シャンティ国際ボランティア会は、アジアで子どもたちやその家族のために、教育支援や緊急援助を行う国際協力NGOである。同団体では2015年に発生したネパール地震を受け、防災対策を備えた小学校を建設するためにクラウドファンディングに挑戦している。現地で活動する竹内海人さんに国際協力活動への思いを聞いた。(聞き手・Readyfor支局=榎本 未希・オルタナS支局スタッフ)

シャンティ国際ボランティア会、ネパール事業担当の竹内海人さん

―――国際協力活動に興味を持ったきっかけを教えてください。

竹内:この分野に進もうと思ったきっかけは、高校3年生の時でした。当時入団していたボーイスカウトで、英国に派遣渡航する機会がありました。英国では寄付文化が盛んで、ボーイスカウトのような青少年教育では日常的に国際協力NGOとも密接に関わっていて、皆で社会問題について理解することが活動の一環でした。自然と社会問題に興味を持ちはじめました。

もともと将来はビジネスマンになるんだろう、そのために大学では経済や経営を学ぶことになるのだろう、と漠然と思っていました。しかし帰国後、それまでと一転して国際学の学べる大学に進路を変更しました。高校3年生の夏を過ぎていたので、先生にはかなり怒られてしまいましたが(笑)。

―――大学ですぐに国際協力活動を始めたのでしょうか。

竹内:いえ、大学進学後しばらくは、主に国内の貧困問題、外国人労働者の問題に関わっていました。国内問題の方が実際に足を運んで活動できるのでとても実感を持って活動できたからです。

しかし病院で外国人看護師・介護士の方々を支援していくうちに、徐々に国際交流に惹かれていきました。ベトナム人の方々が日本の病院で仕事をしやすくするにはどうすればいいのか、文化や慣習を調べていくうちに彼らの生まれや自国の貧しい現実を知り、国際協力に興味を持つようになりました。

卒業後は、海外の大学院で平和学を勉強し、帰国後に日本のNGOについてもっと知りたいと思い、NGOの窓口となっているJANICに入職しました。

JANICでは、NGOの活動をよりよく知ってもらう取り組みをしたり、JICAや外務省と協議会を行ったり、またNGOの事業をより良くするための活動を行いました。JANICでの仕事は多くの人にかかわることができやりがいがありましたが、自分の次のキャリアを考えた時に、やはり現場での事業に専門性を持って携わりたいと強く思うようになりました。

幸いにもNGOの活動を横断的に見ることができたので、日本で活動歴が長く実績もあり、教育に特化した活動を行うシャンティ国際ボランティア会に入りました。教育分野を選んだのは、世界の貧困課題や環境問題など、教育から人々の意識を変えていくことができるのではと考えたからです。

―――現在、竹内さんはネパールのヌワコット郡で防災対策を備えた小学校を造るために活動していますが、はじめに現地に入った時、地元の方の反応はどうでしたか。

竹内:初めは、スムーズに受け入れてくださいました。ネパールの田舎の方は当時支援が届いていなかったので、自分たちが村を訪れると、「最近来た知らない人たちが、学校を建ててくれるらしいぞ」と噂になりました。するとすぐに地元の方々の耳に入り、「どういう学校を建てるの」と聞かれるようになりました。詳しい内容を伝えると、現地で学校建設に関わる方と調整して繋げてもらえました。

一つ驚いたのが、ネパールでは教育の重要性を多くの人が理解していたことです。他国では災害時に、当然ですが学校よりも食料品や住居の整備が優先されるため、学校再開といった教育の重要性は議論しづらいのですが、ネパールでは比較的そこがスムーズに行きました。もちろん様々な団体が迅速に支援を行っていたというのもありますが、これには大変驚きました。

ネパールの多様な文化について語る竹内さん

―――ネパール地震の緊急援助は、日本と言語も文化も違う状況での活動だったので、大変だったことも多かったのではないでしょうか。国際協力活動を行う際、どのようなことを大切にしていますか。

竹内:やはり長期的に活動を続けるには、相手の文化を尊敬し、信頼関係を作ることが大切になってきます。

ネパールは多民族国家であるため、多様性を認める価値観がしっかり出来上がっています。例えば震災の年、ネパールには週末とは別に国民の祝日が38もあったのですが、これは多様な民族の祝祭を尊重して行われているということが分かりました。このように多文化を認め合うことはみなさん日ごろから行っていることですし、きちんと憲法にも明記されていることです。

ですから現地では、目の前にいる人の意見や行動がどのような文化から来ているかという感覚を研ぎ澄ましながら活動しています。自分の習慣的にこれで良いと思っていても、実は現地の方にとって良くないこともあるのです。

―――信頼関係を築く中で大変だったことはありますか。

竹内:初めは政府や他団体との支援調整があるため、活動している現場と首都カトマンズを行き来していました。その結果、現地スタッフの方から「一緒に活動しているとは言えない」と言われてしまいました。

冗談っぽく言ってはいましたが、私はとてもショックを受けました。おそらく、現場で作業している方からすると、写真だけ撮ってお金だけ渡してイイ顔して帰っていくように見えたと思います。その時、自分は理解されていないと思ったし、理解されるための努力が足りていないと自覚しました。

そこからは、信頼関係を築くために、現地の方と生活リズムを共にしながら暮らしました。震災の後だったので、しばらくはテントや家畜小屋で寝泊まりし、水もなかったので川の水で体を洗ったりしていました。

夜は暑くて寝苦しく、停電に悩まされましたが、合計で足掛け6ケ月、現地で一部屋借りて過ごしていました。最も気をつけていたのが、張り付いている間はほぼ毎日食事を共にしたことです。一日2食、米を大量に食べるのでとても辛かったのですが、信頼を得るためには必死でした。

おかげで今では、「こんな田舎の村に、シャンティ国際ボランティア会が来てくれて嬉しい。自分たちの力だけではできないものが出来るようになった。友達の選択肢が一つ増えたことに感謝している」と言われるようになりました。

現地の方と生活を共にすることで、信頼関係を築いてきたと語る竹内さん

―――2015年4月25日にマグニチュード7.8のネパール地震が起きましたが、当時のネパールの状況はどうでしたか。また2年たった今はどのような状況ですか。

竹内:地震当時、印象的だったことは、みなさん外で寝ていたことです。家が倒れてしまったので、竹や倒れた家の支柱を使い自前で小屋を作ってとりあえず雨だけしのげるようにしていました。

すぐ雨季だったので、その時期はみなさんつらかったと思います。地震に慣れていない不安な状況の中でも、海外からの支援で配られるビニールシートを使い、自分たちでどうにかしようとしていました。自助能力が非常に高い国民だなと衝撃を受けました。

しかし震災から2年経ち、復興庁が出した復興支援金で家を建て始めた人もいますが、現状としてはそこまで変化が大きくない印象があります。いまだに緊急時に配布されたトタンで小屋を建てて生活をしていますし、子どもたちも耐久力が2年しかないといわれている仮設教室で授業を受けています。まだまだ安全な状態で勉強できているとは言えません。

―――ネパールでの学校の様子を教えてください。

竹内:先ほども述べましたが、ネパールでは、教育の重要性は広く理解されていると思います。近年ネパールが行ってきた努力は、世界でも顕著な成果を出しています。コミュニティがメンバーになる学校運営員会が、校長先生と一緒に学校運営そのものにもかかわるのも特徴だと思います。

震災の翌年には、政府も教育基本法の改正や新しい教育中期計画を策定するなど、これから教育を整備していく環境は既に整っています。では何が問題か。一つに絞ることはできませんが、私が2年間話を聞いてきたことの一つは、多様な民族背景をもつネパールのそれぞれのコミュニティの文化や慣習にまで落とし込むことが難しいのだと感じています。

ネパールは多民族国家であるがゆえにコミュニティの民族性などの差異を尊重します。学校も同様で、ネパール語以外での授業もできます。ということは、カリキュラム内容は同じでも、来る生徒や地域の文化が個別に違うので、多様な学校運営がされているということです。

例えば、学校で授業を行う教員の雇用形態が17パターンもあるため、先生のかかわり方から業務範囲も違います。学校の置かれている状況が一つ一つの学校で大きく異なっているのです。

防災も同様で、住んでいる土地の地形によって災害のリスクも変わってくるため、一概にこれがあなたの学校防災ですとは規定できません。そのため先生たちも身近な問題だとも思いにくいところがあり、どう取り組んで良いのかわからず、どうしても仕組みとして理解するという事が難しかったのだと思います。

学校で対応できないのですから、同じ土地に住むコミュニティのレベルでも、災害にどう立ち向かうか、ということに取り組むことが難しかったのだと思います。

―――日本では避難訓練など、学校で防災や減災を学びますが、ネパールでは防災や減災はどのように認識されていましたか。

竹内:地震発生前、地盤の弱さや、地形的にネパールで大地震が起きることは確実視されていました。そのためネパール政府と市民社会は国際的な防災枠組みを取り入れた各種活動を行ってきました。災害対応が大規模に行なえたのもその成果だと思います。しかし防災に対する概念がコミュニティに浸透していたとは言えなかったと思います。

ネパールで学校は多くのコミュニティにとって唯一の公共施設です。公共のものを大切にするネパールにおいて学校は、コミュニティをどう安全に導くのか、という意味で大きなポテンシャルを持っています。

防災における学校の役割として、コミュニティのリスクマネジメントや防災計画の中心部分を担うことができると思います。日本では当たり前のことですが、ネパールではそこがほとんど普及していません。

ある学校の先生たちに、授業中に地震が起きたらどうするかインタビューしました。真っ先に逃げるという答えがありましたが、それが本音だということもわかりました。地震の時にはちゃんと逃げないと不要な怪我や事故を招きます。

つくづく防災は丈夫な建物などのハード面と、避難するためのコミュニティの機能などのソフト面、どちらも重要だなと実感しています。震災から2年が経った今、ネパールの方たちが安心して自分たちの村で暮らすために、この学校建設と防災の普及が重要であると、責任を持ってそう感じています。

また地方の学校には図書館が全くと言っていいほどありません。今回のプロジェクトで建設する小学校には、子どもたちが気軽に絵本を読めるように、図書コーナーを設置しようと思っています。

先生がいないときにも友達同士で学び合える習慣を身につけて欲しいですし、何より防災に関する本を読めば、幼い頃から防災に対して取り組む土台が出来上がります。これはアジアで35年間、図書を通じた教育活動をずっと続けてきたシャンティならではの教育支援のやり方だと思っています。

ネパールの人々と一緒に、災害にどのような対策を取るか、そのためにどのような学校が必要かをヒアリングしながら計画していく。

―――ありがとうございました。最後に竹内さんにとって国際協力とは何でしょうか。

竹内:課題に対し、相互に学び合いながら解決策を作っていくものだと思います。特に災害支援においては、我々NGOがその国の災害に対する理解を高めることももちろんですが、国際協力は相手がいる活動ですから、地域特有の文化、環境要因をこちらが勉強しながら進めていかなければ、活動計画と実態が噛み合わなくなってきてしまいます。

国際協力NGOは要請ベースが大原則です。援助団体が世界で考えているトレンドが、その土地で合うはずがなく、むしろ現地のニーズや文化をベースに、どうしたら専門的知見を活かせるか、限られた範囲の中で進めていかなくてはいけません。

現在、防災は世界のトレンドの一つとなっていますが、その形は現地との対話がなければ決めることができません。そういう意味で、ネパールの方々はとてもポジティブでした。

むしろ、人が多様であることへの寛容さは、私がネパールから学んだことの一つだと思います。一方的にならず、活動を通して学びの形を双方で作っていくことができると信じています。

彼らのためにも、そしてネパールという国全体で防災に取り組む第一歩となるように、今回のクラウドファンディングでは、皆様からのご支援が必要です。是非、プロジェクトページをご覧いただき、私たちの活動へ応援をよろしくお願いします。

「アジアの途上国にとって地球温暖化などの環境問題と貧困は密接に関わっており、これからの国際協力NGOの活動では特に必要になってくる」、と今後の展望を語る竹内さん

竹内さんが挑戦しているクラウドファンディングは、2017年6月26日(月)23時まで!是非下記のページよりご覧ください。

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