さないのちを守ってくれた。それはすごいことだよ、すばらしいことだよ』ということ。それは間違いのないことです。育てられるかそうでないかはその先にあって、まずは子のいのちを守り、産むということは、すごいことなんです。もしそこに気がついていない方がいらっしゃったら、気づいてほしいと思います」

永原さんは、子どもを対象にした性教育にも力を入れてきた。性教育セミナーでの一枚

「『育てられないなら産むな』という社会の風潮は、予期せぬ妊娠をした女性を苦しめます。妊娠を『自分はやってはいけないことをしたんだ』と否定的にとらえて生きていくのか、『自分はすごい体験をしたんだ』と肯定的にとらえて生きていくのか。それはその人の自己肯定感やその後の人生にも大きく関わってくることなのです」

毎日、届出だけで400件の人工妊娠中絶が行われている日本

マタニティホームに入居する妊産婦さんたちに必要なさまざまな生活物資の支援が各地から届く。「本当にたくさんの方たちに支えられています。だから、一人で悩み、勇気を出して私たちとつながってくれた女性にも『一人じゃないよ。皆つながっているよ。支えているよ』ということを伝えたい」と二人

「日本では毎日、届出だけで400件もの人工妊娠中絶が行われています」と永原さん。

「届出がないものも入れると1日1,000件ほどあると言われています。つまり、それだけのいのちがこの世から日々奪われているのです。いつから日本はそんな寂しい国になってしまったのでしょうか」

「『育てられないなら産むな、中絶しろ』という批判の裏で、どれだけ多くの女性たちが傷ついているか、奪われているいのちがあるかを考えてみてほしいと思います。中絶を選択した女性たちの中には、心にずっと傷を抱え続けたまま生きていく人も少なくありません」

「宿ったいのちは、かけがえのないものです。宿ったかぎりは誰のものでもない、その子自身の新しいいのちが始まっている。だから、産む環境さえ用意することができれば、まずはそのいのちを守ることができる。出産した後、自分で育てることは難しかったとしても、その悔しさやつらさを原動力に生きていく女性もいます。そこもまた、支援する私たちの関わり方にかかっています。私たちのがんばりで、『育てられないなら産むな』という社会の今の価値観を変えていきたい」

愛情たっぷり、栄養満点のマタニティホームの食事。6人の主要メンバーのほかに、十数名のボランティアさんが運営に関わる。「たくさんのボランティアさんが関わってくださって、毎日温かいご飯が食べられます」と西尾さん

「ここを出る時に赤ちゃんを抱いて出るのか、特別養子縁組などに託して一人で出るのか、それは人それぞれです。しかし人生で一番しんどい時に『ここがあったからこそ私は前向きに生きてこられた』と感じてもらえるような場所、思い出すたびに力が湧き出てくるような場所、彼女たちのここからの人生に役立てられるような温かい場所を作っていきたい」

「批判や否定をするのではなく、小さないのちをみんなで支えることができる社会に変えていかなければならないと感じています。本当に小さな働きですが、だからといって、しないことには何も変わりません。私たちの活動、そしてマタニティホームの開設は、そのための小さな、しかし大きな一歩だと思っています」

マタニティホームの運営を応援できるチャリティキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「小さないのちのドア」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。

12/28〜1/10の2週間、JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が「小さないのちのドア」へとチャリティーされ、マタニティホーム「Musubi」運営のための資金として活用されます。

「JAMMIN×小さないのちのドア」12/28〜1/10の2週間限定販売のコラボアイテム(写真はTシャツ(カラー:キナリ、価格は700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもスウェットやパーカー、トートバッグやキッズTシャツなど販売中

コラボデザインには卵と卵を守る鳥を中心に鳥や木のリースを描き、一人ひとりの思いがつながり、小さないのちと女性を社会全体で守る様子を表現しました。チャリティーアイテムの販売期間は、12/28〜1/10の2週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

「温かい居場所をすべての妊産婦さんに」。思いがけない妊娠で困り果て、行き場のない妊産婦と小さないのちに寄り添うホーム〜一般社団法人小さないのちのドア

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は5,000万円を突破しました。

【JAMMIN】
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