東日本大震災を機に、世の中の到るところで喧伝され出した言葉がある。「ソーシャルデザイン」だ。この言葉は何を意味するのだろうか。『希望をつくる仕事 ソーシャルデザイン』(宣伝会議)の監修を務めた電通ソーシャル・デザイン・エンジンの福井崇人代表は、「自分とは何者なのかを把握することで、自然とソーシャルデザインができるようになる」と話す。(聞き手・オルタナS副編集長=池田真隆)

バングラデシュにて福井代表 写真:渋谷敦志

——ソーシャル系の働き方に興味をもたれたきっかけは何でしょうか。

福井:もともとは生まれが尼崎だったことが大きいですね。当時は、三大公害都市の一つで、光化学スモッグ、アスペスト、地盤沈下など公害のデパートでしたね。ですので、子どもの頃から身近に社会問題や環境問題、人種問題を感じていました。

——日本国内では、東日本大震災を機会に、ソーシャル性の高い活動が広がりました。この動きは、どの層が中心となり動いていると思いますか。

福井:若者ではないでしょうか。モノが満ち足りていて、安心・安全の社会で生きています。満ち足りている分、幸福感が足りていません。そこで、ソーシャルに動くのは自然のことだと思います。

——本書では、「誰でもソーシャルデザインを実践できる」と書かれています。そのためにも、まず社会に違和感を持つべきだと言っていますが、社会に満足感を感じて、最初の小さな違和感に気付けない若者は多いのではないでしょうか。

福井:確かにそれはありますね。ぼくが思うには、生まれたときの環境が大きいです。ぼくの場合は、環境に対する劣等感がありました。なので、大人になってからきれいな環境を取り返したいという思いがあります。原体験がないと、ソーシャルに動くことは厳しいという見方もできます。

——ソーシャルメディアが発達して、コミュニケーションの頻度は高まりましたが、一人ひとりと向き合う深度は低くなった印象を受けます。腹を割って話すことが少なくなると、自分自身でも、何を考えているのか分からなくなってしまうこともあります。

福井:著書の取材で印象に残っていることは、インタビューさせて頂いた方全員が、自分は何者かと分かっていたことです。それぞれに独自の宗教観があって、自分を信じています。自分を好きになっているのです。

自分とは何者なのかを理解できた人は、自然とソーシャルなことができるようになっています。

日本人は、もともとソーシャルに向いている民族です。島国であり、昔から弱い人を守る文化がありました。例えば、江戸時代にできた、「朝飯前」という言葉があります。

この言葉の由来は、朝ご飯を食べる前に、隣近所が元気かどうかの様子を確認しにいく作業から来ています。朝食の前に、様子を確認しに行くことは難しいことではないということです。

東日本大震災時も礼儀正しく、規律を守る行動をしました。暴動はほとんど起きていません。本書で、日本人がもともと持っている誇れるソーシャル性を改めて伝えていかなければいけないと思っています。

——ソーシャルな活動で共感を得るためには、ストーリー性が必要だと思います。特に、実践者のストーリーです。原体験や当事者意識が求められます。ソーシャルな活動を行う若者に伝えたいことはありますか。

福井:ぼくもストーリー性は大切だと思います。また、若い人でNPOなどに就職したい人は年々増えていますが、何が得意かを分かっていた方が良いでしょう。

何もスキルを持っていない状態では、ボランティアのボランティアになってしまう危険性があります。なので、今の時代でソーシャルな活動で生活していきたいと考える若者には、戦略的に動くことをオススメします。まずは、スキルを身に付けるために我慢することも大事です。

——何をしたいのか分からない若者が多くいるから、ソーシャルに動くのだと思います。自分とは何者なのかと掘り下げていったときに、誰かの役に立ちたいという思いが芽生えます。誰かのためになることをして、自己認識ができるようになります。若者たちは、この文脈でソーシャルの動きに入っていくのではないでしょうか。

福井:先ほども言いましたが、自分とは何者かと気付いた人がソーシャルデザインを自然とできるようになってくると、本書を執筆しながら確信しました。つまり、ソーシャルデザインとは、自己分析につながることだと思います。取材させて頂いた一人で漫画家の井上雄彦さんはソーシャル性を意識して活動していません。

井上さんの漫画は、無駄な部分を削ぎ落して、完成させていきます。井上さんにとって、ソーシャルデザインとは、「自己を掘り下げていく孤独な作業」なのです。

描く漫画にストーリーはいらないと言っています。なぜなら、キャラクターを描けば、自然とストーリーが浮かび上がるからだそうです。さらに、ソーシャルな活動では、あえてPRしなくても、自分の役割が分かっていれば、自然と人が集まってくるとも言っています。

自分自身と向き合えば、ソーシャルデザインが自然とできていくことは、井上さんを通して教えてもらいました。


『希望をつくる仕事 ソーシャルデザイン』(宣伝会議)
・4月13日、渋谷ヒカリエで福井崇人代表が登壇するイベント開催⇒http://www.hikarie.jp/event/detail.php?id=744