トヨタ自動車の新型ハイブリッド車(HV)「AQUA(アクア)」は、月間平均販売目標の12000台を大きく上回り、3月には29000台の販売を達成した。注目すべき点は、「AQUA SOCIAL FES!!(アクアソーシャルフェス)」という名称の新しいマーケティングの手法だ。「共成長マーケティング」と呼ぶ新戦略を手掛けたトヨタマーケティングジャパンの折戸弘一マーケティングディレクターにキャンペーンの狙いを聞いた。(聞き手・オルタナ副編集長=吉田広子、オルタナS副編集長=池田真隆)
——「アクアソーシャルフェス」は、どのような内容ですか。
折戸:アクアソーシャルフェスは車名のアクアにちなみ、水をテーマにした地元の自然環境を保護・保全する一般参加型プログラムです。今年3月10日の高知県柏島での清掃活動から始まり、1年間をかけて全国50カ所の水辺の環境保護活動を展開します。ほぼ毎週末、地域のNPO、地元新聞社、地域の販売店、トヨタのスタッフが一般参加者と一緒に活動していきます。
――具体的にはどんな事例があるのでしょうか。
折戸:3月には、静岡県牧ノ原市相楽海岸でアカウミガメの保護するための堆砂垣を作成したり、岩手県盛岡市中津川上ノ橋付近で、鮭が遡上する中津川を守るために鮭の稚魚の放流などを行いました。
――アクアソーシャルフェスを通して、目指していることを教えてください。環境問題という課題を共有し、解決していく社会的な意義はもちろんですが、車と潜在的な顧客との距離を縮められるとお考えですか。
折戸:今回のキャンペーンを我々は「共成長マーケティング」と呼び、新しい試みを行おうとしています。これは、「企業」「社会」「個人」という三者が、「共に成長する」という関係で結ばれるマーケティング概念です。
今回のキャンペーンを通じて、我々(企業)にとっては「ブランド思想を理解、共感して、選んで頂ける」ようになり、社会にとっては「よりよい自然や環境や未来がもたらされる」ようになり、個人にとっては「このキャンペーンに参加することで楽しめる」ようになれればと考えています。
つまり、従来のように、一方が「提供する」「享受する」といった関係ではなく、それぞれが協業することで、三者がみんなWin-Winという関係で結ばれることが今回のキャンペーンの狙いです。
我々はこのキャンペーンを通じて、中長期的にアクアブランドへの共感を獲得していきたいと考えています。
■「アクアソーシャルフェス」は、CSRではなく「マーケティング」
——トヨタでは今回のキャンペーンをCSR活動ではなく、マーケティングと言っていますが、そこにこだわった理由は何ですか。
折戸:CSR活動だと、その結果が企業に戻ってきます。今回は、活動の結果をアクアという一ブランドの共感獲得に繋げていきたいのです。
——今後、共成長マーケティングは他の車種でも実施する可能性はありますか。
折戸:共成長マーケティングはトヨタとして初の試みです。今後は他の車種でも必要な場合は実施する可能性もあると思っています。
——今までの車の売り方とは違う手法を導入したということは、時代の流れを感じてのことでしょうか。
折戸:去年の東日本大震災以降、社会貢献に対する若者たちの関心が盛り上がっています。こうした人々の意識や気持ちを重ね合わせて、車を知り、買って頂くだけでなく、日本全国でそれぞれの地域をより良い方向に地道に変えていく施策として、この方法を取りました。
■フロー型マーケティングから、ストック型マーケティングへ
——確かにアクアソーシャルフェスを通じて若年層に共感を持ってもらいやすいとは思いますが、最終的には車に乗せなくてはなりません。車離れが起きている若年層には、運転する喜びを教えなくては購入してもらえません。その辺りはどう考えていますか。
折戸:車に乗って、購入して頂くのは有難いことですが、このキャンペーンの狙いはそこではありません。キャンペーン中に川の掃除をする方々に対して、アクアを宣伝することもしません。
このキャンペーンによって、地域社会や環境などを含めた広い意味での「あしたの『いいね!』」をつくっていきたい。この活動に参加することがきっかけでアクアを知って頂き、よりよい未来をつくるブランドとして、アクアブランドに共感して頂ければ十分だと考えています。
——今回、車そのものをPRするよりも、車を使ってできる社会貢献活動をPRしています。モノではなくコトをPRしているのは、若者の消費感覚がモノからコトへ変わっていると実感しているからでしょうか。
折戸:一概には言えませんが、コトを重視する方々も増えてきているのではないかと個人的には感じています。このキャンペーンは、クルマに乗る方でも乗らない方でも、「ご自身がお住まいの地域を良くしたい」と思う全ての方々が対象です。そういう意味では、車と距離がある人でも、アクティビティに参加することで、アクアに共感してもらうきっかけになるのではと思います。
また、アクアは通常通りCMも流していますので、車そのものをPRしていないとは思っていません。アクアは「次の10年を見据えたコンパクトカー」を目指して開発されています。低燃費、低価格といった優れた商品力がありますので、アクア自体の魅力もしっかりあると思っています。
——このキャンペーンは前例がないので、何かの社会実験のように感じます。次の10年を見据えているそうですが、「三方良し」になる関係を築くことで、社会はどう変わっていくと思いますか。
折戸:世の中に良いものが残っていくと思います。従来では、CMなどは流して終わりのフロー型でしたが、このキャンペーンでは、活動を実施する度に全国に何かしら良いものが蓄積されていくストック型のマーケティングです。そうしてアクアと共に、世の中を良くしていきたいと思っています。
――このキャンペーンはどれくらいの期間、続けようと思っていますか。
折戸:まずはこの1年全国で活動していきますが、1年で我々が目指しているものを達成するのは難しいとも思っています。できれば中長期的に地道に続けていければいいなと考えています。