料理研究家・辰巳芳子(87)のドキュメンタリー映画『天のしずく』が全国劇場にて公開中だ。病床の父のために作り続けたスープはやがて人々を癒す「命のスープ」と呼ばれるようになる。「命のスープ」から見えてくる「日本人の忘れたもの」を、同映画で訴える。
辰巳芳子は御年87歳。命の始まりに赤ん坊が飲む母乳があり、命の終わりに口を潤す末期の水がある。命を支えるスープのストーリーから、食べ物を単に「物」として見るのではなく、動植物の「命」を感じ取ることで自然と人との大きな命の流れに気づく。さらに同映画では、食材を提供する生産者とスープを口にする人との絆を描く。
辰巳は、「今の世の中はごく日常の生活の中にある幸せと豊かさに気づけなくなっている」と、話す。
例えば、家族のためにおいしい料理をつくることだ。素材を提供する生産者と自然を思い、食べる人に愛のこもった料理をもてなす当たり前の日常をきちんと行うことに理屈ではない満足感と豊かさがあるという。
そのことを彼女は、「ていねいにものを作ることは、ていねいに生きること」と、定義する。料理の素晴らしさは、五感を総動員することにあるという。「ごまをすったり玄米を炒ったり、ぱちぱちとはじける音や香ばしい香りに感性を尖らせると、精神が研ぎ澄まされ自分を超えた他者とのつながりを感じ、愛が生まれる」
『天のしずく』予告編
『愛っていうものはね、不思議と表現することを求めるんじゃないですか?できるだけ美味しく作って喜ばせようっていうのは、やっぱり愛していることの表れだと思うわね』——辰巳芳子
食材を提供する農業、畜産、漁業とのつながりと地域の人々との縁(よすが)を大切にすること。そして丁寧な暮らしを意識し、他者への感謝の心を持つことで、見過ごしていた幸せの欠片を見つけることができるかもしれない。(オルタナS編集部員=川久保亜純)
ドキュメンタリー映画「天のしずく」公式サイト
辰巳芳子(たつみ よしこ)
1924年生まれ。神奈川県出身。料理家・作家。料理研究家の草分けだった母、浜子の傍らで家庭料理を学ぶ。自然風土の恵みである食材への深い愛情を込め、本物の食を追及し続けている。日本料理だけではなく、独自にヨーロッパ料理の研鑽も積み、人の生きる力を支える食への根源的な提言を続けている。父の最期を看取ったスープは、全国で多くの人に飲まれ「いのちのスープ」として静かな感動の輪を広げている。現在は「良い食材を伝える会」「カイロス会」「確かな味を造る会」などの会長を務め、全国の小学生に大豆の種を蒔き育てる「大豆100粒」運動を提唱し参加校は300を超えている。著書に「あなたのために~いのちを支えるスープ~」「味覚日常」「手からこころへ」「食の位置づけ」「食といのち」「いのちの食卓」「辰巳芳子の旬を味わう」等多数。