これからの産業が地球環境と共存するうえで、生物多様性の保全は基盤となる重要な問題だ。2010年に愛知県で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)から2年、企業に何が求められているのか。世界最大の自然保護ネットワーク機関「国際自然保護連合」(IUCN)日本オフィスの古田尚也氏に話を聞いた。聞き手=森 摂(オルタナ編集長)

IUCN日本プロジェクトオフィス・シニア・プロジェクト・オフィサーの古田尚也氏

――COP10から2年が経ちましたが、企業の生物多様性保全の姿勢は変化しましたか。

IUCN日本プロジェクトオフィスは、COP10を支援するため、経団連自然保護協議会内に2009年に設置されました。IUCNが持つグローバルなネットワークを生かし、日本国内の活動を世界各国に発信すること、グローバルな動向を日本の関係者に知らせることが目的です。

COP10を契機に、企業の生物多様性への関心が高まったことを感じます。経営方針や環境方針の中に、「生物多様性の保全」という言葉を入れる企業が増えました。

トヨタも、COP10に先んじて2008年に「生物多様性ガイドライン」を策定し、①技術による貢献②社会との連携・協力③情報開示の三本柱で取り組んでいるそうです。

車と自然保護がつながる

――IUCNが企業に期待することは。

企業の環境分野での貢献には大きく分けて、4つあると思います。1 つは、「資金援助」。そして、「技術貢献」。3つめは、「本業での改善」。最後に「社員の力」です。

日本企業に対する海外からの期待で多いのは、自然保護につながる技術開発です。IUCNでは絶滅の恐れがある種をリストアップした「レッドリスト」を提供しています。これは、複数のIT企業の協力によってデータベース機能を改善できました。

低燃費車やSUV車も自然保護活動につながっています。国立公園などオフロードの保護地域では、SUVがよく使用されています。ブラジル・トヨタが、絶滅の危機にあったスミレコンゴウインコの保護・増殖プロジェクトにランドクルーザーなどの車両を寄贈したそうですが、車の提供も、技術的な貢献といえます。

トヨタが保全に取り組むスミレコンゴウインコ(ブラジル)

本業での貢献として、プリウスなどの低燃費車を製造しながら、国内外の自然保護活動を資金面で支えている点も素晴らしいと思います。

トヨタは世界中で知られている企業ですし、トヨタの取り組みが日本企業のスタンダードだと思われていると自覚し、取り組んで頂けたら嬉しいですね。

スミレコンゴウインコの保護・増殖プロジェクトに提供された車両(ブラジル)

海の保護地域は1%

――ブラジルの「トヨタ・コスタ・ドス・コライス」では、海底まで含めたエリアを支援の対象にしています。

現在、陸上のおよそ13パーセントが保護地域に指定されていますが、海の保護地域というのは1パーセント程度に過ぎません。世界中で、海の保護は遅れています。

2003年のヨハネスブルグのサミットで採択された行動計画の中には、2012年までにグローバルな海洋保護地域のネットワークをつくるというものがありました。「愛知目標」の目標11では、20
20年までに10パーセントの海洋保護区をつくることが合意されています。

これは非常に野心的な目標です。そういった意味で、ブラジル政府のサンゴ礁保護と、それを支援するトヨタの活動は、世界的に見ても、自然保護のプライオリティに合致しています。

ブラジルの「トヨタ・コスタ・ドス・コライス」の地域住民によるモニタリング研修。2017年までに現地のトヨタ販売店を巻き込みながら、10の自治体に保護区を増やしていく計画だ

――「社員の力」でいうと、トヨタのアカウミガメの産卵地保全活動には毎年100人以上が参加するそうです。また、新たに動植物保護活動に関するサイトを新たに立ち上げ、啓発にも力を入れています。

多くの社員を抱えている大企業は、その家族や友人まで含めると大きな影響力があります。ですから、企業が社員に環境教育プログラムを実施することは、社会的インパクトが大きいのです。

企業が率先して、自然保護活動に社員・地域住民も一緒になって参加してくれることで、多くの人々の環境への意識が高まり、さらには、科学的な知見の整備への投資や技術協力も増え、最終的には自然保護につながるのだと思います。


古田尚也(ふるた・なおや)プロフィール:
IUCN日本プロジェクトオフィスシニア・プロジェクト・オフィサー。1992年、東京大学大学院農学系研究課修士課程修了。三菱総合研究所で地球環境問題や途上国開発に関する調査研究に従事。現在は、生物多様性条約等のプロセスに関わるIUCNグローバル・ポリシー・ユニットに所属している。

IUCN (国際自然保護連合)とは:
1948年に設立された自然保護機関。92カ国、125の政府機関、1007の非政府機関、34の協力団体が会員となり、181カ国1万1千人の科学者、専門家が協力関係を築いている。「種の保存委員会(SSC)」をはじめ、6つの専門委員会を有す。ラムサール条約、ワシントン条約、世界遺産条約、生物多様性条約の実現と実施に重要な役割を担っている。


<トヨタが展開する生物多様性保全活動>

■支援届かぬホットスポットで、絶滅危惧種を保護

ブラジル北東部のアラゴアス州とペルナンブコ州には、世界で2番目に大きな沿岸生態系保護区「コスタ・ドス・コライス」(41.3万㌶)がある。1997年にブラジル政府が保護区として指定したが、依然、生態系の絶滅が危惧されている。そこで、ブラジル・トヨタが2009年4月に設立した「ブラジル・トヨタ基金」は、2011年からサンゴ礁やマングローブの保護をはじめとした動植物の生態系、特に絶滅の危機にある水生哺乳類マナティーの保護を支援。資金提供にとどまらず、環境団体、漁業組合など、地域の団体の活動を支援するネットワーキングにも力を入れてきた。

■ウミガメが産卵しやすい砂浜づくり

愛知県渥美半島の表浜海岸は、アカウミガメの産卵地として知られている。近年、天竜川から供給される土砂の減少により、砂浜の浸食が進み、生態系への影響が懸念されている。そこで、2011年4月から表浜海岸に近いトヨタ田原工場の従業員を中心に、NPO法人「表浜ネットワーク」「あかばね塾」と協働し、砂浜を保全するため、竹や間伐材で「堆砂垣(たいさがき)」を製作・設置している。毎年、従業員と家族が100人以上参加。8月には、ウミガメを放流する観察会を実施している。

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