「自分たちにできることは漫画を描くことしかない」――震災直後、その思いに共感した有志の漫画家と編集者が集まり、東日本大震災チャリティー漫画「僕らの漫画」が制作された。顔を合わせたことがない27人の漫画家が集まり、28作品が生まれた。2013年3月時点で売上額の約307万円が、震災遺児・孤児の学業支援として寄付された。中心メンバーの一人である漫画家の信濃川日出雄さんに呼びかけたきっかけを伺った。(聞き手・横浜支局=細川高頌・横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程3年)

「僕らの漫画」、SNSで集まった漫画家たちによって作られた

「僕らの漫画」、SNSで集まった漫画家たちによって作られた

――僕らの漫画を制作しようと思ったきっかけを教えてください

信濃川:3月11日震災発生当時、電話やメールが使えなくなったので、家族とtwitterで連絡を取り合っていたのです。twitterにはリアルタイムの情報が入ってくるということもあり、twitterから目が離せなくなっていました。

震災があった当日は混乱していましたが、次の日あたりから同業者の漫画家さんたちから、「漫画家は何ができるのだろうか」というような声がちらほら上がり始めまして。その時は何も冷静に考えていなくてとても感情的なものだったのですが、とにかく「何かやりましょう!」という内容を3~4人の漫画家さんたちと※リプライを飛ばし合いました。

そんな感じで、「何ができるか分からないけど、何かをやりましょう!」というような、何をやるかは決まってないけれど何かをやるということだけが決まりました。

結局その当時は、漫画家にできることは漫画を描くことだということしか思いつかなくて、漫画を描いたらそれを本にして売るというような、自然な発想しか出てきませんでした。具体的には、みんなで新作読切を描き下ろして本にし、その印税なり売上を寄付しようという形態を考えたのが僕だったのです。

――なぜ「新作を描き下ろす」ということをされたのですか。

信濃川:そこは結構重要なところです。過去に描いた原稿などではなく、描き下ろしイラストでもなく、ストーリーのある漫画作品を描くというのが漫画家にとっては重要なことなのです。

ショッキングな経験を経て、僕自身にも「何か描かなければいけない」という気持ちがあったし、同じように「描きたいよ!」と思っている漫画家の欲求も満たせる、読者もそれを欲しているのではないかという思惑もありました。

あと、こういう動きにのってくれる漫画家さんは他にもたくさんいるだろうと何となく思えたんです。そのような理由から、「僕らの漫画」という企画が立ち上がりました。

――どのようにして他の漫画家さんに声をかけていったのですか。

信濃川:説明するにあたってきちんとした企画書を書かなければならないので、まずはそれをまとめて、それから3月から4月にかけて声をかけていきました。

他に何人か協力したいと声をかけてくれた編集者の方もおり、実際に様々なかたちでご協力いただきましたが、あくまで「僕らの漫画」の企画は漫画家が主体的に動くことが大事で、漫画家への声かけも編集者からは一切せず、漫画家の繋がりだけで行いました。

作った企画書をもとにして、この企画の言いだしっぺである4~5人の漫画家のそれぞれの知り合いと、僕個人としてはtwitterで始まった企画なので、twitter上で交流のあった、一度も会ったことのない漫画家さんにも声をかけました。

――漫画家さんからはどのような反応がありましたか。

信濃川:地震の直後でみなさん混乱していたし、「僕らの漫画」のような漫画制作以外にも色々なボランティアが立ち上がっていたので「申し訳ないが、他方に取り組むだけで精一杯で、『僕らの漫画』にも参加したい気持ちはあるが、現実的にはあきらめざるを得ない」というような反応も多かったですね。

信濃川日出雄さんの自画像

信濃川日出雄さんの自画像

――震災直後に漫画を描くことに難しさはありましたか。

信濃川:個人的にはですが、何か描かなければいけないという風に思い込んでしまう職業ではあると思うのですよね。漫画家というものが。それに、自分が手を動かせばお金を生み出せる。良いものを描けばそれがお金に変わるという実感があるのです。なので、自分の得意分野で貢献をする、シンプルにそれが一番力になれるのじゃないのかっていう発想しか出てこなくて、だから何かを描こうと自然に思いました。

――「僕らの漫画」に掲載されている作品の多くは、震災と無関係なものでしたが、やはり何を描けばいいか分からないというようなことがあったのでしょうか。

信濃川:いや、分からないということではないと思いますよ。これは推測でしかないのですけど、震災を描かなかった方は、震災に直接触れない方がいいと判断したのだと思います。

そういう方は触れたいと積極的に思ってなかったと思いますし、義務的に触れなくてはいけないというようなことでもないですし。そもそも「僕らの漫画」のコンセプトが何でも好きなものを描いて下さいというものなので。

逆に震災に触れた作品を描いた作家さんからは「震災を題材にするのだ」という強い意志を感じました。僕自身は、震災に直接触れた作品は時期的に描けないと思いました。世の中が、節電だとか計画停電だとか、自粛自粛という言葉がその時はやってましたよね。

何か色々なものを我慢しようとか、テレビ番組でもバラエティー番組が休みになったりとか、そういうことにすら気を遣っていた時期だったのですが、必要以上に萎縮してしまったようにみえたので、そういう雰囲気を少しずつポジティブな方に持っていけないかと思って、ポジティブな話を描きました。

――今回の「僕らの漫画」を通して、改めて編集者について感じたことはありますか。

信濃川:編集者というか、ほぼ99%の仕事を、小学館の漫画編集者である前田さん(次回、前田さんのインタビューを掲載する予定です)がやってくれていたので、前田さん個人にはたくさん思ったことがありました。

彼は福島にご縁があったということもあって、何かをしたい、それも、自分の関わっている仕事で何か貢献したいという思いが非常にあったのですよ。そこに本当にたまたまなのですけど僕が声をかけたことによってこの企画に関わることになって、その使命感と漫画編集者としての責任感で本当によく頑張ってくれたと思います。

漫画編集としての仕事は漫画原稿を預かって世に送り出すまでの作業が彼の仕事で、それに対する誠実さというか、彼の誠実さがあったからみんな信用してついてきたということはあると思います。この企画に参加してくれた漫画家さんたちは一度も顔を合わせたことのない漫画家さんばっかりなのです。そういった人たちの信用を支えてくれたのが前田さんの仕事だったと思います。

――「僕らの漫画」を制作するにあたって特に印象に残っていることはありますか。

信濃川:最初のアプリが発売されたときですかね。嬉しさもあるのですけど、反響の大きさに対する責任も感じました。最初は本当に発売できるのだろうかという不安もあったので。

でも嬉しさということにはとても気を遣っているのです。漫画作品として本が出来上がるということは漫画家にとってもちろんうれしいことではあるのですが、震災がきっかけで生まれた企画なので、喜んでばかりはいられないということがありました。

震災をだしにして金儲けしていると誤解されては絶対にいけないということもあります。実際に僕らはなんの利益も受け取ってないし、自分たちにとって金銭的な利益を生み出すわけではないのですけど、そういうことの説明が行き届いてない人にはそういう点で非難されてしまう可能性もあるので、そこにはすごく気を使っていました。そこを誤解されてしまうと、いろんなことがねじれてしまって本当に伝えたいことが伝わらないことになってしまうので。

――「僕らの漫画」のご自身のコメントに、
未来を担う少年少女たちに、いまだ青春を引きずる若者たちに、ぜひとも軽い気持ちで読んでもらいたい。だって、漫画だから。漫画なんてそんなもんです。いっときでも日常を忘れて楽しんでくれたら。そして少しでも元気になってもらえたら。その想いで描きました。
――と書かれていたのですが、漫画には「人を楽しませる」という面と「人を感動させる」という面があると思うのですがどう思われていますか。

信濃川:僕はその二つはイコールというか同じだと思います。そこを分けて考えてなくて、楽しませてくれたらそれに感動するし、教科書のような説教臭い漫画はいい漫画ではないと思っています。

「僕らの漫画」に集まっている作品はみんな娯楽作品としてみなさん描かれていると思いますよ。娯楽というのには涙を流すということも含まれていて、あの時期にシリアスな漫画を描かれた漫画家さんも精神的、心理的な負担がすごくあったと思います。それでも描くのだ、描きたいんだという思いで描かれた漫画にも心打たれますね。

――「僕らの漫画」を制作して良かったと思ったことはありますか。

信濃川:震災があったとき僕は二つ連載をしていたのですが、いつもの連載だけでは不安で、多くの人が同じような感覚を味わったと思うのですけど、いてもたってもいられず夜中に車とばして被災地にボランティアにいったりだとか、他の震災復興イベントに参加したりだとか、自宅で漫画を描きながらも、そういう人と心情的には全く同じ気持ちでいました。

自分はどうしようかってときに自分たちで企画を立ち上げて打ち込めたっていうのはかなり心の支えになりました。結果的に一年以上に及ぶプロジェクトになって、作品集としていいものができて、お金もちょっと想像していたよりかは少なかったのですけど寄付できたので、意味のあることができたなと思えたことは良かったです。

あと、漫画家同士で横のつながりができて、仲間ができたことですかね。これはボランティアに行った方々もそうだと思いますが。ただやっぱり震災で何万人もの人が亡くなったということを思うと、未だに言いようのない罪悪感、負い目のようなものはありますね。

――最後に、読者に一言お願いします。

信濃川:今までに「僕らの漫画」についてたくさんの感想を頂いたのですけど、「震災復興企画」「チャリティー本」という見出し、帯を見ただけで避けてしまう人がたくさんいるのです。

説明としてああいう帯を付けざるを得ないということもあるので、やむをえない部分はあるのですけど、そういう先入観を持たずに、複数作家による作品集として是非読んで欲しいという思いがあります。

それで全体的につまらないといわれたら漫画家の力不足なのでしょうがないのですけど、時代を切り取った凄くいい作品集になっていると思うので、先入観のせいで読んでもらえないということが一番悲しいです。漫画好きな人には楽しんでもらえると思います。「募金になるから買って」ではなく、「面白いから買って!」です!

信濃川日出雄:
漫画家。新潟出身。茨城県内の大学を卒業後、東京を経由し、現在は札幌在住。2006年、週刊スピリッツで連載デビュー。以降、様々なジャンルの作品を執筆。主な作品に「ヴィルトゥス(原作:義凡、小学館)」、「少年よギターを抱け(集英社)」等。

[showwhatsnew]