マディヤ・プラデシュ州(以下、MP州)はインド第6位の貧困州であり、貧困人口の多くが農業によって生計を立てている。また、MP州は国内生産量の5割を占めるインド最大の大豆生産州であるが、面積あたりの収量は約1,100kg/haと、インド全体の平均程度に留まっているのが現状である。大豆が主な収入源であるMP州の農家にとって、生産性向上は生活水準の改善に繋がる。生産性向上を目指し、現地ではどのような支援が行われているのか。JICA専門家、辻耕治さんに話を聞いた。(聞き手・オルタナS特派員=清谷啓仁)

インド人研究者と議論中の辻耕治さん(真ん中)

■大豆生産性の向上なるか

インドでは、大豆作付面積は1980年代以降右肩上がりに増加しており、近年では世界第5位に達している。一方、面積あたりの収量は約1,100kg/haで、アメリカやブラジル等、主要な大豆生産国の約1/3に留まっている。2011年より開始された5年間のJICAとMP州政府の技術協力プロジェクトで、生産性の向上を目指している。

「広大な国土を擁するインドでは、作付面積を増やすことで総生産量を増大させてきたが、生産性は横ばいである。一方、日本では限られた面積の中での生産性向上を模索する姿勢が伝統的にあるため、それらを指向した技術が発達してきた。」と辻さんは語る。

インドで慣行的に行われている栽培方法は、決してベストとは言えない。プロジェクトでは、栽培方法や農業機械、肥培管理技術、病虫害管理技術など16の分野で研究課題を設定し、生産性向上を指向した技術開発を展開中である。

■大豆栽培の阻害要因

MP州における大豆の低生産性の原因は、大きく2つ考えられる。1つは、農場の排水設備が整備されていないこと。2つは、大豆生産の担い手の多くが、農業資材の投入もままならない小規模貧困農家であること。

大豆生産がMP州で急速に拡大した理由のひとつは、排水設備が整備されていない生産性の低い土地においても、一定レベルでの栽培が可能であったためと考えられているが、そうした環境が湿害のリスクを増大させている。雨季の約3ヶ月間に東京の年間降雨量に近い雨が集中して降りつけるため、大豆農場は大きなダメージを受けてしまう。

貧困も大きな問題だ。金銭的な制約と低い教育水準のため、小規模貧困農家が採用できる技術は限られてしまう。たとえ素晴らしい技術でも、高コストや高難度のために彼らが採用することができなければ、それらは意味をなさない。よって、日本の高い技術をそのまま導入するのではなく、低コストかつ適正レベルのMP州の小規模貧困農家の現状に則した技術体系を、インド側カウンターパートと共に構築することがプロジェクトに求められている。

■インドで仕事をするということ

国が変われば働き方や慣習も変わり、それは日本とインドでも例外ではない。例えば、インド人は勉強熱心で特に数字に強い。しかし、アカデミックな世界と現実とを切り離して考えている傾向があり、研究開発した技術がどのように自分たちの生活を変えるのかといったことに、なかなか想像力が働かないようだ。指導では、土や作物・機械と頻繁に接触させることで、現場に落とし込む力を養うようにしているという。

「海外の人たちと一緒に仕事をする際には、文化の違いが一番の壁になります。インドの場合は、時間や約束は存在しないようなもの。何度も何度も繰り返してリマインドして、ようやく相手が動いてくれるかもしれないといった具合です。相手の文化を尊重することは必要ですが、仕事をする上ではこの違いは辛いですね。ただ、インド人の素晴らしいところもたくさんあります。細かいことを気にしない大らかさがありますし、仲間同士の結束力も非常に固い。特に自己主張の強さは世界でもトップレベルで、そうしたところは仕事を通じて見習っていきたいなと思います。」(辻さん)

農業機械の調整を行っている様子、左端がプロジェクトチーフアドバイザーの小林創平さん

■安定した食料供給を目指して

プロジェクトの開始から2年半が経過し、16の研究課題における技術開発は成果を見せ始めているようだ。例えば、農業機械に関しては、インドで生産された機械を元にして日本の技術を取り入れられるよう、試行錯誤しながら機械を改良している。また、病虫害管理技術については、農薬散布データを基にして適量かつ適切な使用ができるように指導を行っている。

また、先進的な大豆生産技術を持つブラジルや日本に学ぶため、プロジェクト関係者の海外出張なども定期的に企画している。出張後は、インド人研究者の議論や発想に、海外の動向、技術が含まれることが多くなり視野や見識の広がりを感じているようだ。

「今後は技術開発のための研究から、実際の農場現場での実証試験に軸足を移し、それぞれの技術を評価・修正していく段階です。技術というものは、誰かの成功事例があれば貧困層でもとっかかりやすいもの。試行錯誤をするのは私たちの仕事で、その中で最も低コストかつ適正レベルな技術を提示していかなければなりません。近年の国際的な食糧不足、食糧価格高騰を受け、インド国内でも食糧の安全保障に対する関心が高まってきています。安定した食料生産に寄与できるよう、MP州で成果を上げたい。」と辻さんは意気込む。

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