トヨタ自動車の社会貢献活動の基軸の一つに「森づくり」がある。1997年以来、「トヨタの森」(豊田市岩倉町)をはじめ、三重県、中国、フィリピンなど国内外で森づくりを進めてきた。なぜ自動車メーカーが森づくりを行うのか。トヨタの活動に長年携わってきた、NPO法人樹木・環境ネットワーク協会の渋澤寿一専務理事にその意義を聞いた。(オルタナ編集長=森 摂)

「これからは自然をベースにした資本主義に転換していく必要がある」と語る渋澤寿一氏


ーートヨタの森づくりにかかわるようになったきっかけと、その後の活動について教えて下さい。

トヨタの森づくりにかかわるようになったのは1997年、フォレスタヒルズの社有林内に「トヨタの森」ができたころです。当時、トヨタは、森をつくり、里山を利用した環境教育や環境保全の実践を考えていました。トヨタが人工林ではなく、天然林に目を付けたことをうれしく思いました。

そして「豊森」は、トヨタ自動車だけではなく豊田市、NPO法人地域の未来・志援センター(名古屋市)の三者で始めた協働プロジェクトです。自然の中で暮らしながら、ビジネスの核をつくることのできる人材を育成することで、都市と農山村の暮らしをつなぎ、森を起点とした持続可能な地域社会を構築することが目的です。

◆森を基盤にした新しい生活を提案したい

ーー森づくりは、企業にとってどのような意味があるのでしょうか。

「CSR」という言葉が定着し始めた2003年ごろまで、社会貢献は企業の余剰利益で実施することになるので、会社の本業とは違うという認識が一般的でした。

しかし、企業は経済に基盤を置き、経済は社会基盤の上に成り立っています。その社会が自然という基盤の上に成り立っているならば、これからの社会が自然の上にどういう形で成り立つのかということを真剣に考えなければなりません。だからこそ、企業は社会や自然という基盤の上で事業を行うことに対して、責任を持たなければいけないのです。

その中で、どこに価値を見出して、どういう暮らしをしていくかということを自由に考えられる場を作り、人を育てたいと思い、「豊森なりわい塾」(「豊森」プロジェクトの中核である人材育成講座)を開始しました。

豊森なりわい塾で。地元の方に話を聞きながら地域を歩く


ーー自動車メーカーであるトヨタが森づくりをする意義はどこにありますか。

私が個人的意見として、トヨタの役員の方によくする話があります。日本では今後、生産拠点が海外に移り、国内での生産が縮小していくことがあり得ます。その時に、労働力を吸収できるよう地域基盤を作ることがトヨタの社会的責任になるのではないかと。

豊田市の場合、市街地から車で30分ほど行けば中山間地域に入ります。週3日ほど会社で働きつつ、村のコミュニティを維持する活動にも参加して、人と人との連帯感を作る。また、自分たちが食べるものは自分たちで育て、1年間で使う程度の焚き木を生産する――。そうした暮らしに価値があると思える人を育てることに意味があるのです。

◆自然をベースにした資本主義に

ーーまさに自然をベースとした資本主義を考える時期に来ているのではないでしょうか。

世界人口は70億人になり、人間の経済活動がどれだけ自然資源に依存しているかを示す指標「エコロジカル・フットプリント」も1.5を超えています。つまり、今の経済活動を続けるには地球が1.5個必要だということです。

ですから、自然をベースとした資本主義に修正して行かなければ、一つの地球の中でシェアして暮らそうという発想にはなりません。結局、資源の奪い合いになり、戦争の道を歩まざるを得なくなります。

ーー持続可能な社会を構築するには、経済活動だけでなくライフスタイルも見直す必要がありますね。

「豊森」は、行政から見ると豊田市の「定住促進事業」という側面もあります。中山間地域の過疎への対策です。「豊森なりわい塾」で学んだ後、実際に定住している人もいます。彼らは、「ここでの生活は何にもないけれど、生きていることが全て自分の人生の積み重ねになる」と言うのです。

お金で買えば単なる沢庵も、隣のおばあちゃんが漬けた沢庵ならご馳走になるように、中山間地域では、人と人とのつながりが価値になっていくのです。「豊森なりわい塾」一期の修了生には木工職人になった人たちがいます。この2人は修了生同士で結婚しました。豊田市内で工房を開いて、地域材を使った家具を作り、何とか生計を立てています。

それから、出身地である福岡の糸島市に帰って、そこの牧草100%で育てた牛の乳を、低温殺菌して、消費者に提供するビジネスを始めた人もいます。トヨタグループに勤務する修了生で中山間地域に定住を希望している人もいますね。

ーートヨタの森づくりの中長期的な展望を教えてください。

先進的な事業が、2007年に始まった「フィリピン熱帯林再生プロジェクト」です。世界中の熱帯地域で問題になっていますが、地元住民が木材や焚き木にするために木をどんどん切ってしまい、森林破壊が進んでいます。トヨタはただ植林を行うだけでなく、住民への啓発活動も行っています。焚き木の代わりにもみ殻がエネルギーになることを伝え、マンゴーの栽培方法を教えることで、焚き木に代わる現金収入を確保させています。

まさにこれはライフスタイルを創造する事業です。豊森もここを目指しています。

フィリピン・ルソン島で自生種の植栽を行う。「持続可能な植林」の考え方を共有し、森林荒廃対策や住民の生活向上の取り組みに具体的な数値目標を設定している


◆分散型社会で新しいモビリティを追求

ーー日本のCSRでは企業の本業との統合が一大テーマになっていますが、その観点からトヨタのCSRはどう見ればよいでしょうか。

これからの分散型社会では、必ずモビリティの問題が重要になります。例えば、豊森を実施する周辺地域では、2、3軒の集落がたくさんあります。ほとんどが高齢者一人で住んでおられます。そうすると、その人たちが病院にどうやって通うかが問題になります。

そこに若い人たちが定住するとします。その人たちは農業だけでは食べていけないでしょうから、小さな稼ぎのために送り迎えをするようになります。つまり新しい「人の移動の形態」が出てきて、それがトヨタの事業にも繋がっていくのではないかと思います。

それからもう一つ、自然をベースとした経済活動に関心を持つ人たちから共感を得られる企業になるはずです。そういうところに住む人たちがどんな車を欲しがっているかが分かるかもしれません。

それが、地域に合った車や移動の形態、エネルギー源、暮らしの提案につながるのではないでしょうか。トヨタがライフスタイルもつくる会社になれば、すごく美しいと思います。


・トヨタの森作りについてはこちらから

渋澤寿一(しぶさわ・じゅいち)
1952 年生まれ。東京農業大学大学院終了。1980年国際協力事業団専門家としてパラグアイ国立農業試験場に赴任。帰国後、長崎オランダ村、「ハウステンボス」の役員として企画、建設、運営まで携わる。現在、樹木・環境ネットワーク協会専務理事として日本やアジア各国の環境 NGOと地域づくり、人づくりの活動を実践中。全国の高校生100人が「森や海の名手・名人」をたずねて聞き書きし、発信する「聞き書き甲子園」などの事業など、森林文化の保全の教育、啓発を行っている。明治の大実業家・渋澤栄一の曾孫にあたる。