「化粧品の動物実験反対」など社会的企業として知られるラッシュ(本社・英国ドーセット州)は2月8─9日、世界49カ国から店長クラスの1000人を集めて「ラッシュ・サミット2017」をロンドンで開催した。日本からは140人が参加。一時は世界的に売上高が伸び悩んでいたが、「ブレないメッセージを出し続けることが必要」とブランド戦略の見直しを行った結果、再び成長軌道に乗り始めた。ロンドンで創立者マーク・コンスタンティン氏に話を聞いた。(オルタナ編集部=小松 遥香)

ラッシュ創設者のマーク・コンスタンティン氏 Lush Digital

曇り空の下、市内のサミット会場に世界49カ国の社員が続々と入ってくる。会場のタバコ・ドックは、19世紀にタバコ貿易船の修理を行う船渠があった場所だ。

入場して、まず目に飛び込むのは、実物大の船の模型の前に積まれたオレンジ色のライフジャケット。そばには「REFUGEES WELCOME HERE(難民のみなさんを歓迎します)」と書かれた横断幕が掛かる。

ラッシュらしい。2015年に欧州を揺り動かした難民危機と、その後の英国のEU離脱(Brexit)。同社は、英国企業のなかでいち早くBrexitに「反対」の声を挙げた企業だ。

グローバルでも、昨年、日本や北米などで難民支援のチャリティ商品を期間限定で販売。日本では、消費税を除く全売上の約350万円を国内の難民支援団体に寄付したほか、難民の雇用にも取り組んでいる。

■すべての社員が、自分の言葉でブランドを語れる企業へ

同社が1000人の社員を集め、大規模な店長会を始めたのには理由がある。ラッシュは1995年、英国南西部の港町プールで生まれた。日本には99年に進出。現在、世界49カ国に展開する。

しかし2013年頃から、同社の売上高は世界的に伸び悩び始めた。原因は、次々に市場を拡大し、急成長する中で、ブランドが社内外に正確に浸透していないことだった。

その結果、「動物実験を行わない」や「環境に配慮した製品づくり」という創設から続く理念よりも、カラフルな石鹸を売るブランドというイメージが先行。ラッシュの成長は減速していった。

同社は、2013年から世界的にブランドの軌道修正に着手。外部から人材を迎えるなど社内体制を見直し、創立当時の理念「Fresh Lush Life(『人も動物も地球も、ハッピーで健やかに』の意味)」に立ち返る方針を固めた。ロゴやパッケージ、店舗デザインなども一新した。

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同時に、人材育成にも力を入れる。創設者マーク・コンスタンティン氏の「人がブランドをつくる」という考えの下、店頭に立つ社員一人ひとりが、自分の言葉でブランドを語れることを目指した。

しかし、文化や言語が異なる49カ国の社員にブランドを浸透させることは容易ではない。さまざまな試行錯誤の末に生まれたのが、サミット形式の店長会だった。

「インストラクション(指示)ではなくインスピレーション(自ら感じて理解すること)で、ブランドを着実に浸透させようと考えた」と小林弥生・ラッシュジャパン取締役 ブランド担当役員は話す。

■ラッシュとチャリティーー社会的企業の原点

今回のサミットのテーマは、チャリティとビジネス。同社の「ニュー チャリティポット」(ボディーローション)が発売10周年を迎えたことを記念している。チャリティポットは、消費税を除くすべての売上が草の根団体に寄付される商品。ラッシュが昨年、同商品などを通してチャリティや社会的課題の解決に投じた総額は約8.7億円に上る。

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2階建てのサミット会場には、テーマごとに約20の部屋が設置。午前中は、全社員がメイン会場に集まり、ライブのような雰囲気の中で、経営陣から新たな方針や中長期目標が伝えられる。それ以外の時間、社員らは自由に会場を2日かけて回る。

「チャリティ」に関する部屋は8室。環境保全やアース・ケア、動物の権利、人権、戦争と貧困、デジタル倫理、気候変動とエネルギー、食糧主権。どれもラッシュが事業を通して取り組んでいる課題だ。

動物の権利の部屋では、狭いゲージで一生を終える養豚の様子をバーチャルリアリティで見ることができる。部屋の一角では、NGOやジャーナリストが順番に講演を行い、どの部屋でも知るより体験する仕掛けが施されていた。

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廊下は、人権擁護を訴えるビラを配る人やトランプ大統領の被り物をつけた社員でごった返していた。若い女性から支持されるコスメブランドとは思えない、社会派の空気が流れる。

新潟など日本の地方から参加している店長らは、「全世界の店長と共に経営方針を聞くことで、グローバルの一員だと自覚できるようになった。社会問題についても自分で調べている。店長会は日々働くモチベーションだ」と意識に変化が生まれたと語った。

■成長をマネジメントし、100年企業へ

実際、ブランドの社内浸透はどこまで進んでいるのか。帰国後、都内の店舗に足を運んだ。「何かお探しですか」と明るく声を掛けてくれた女性店員に、ニューチャリティポットについて尋ねてみた。

「実は、私、この商品の理念が好きでラッシュに入社したんです。今度、福島県の農業復興のために活動しているNPOを呼んで、店内でイベントをします。良かったら来て下さい」

商品の説明をした後、店員の西澤さんは「チャリティパーティー」と書かれた手作りのチラシを持って来てくれた。絵に描いたような社員が目の前に現れ、少し面食らった。西澤さんは、ニューチャリティポットで同社が支援する草の根団体を審査する一員にもなっているという。

企業取材をしていると、「ミレニアル世代は就職活動の際、CSR活動など企業がどう社会課題に向き合っているかを見ている。優秀な人材の確保にサステナビリティ報告書が大事だ」と聞くことがある。西澤さんのような人が入社し、活躍の場があるということは、日本でも社会的企業としてのラッシュブランドが社内外に浸透してきている一つの証拠だろう。

抜本的なブランドの見直しと人材投資により、ラッシュの2008年から10年間の成長率は約540%。サミットで経営陣は、「かつての失敗の教訓を生かし、成長をマネジメントしながら、100年企業を目指す」と社員を前に力強く話した。

【インタビュー】
ラッシュ創立者・マネージングダイレクター
マーク・コンスタンティン氏

「ラッシュで働くことは、社会を良くする運動に参加しているということ」と話すコンスタンティン氏

─難民問題や捕鯨問題など政治的な課題について社会に疑問を投げかけることは、時に反発を生むこともあります。それでもラッシュのビジネスが成長できるのはなぜでしょうか。

社会や文化によって、こういう姿勢を許容するかどうかは変わります。日本では珍しいことかもしれません。でも福島の原発事故の後、日本社会もおかしいと感じたことには声を上げるという風に変わってきたと思います。

企業経営とこうした社会課題の解決の両立は可能です。

─世界49カ国に展開する企業のトップとして、Brexitやトランプ政権の誕生についてはどう考えますか。

本当に残念です。この国がそういう選択をするとは思いませんでした。ヨーロッパ各国は一致団結して、この内向きのグローバリゼーションを止めるべきです。

ラッシュは、ヨーロッパの企業であり、世界に展開するグローバル企業です。英国企業という小さい規模で世界情勢を捉えることはありません。

私たちも、企業としてできることをしていきます。ラッシュの理念にも「すべての人に移動の自由がある」という文言を約20年ぶりに新たに追加するんですよ。

イギリスは暮らすには良いところですが、色々な課題があります。

─2015年から英国で店長会を開催し、人材育成に大きな投資をしています。3番目に市場が大きい日本の社員にも、ラッシュのブランドがどんなものかが伝わってきていると思います。

そうですね。でも、まだ満足はしていません。言語の違いもあり、すべて伝わっているとは言えないからです。

100人以上の日本人社員がサミット会場を回っていますが、経営陣が登壇するメインステージ以外の会場では通訳がないです。

社員がラッシュというブランドを本当に理解するまで、この体験型の店長会を辛抱強く続けていくつもりです。今は、待っているところです。

─SDGs(持続可能な開発目標)などの影響もあり、「サステナビリティ」がビジネスのキーワードになっています。これからも長くラッシュが続いていくために大切なことは何でしょうか。

まず社員と家族です。店長を含め社員を育てること。それから、ラッシュはファミリービジネスです。私の3人の子どもは、調達やブランディングの責任者を担っています。

サステナブルであろうとするよりも、自分たちがすでに持っている人や地球環境、資源を生かしながら前に進んでいく「リジェネレーション(再生)」が大切だと考えます。それが、ひいてはビジネスや環境にとってのサステナビリティにつながるでしょう。

マーク・コンスタンティン:
1952年、ロンドン南部サットンに生まれる。美容室で勤めた後、80年代からハーブを使った美容製品の販売を始める。ザ・ボディ・ショップのメインサプライヤーでもあった。88年に通販会社「Cosmetics to Go」を立ち上げたが事業に失敗。当時の仲間と95年に、ラッシュを創設。「動物実験を行わない」などの倫理的な調達方針に基づき、人をハッピーにするカラフルな石鹸や入浴剤を販売。現在、世界49カ国に展開する。

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