文科省が公示した学習指導要領では、子どもたちの「生きる力」を育むことを基本理念と定めている。生きる力のベースは、基礎的・基本的な知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力などと明記され、読書はこの力を蓄える有効な学習活動であると言われている。しかし、視覚障がいや発達障がいがあるために紙の本では読書が難しい子どもは多い。そこで注目されているのが、伊藤忠記念財団が作成している電子図書のマルチメディアDAISY(デイジー)。この取り組みについて、子ども向けに本の普及・啓発を行う日本子どもの本研究会・野口武悟会長は、「読書のユニバーサルデザイン化を推進している」と評価する。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
マルチメディアDAISYとは、パソコンやタブレット端末などで、読書を楽しむことができる電子図書規格の一つ。野口会長が、マルチメディアDAISYを「読書のユニバーサルデザイン化」と表現する理由はこうだ。一つは、マルチな使い方が可能な点。マルチメディアDAISYでは、文字の拡大や音声読み上げのスピードの調節ができ、一人ひとりの子どもが抱える課題に対応できることである。
そして、もう一つは、読むことに困難さがあっても一人で読書体験を可能にしたことである。読み上げ機能があるので、誰かに読んでもらわなくとも、読書ができる。
これまで、障がい者に配慮された本は、大人向けがほとんどであった。そのため、「図書館には、障がい児への視点が欠けていた」と、野口会長は指摘する。そこで伊藤忠記念財団は、児童書を中心に電子化し、毎年、全国の特別支援学校や図書館、医療施設などに無償で寄贈している。寄贈を希望する団体はここ数年増え続け、昨年度は1,022カ所、2012年度の約2倍となった。
今年4月から障害者差別解消法が施行された。野口会長は、「障がい者の権利を守るベースはできた」とし、「この機会に、学校や図書館にはマルチメディアDAISYを導入してほしい」と訴える。
野口会長は、子どもが読書する上で大切なことを、「量よりも中身」と言う。「違う世界や文化の本を読むことで、新しい知識を得ることができる。考え方が広がり、想像力を掻き立てられる。多様な人や国への理解、つまり他者を認める力が身につくことも本の魅力」。
また、「読み書き」のベースになるのは、「聞く話す」であり、耳から学ぶ「読み聞かせ」は、言葉を覚える効果があるという。人間は物事を言葉で考え、判断し、創造するので、言語能力は、「生きる力」の基礎となる。「おはなし会」など様々な形で、子どもたちが本と触れ合う機会を作ることも大人の役割だ。2020年には、大学入試も大きく変わるが、「知識だけでなく、創造力が求められるため、言葉での表現力が重要視されてくるでしょう」と話す。
「本を読むと、なぜという疑問が浮かぶ。物事に疑問をたくさん持ち、答えを導き出す姿勢は、将来の学びにつながる。これまで本を読むことが困難だった子どもに、疑問を持つ機会を提供できるマルチメディアDAISYの意義は大きい」と野口会長は評価する。
■全国大会でも、注目を集める
8月19・20日、東京で第48回日本子どもの本研究会全国大会が開かれた。会場には、2日間で全国から約500人が集まった。主なメンバーは、図書館司書や子どもたちへ読書啓発をする団体の担当者たちだ。今回の大会は、世界に目を広げよう 子どもと本の出会いをメインテーマに、会員の学習と情報交換の場として開催された。
伊藤忠記念財団はブースを出展し、マルチメディアDAISYと子ども文庫助成事業を紹介した。来場者は、初めてみる電子図書に足を止め、使い方などについて尋ねていた。
伊藤忠記念財団の矢部剛・電子図書普及事業部長は、「マルチメディアDAISYの普及を始めて6年が経過した。本と子どもを結ぶ大人への周知が進んでいないこと、読みに困っている子どもたちの手元に行き渡っているとは言えないことなど、作品提供とともに広報が課題だが、過去に導入した施設から成果も聞こえ始めており、今回の全国大会などで、更に周知が進むことを期待したい」と話した。
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