Candle JUNE(キャンドルジュン)氏は、「Candle Odyssey(キャンドル オデッセイ)」と銘打ち、2001年から広島、六ヶ所村、グラウンド・ゼロ、アフガニスタン、などで自作のキャンドルに火を灯し、平和のために祈りを捧げる旅を続けてきた。東日本大震災に際しては、著名人に参加を呼びかけ、被災地支援を目的とした「LOVE FOR NIPPON」プロジェクトを立ち上げた。今でも、足しげく被災地に足を運び、支援活動を続けている。3・11後の世界にどのように立ち向かっていくかを聞いた。(聞き手:赤坂祥彦、笠原名々子、撮影:森本洋子)

■ ただ反対するだけでは美談で終わる

――「キャンドル オデッセイ」を開始されてからの11年間、世界では悲しい事件が繰り返されてきました。

平和を願う活動を続けてきただけに、ずっと悔しい思いを抱えています。それと同時に、起きてしまったことに対しては仕方ないという捉え方をしています。自分がいくら吠えようが、世の中の全体の流れにはほとんど影響は無いことは分かっています。

自分には「圧倒的に世の中は最悪だ」という認識があります。「キャンドル オデッセイ」を始めて、自分の考えを言葉にするまでは、この最悪な世の中をいかにうまく泳ぐかを考えるだけの利己的な人間でした。

広島では原爆の残り火とされる「平和の火」をキャンドルに灯した


――何が転機となったのでしょうか。

他者との関係が自分を形成する大切な要素だという気付きです。確かに、世の中は最悪かもしれない。大多数の人は、それを誰かのせいにして、受け入れてしまっているのが現実ではないでしょうか。でも、自分は、それを受け入れたくないし、誰かのせいにしたくない。この世界の問題を自分のこととして捉え、何とかしようとする人たちと一緒にいたいのです。

だから、むやみに世間に反抗したり、アンダーグラウンドな世界に属する人間と思われるのは不本意です。「反原発派」と一括りにされるのも、良い気分ではありません。原発に反対していることは確かですし、「もっと本気で反対していれば」という後悔もあります。ただし、自分は、原発を止めたいのであって、ライフスタイルを他人に誇示するために活動している訳ではありません。

2002年には、ニューヨークのグラウンド・ゼロを訪れた


――反原発運動に対しては、「経済成長を無視している」という批判もあります。

そういう批判に負けないためにも経済について学ぶ必要があると思います。不正義に対し、反対する意識は美しい。ただ、ビジョンが伴わないと痛々しい。とはいっても、個人で出来ることは限られています。デモをすることで、事態の悪化を遅らせていることは間違いありません。ただ、状況を打開するには、きちんと世の中の仕組みを学び、俯瞰して物事を捉える必要があります。

例えば、山口県にある祝島では、建設が予定されている上関原発に対し、反対運動が続いています。建設を進めようとする中国電力は、島民に対し、圧倒的な力を持っている。確かに、それに反対することは、共感を得やすい。ただ、それだけでは何も解決しません。中国電力の関係者は、なぜ、その仕事を進める必要があるのか、という視点が必要です。そう考えると、自ずと経済の問題に突き当たる。それは、戦争やテロについても同じことがいえます。

――賛成、反対といった二項対立に巻き込まれるのは危険ですね。

その通りです。その対立構造から抜け出さない限り、悲しみが憎しみに変わるサイクルが続くだけです。それでは、問題の解決には繋がりません。原発反対を叫ぶのはいいですが、そこに終始しては、美談で終わってしまいます。今現在日本のほとんどの人は、反原発派が統一見解を出すことを待ち望んでいるはずです。

「LOVE FOR NIPPON」を始めたひとつの理由も、一刻も早く統一見解を出す会議を開きたいからです。反対派含め経済学者や経済界など圧倒的な人数を集めた会議で、色々な意見を出し合う。その真ん中をまとめることがしたいのです。

それをたとえばUSTREAMで配信する。ゲストにオファーする金額も、それに応じるかどうかも公開する。ルールづくりの段階から、中継をする。それに対して世間はツイッターなどで意見を交換、参加できるようにする。

必ず問題になるのは経済なので、著名な経済学者は全て呼びます。そこで決定されたエネルギー施策を実行したい市町村から、手を挙げるところがあれば、先行投資してそこに落とし込みたい。

現実的に落とし込む作業まですれば、それをテレビが追いかけ、少しずつでも変化が生まれる。政治がだめ、メディアがだめだけで終わりにすることなく、であれば自分たちでつくり出せばいい。そういったことを実現したいです。

新潟県中越地震の際には、川口町を訪れ、火を灯した


■そう簡単に「絆」は生まれない

――もうすぐ震災から1年が経ちます。被災地への関心の低下が危惧されています。

関心の低下は今に始まったことではありません。昨年のゴールデンウィークをピークにボランティアの数は減り続けています。「絆」を謳い文句に支援を煽ったメディアの罪は重い。絆というのはそんなに簡単に生まれるものではありません。

何度も、現地に足を運び、共に笑い、共に泣き、時には喧嘩することでようやく支援者と被災者の間に生まれるのが絆です。そういう関係があってこそ、彼らの喜ぶ顔が見たくて支援を続けることができるのです。でも、大手メディアは「絆」というフレーズを最初に打ち出してしまった。それによって一方通行な「絆」を生んでしまった。

――盛んに現地に足を運んでおられます。現地ではどのような活動をされているのでしょうか。

自分たちは何かしらの得意分野を掲げて支援活動を行っている訳ではありません。現地で必要とされるものなら、お金でも物資でも届けるというスタンスで活動しています。犬小屋を作ることもあれば、花火大会を企画したこともあります。これまでと同様、現地に足を運び続けることで、被災者のニーズを汲み取り、次につなげるということを繰り返していくつもりです。


「誰のせいにもせず、ただ出来ることをひたすらに」ーーCandle JUNE(後編)

CandleJUNE/ELDNACS
LOVE FOR NIPPON