スタッフ一人ひとりがリーダーシップを発揮しながら、協働し、一つの方向に向かっていく。誰もが望むそんな組織を、実際につくり、率いている二人――アメリカンフットボール・オービックシーガルズヘッドコーチ・大橋誠さんと、ベーリンガーインゲルハイム製薬・山﨑誠治代表。まったくフィールドの異なる二人が語る、「優れたチームのつくり方」とは。(オルタナS関西支局特派員=原健二郎)

左から山﨑誠治さん、大橋誠さん、ウエイクアップ・島村 剛代表

■変わらなければ負ける

大橋誠さんは、一度も優勝できなかったオービックシーガルズを、独自の方法で作り変え、前人未到の日本選手権4連覇に導いたヘッドコーチ。

「人は勝利を経験するとこだわりが増えてしまう。でも、こだわりが多いとルーティンにも陥いりやすい。チームを変えたい、個人を変えたいと思ったら、まず自分がこだわりを捨て、変わることが大切です」

アメフトのチームづくりの秘訣を語る大橋誠さん

「変わる」ということは「面倒くさい」ことであり「居心地の悪い」ことだ。今までの経験則にすがっていれば、居心地の良さの中にいられる。しかし進化し続けるということは、変化の居心地の悪さの中にい続ける覚悟がいる。

「変わったからといって勝つかどうかはわからない。でも、変わらなければ負けるのは確かなのです」

■自発性というエンジンをもってもらう

変わり続けるためには、自発性という「エンジン」が必要、と大橋さんは言う。

「列車に例えれば、エンジンをもつリーダーが組織を引っ張るより、すべての車両にエンジンがあった方が、もっと早く進むはずです」
そのために大橋さんが大切にしているのは対話。選手一人ひとりにやりたいこと、なりたいことを、まずはひたすら聴く。

「これは本当に難しいことです。途中で口出ししたくなったり、『つまりこういうことだろう』と先回りしたくなってしまう。それを我慢して聴き続け、彼らの気持ちを飲み込むのです」

対話を繰り返し、彼らがどこに行きたいのか、今どこにいるか、行くためにはどうしたらいいかをとことん話し合う。各人の希望を軸にしているから、アドバイスもしやすいし、取り組みも自発的なものになる。

■考える風土をつくる

アメフトのチームとして一番大切なことは「ディシプリン(規律)」だと言われる。高度な作戦を用いて闘う組織である以上、自分勝手をしていては勝てないのは当然の話。「でも…」と大橋さんは言う。

「押し付けられて、納得してなければ、選手はルールに頼って生きていくことになる。重要なのは規律ではなく規範――つまり、どうあるべきかという規範をもとに、自分で考えさせることなのです」

「Do the right thing」という言葉がある。「あなたが正しいと思うことをしなさい」というその言葉は、押し付けのルールではなく、自分で考え、行動せよという意味。大橋さんは自分のチームに対してもそう言いたいと考えている。

「どういうチームにしたいかを、伝えるだけではなく、気付いてもらうことが大切です。そのために、できるだけ選手が考える場をつくるようにしています」

考える風土が根付き、一人ひとりが考える目標と、組織が目指す目標が一つになったとき大きなパワーが生まれる。

■高い目標と小さな積み重ね

ベーリンガーインゲルハイム製薬は、ドイツに本社をおくグローバル企業。2011年、我が国で250年の歴史を誇るエスエス製薬と一つになったとき、山﨑代表とスタッフは、エスエス製薬が全世界レベルでどの位置にあるかを提示し、どのレベルまで引き上げたいかを考えたという。

外資と内資の老舗をワンチームに仕立てあげた山﨑誠治代表

「でも組織が高い目標を提示しても、社員一人ひとりには浸透しない。それが自分にとって何の意味があるのか? そんなことは無理なのじゃないかという疑問が生まれます。そこで私たちは社内の空気を変えることから始めました。インプレッシブな働きをした人に、月間MVPとしてワインを1本プレゼントすることにしたのです」

社員の小さな前進を見逃さず、感謝の気持ちを伝えるこの方法は功を奏し、あるときから社員たちの意識や表情が、ガラリと変わったという。

「人はみな褒められたいという気持ちがある。小さな感謝を伝えることを積み重ねることによって、会社の空気も変わっていくのです」
山﨑社長には、明らかに会社の空気が変わったもう一つの出来事がある。

ベーリンガーでは年に2回、社員にアンケートをとっている。その質問は一つ、「今の職場環境に満足していますか」だ。

「ある部門で、半年前には53%だったYesが、91%に変わったんです。その理由を訊くと、『新しく移動してきた部長が毎日声をかけてくれるから』という答えだったのです」

MVPの話にしても、声がけの話にしても、社員にとって共通しているのは、上司が自分を見ていてくれるということ。リーダーが見てくれているという信頼感が、社員のモチベーションに大きな影響を与えるのだ。

個人の自発性を育むこと、組織として一丸となることという一見相反するようなことを両立させるためのヒントが、数多く提示された刺激的なシンポジウムであった。

ウエイクアップウェブサイト:http://wakeup-group.com/