酒販店にも完全に浸透していない酒樽の真価の発信に心血を注いでいるのが、有明産業(京都市・伏見区)だ。今年で創業50周年を迎えた同社は酒用木箱の製造販売から始まり、1980年代に洋樽の製造に進出した。「机や椅子の材木としても活用できる樽を身近に感じてもらえる生活空間を演出したい」と語る小田原伸行専務(36)は、これまでのノウハウを生かした中古樽の再生処理加工を手がける一方、大学生をインターン生として受け入れ、廃材をスモークチップにして料理に生かすことなどを提案するプロジェクトを共同で進めている。(オルタナS関西支局特派員=高梨秀之)

酒樽の価値を発信し続ける小田原伸行専務と、インターン生の田辺和也さん(写真左から)=京都市伏見区

洋樽の中でウィスキー、ブランデー、ラムなどの蒸留酒を数十年かけて熟成させると、ポリフェノール、タンニン、リグニンが生成され、バニラ香や蜂蜜香がつく。また、日本の焼酎も樽の中で10年ほど寝かせると、森林の豊かな空気を濃縮したような深みが加わる。

同社が主に扱う洋樽はアメリカ産ホワイトオーク樽。家具や床にも使用されるほど丈夫で香りもいい材木だが、一本の木から20~50%程度しか取れないという、上質で貴重な資源だ。しかし、酒を寝かせるために繰り返し使うことで熟成機能や色づきが悪くなると、簡単に廃棄されることも多い。

そこで同社では、樽の内側を削り、強い火で焼いて炭化させることで熟成効果を60~90%回復させる「チャーリング」を行っている。着火させる際もホワイトオークの端材を有効活用しており、新たに樽を購入する場合と比べると半分以下のコストで済むという。

「樽で熟成させた焼酎はさまざまなメーカーから販売されているが、多くの場合その特徴は商品に明記されていない。優れた材木の利点を発信し、酒樽の価値を広めていきたい」と小田原専務は語る。

大きな亀裂が入るなどして再生できなくなった酒樽もいろんな形で利用できることをアピールするため、2年前から廃樽を使った商品の開発プロジェクトに乗り出し、箸として利用するほか、イタリア料理店などでのディスプレイ用ツールへの転用を提案してきた。

プロジェクトを支えているのが、業界の常識にとらわれない若い世代の柔軟な発想だ。同社は酎ハイなどの手ごろな酒を求める傾向のある若者に、樽でじっくり熟成された酒の奥深さを伝え、さらに飲酒層を広めたいと今年8月から兵庫県立大学工学部3年生の田辺和也さん(22)をインターン生として受け入れた。半年間にわたって新商品の企画・販売や、酒樽のPR活動に取り組んでもらう。

田辺さんがインターンを希望したのは、NPO法人JAE(大阪市・北区)が今年6月に開催したインターンフェアがきっかけだ。同社が取り組む事業の魅力を熱っぽく語る小田原専務に出会い、貴重な現場体験と学びが得られると参加を決意したという。

田辺さんがまず構想を描いたのは洋樽の材木を用いた風呂場づくり。だがどう実現すればいいか分からないまま立ち消えに。その後、小田原専務のもとで指導を受けるうち「悩まず行動すること」を目標にするようになり、現在では廃材を使った薫製を飲食店などに持ち込みいろんな有効活用を提案している。

酒の甘い風味が染み込んだ廃樽を砕いてスモークチップとして用いることで、酒と抜群に相性のいい食材ができるからだ。田辺さんは、「売り上げももちろんですが、何より期待されているのは自分自身の成長。酒と樽の価値をさらに高めるためのアイデアをどんどん出していきたい」と話す。

2人の目標は、酒販店や酒造メーカー、飲食店と酒樽の価値を共有できる、勉強会などのコミュニティをつくることだ。そこで得た業種間の情報やつながりをもとに、酒の種類ごとに適した樽を開発して販売する「酒樽専門店」を提案していきたいという。

小田原専務は「酒樽事業の担い手は年々減少しています。次の代に会社を残すためにも、技術を伝え、顧客との信頼関係を築いていきたい」と意気込む。海外では焼酎の麹の匂いに抵抗を持つ人も多いが、ブランデーやウィスキーに近い風味をもたらす酒樽は、新たな市場への懸け橋にもなるという。

歳月をかけてじっくりと酒に風味を与えたい。そしていろんな有効活用を。小田原専務の酒樽にかける思いを田辺さんがどう受け継いでいくのか、期待が高まる。