近年、集合住宅や既存の住宅をリノベーションして、パッシブハウスにする動きが広がっている。従来は、環境に配慮した家といえば新築木造戸建てに関心が集まっていた。太陽光発電や高効率設備で省エネ化を図るのではなく、自然の力を利用し、そもそもエネルギーを使わない*「パッシブハウス」第2世代の動きを追った。 (オルタナS編集長=池田 真隆)

*パッシブハウスとは:ドイツパッシブハウス研究所が規定する性能認定基準を満たした家のことを指す。年間の暖房負荷が15kWh/m2a(改修は20kWh/m2a)で、最も厳しい燃費基準を定めている。

富山県黒部市にあるパッシブタウン第3期街区 J棟の外観、バルコニーを射体から切り離し、軽量化したことでエレベーターを新設できた

「日本の家は30年遅れている」─。こう言い切るのは、パッシブハウスの設計を手掛けるキーアーキテクツ(神奈川県鎌倉市)の森みわ代表取締役だ。パリもベルリンもロンドンも北海道より北に位置する。日本の家は温かいはずなのに、「寒い」のはなぜか。

森代表は、「冷暖房で調整しても、熱や冷気がすぐに逃げていき、燃費が悪い構造になっているから」と話す。日本には約6千万戸の住宅があるが、実はその内の95%が1980年の断熱基準を基にしている。断熱基準は1999年に改訂されたが、その新しい基準を満たしている住宅はわずか5%しかない。

断熱性が優れている暖かい家に暮らすメリットは、エネルギー消費量の削減だけでなく、健康促進の効果もある。慶応義塾大学理工学部システムデザイン工学科の伊香賀俊治教授の研究室では、高知県梼原(ゆすはら)町で住環境と発病に関する調査を行った。
 
その結果、室温がわずか2度違うだけで、脳卒中を発病するリスクが高まることが分かった。さらに、深夜0時の寝室の温度が18度以下の場合、18度以上の家と比べると、10年後に高血圧を発病するリスクが7倍ほど高まることも明らかになった。
 
ほかにも、断熱性を高めることで、ヒートショックの防止にもなる。ヒートショックは、家の中で温度差がある室内を移動した際に起きる突然死の要因とされている。2011年には、約1万7千人がヒートショックで亡くなった。この数はその年の交通事故での死亡者数(4611人)の4倍に及ぶ。

キーアーキテクツがデザインしたパッシブハウスの「大間の家」

■価値はプライスレス

パッシブハウスは、エコハウスの一つで、ドイツパッシブハウス研究所が規定する性能認定基準を満たした家のことを指す。南向きに建てられており、冬には日射を取り入れて、夏は取り入れない。断熱材や高性能な窓、熱を逃がさない換気システムなどを使っており、太陽や風の力を最大限利用した造りになっている。
 
床1㎡あたりの年間暖房負荷は15kWh以下で、森代表によると、「日本の一般的な新築住宅では良くて75kWh」。パッシブハウスの断熱基準を満たしていれば、80畳の部屋でも、6畳用エアコン一台で快適に過ごせるという。
 
日本ではキーアーキテクツが2009年8月に神奈川県鎌倉市雪ノ下で初めてパッシブハウスを建築した。現在は日本で認定を受けたパッシブハウスは19棟ある。
 
エネルギー消費の削減や健康促進にもなるパッシブハウスがなぜ日本では広がらないのか。森代表はその理由は2つあると言う。一つ目は、日本では一般的に家屋の価値が20年経つと0円になるので、リノベーションの発想が起きにくく、建物の建設費を渋る価値観が根付いているからと指摘する。欧州とは異なり、先祖が暮らしてきた家をリノベーションして住む人は少ない。

2つ目は、冬の寒さよりも夏の暑さ対策を重視して家を選ぶという吉田兼好の教えが住宅業界に浸透しているからだという。「断熱性を高めると、夏はより暑くなってしまうのではないかと勘違いしている人もいる」と話す。パッシブハウスでは、夏は日射を取り入れない造りになっており、冷房のエネルギーを逃がさない。
 
建設費に関しては10─20%上がる。「残念ながら省エネ効果だけでは元が取れない」と森代表。今後、パッシブハウスを広めていくためには、「付加価値をどう伝えていけるかがカギ」と話す。断熱性を高めることは、ステンレスのキッチンを大理石に変えるように目に見える変化はない。
 
そのため、価値に気付いてもらうためには、「費用対効果だけでなく、住む人のストレスを軽減し、健康になることも強調して、プライスレスなことを伝えている」と言う。

■エネルギー自治を促進

パッシブハウスといえば、従来は新築木造戸建てが注目を集めていたが、最近では集合住宅をリノベーションしてパッシブハウスにする動きが起きている。

今年3月には、富山県黒部市で社宅をリノベーションした「パッシブタウン第3期街区J 棟」が竣工した。これはYKK不動産がキーアーキテクツに設計依頼したもので、4階建てで住戸数は27。
 
窓は、YKK APの高い断熱性能を持った「樹脂窓」を使った。家賃は、1R(42.6㎡)9万8千円、1DK(44.4㎡)10万2千円だ。すでに9割が入居済みだ。
 
筆者は5月下旬にこの住宅を訪れた。当日は曇りだったが気温は32℃あり蒸し暑かった。だが住宅に入った瞬間にヒンヤリとした涼しさを感じた。冷房を使っていなく、気温は23℃に保たれていた。同社では「パッシブタウン」と名付けて、同地で2025年までに約250戸の環境に配慮した住宅を造ることを計画している。
 

パッシブタウン第3期街区J棟では外気が32℃あったが、冷房を使わずに室内は23.8℃を保っていた=5月下旬

パッシブハウスを起点にすれば、エネルギー自治を進めていくこともできるだろう。エネルギーまちづくり社(東京・港)の丸橋浩氏は、「断熱性が優れた暖かい家に暮らすことで、健康になり、日本の財政で問題になっている社会保障費の削減にもつながる」と話す。

「低燃費な家を地域の工務店で造り、域外に流出していたエネルギーコストを地域内に留めることで、自立する地域経済循環を生み出すことができる」という。
 
パッシブハウスはこれまで一部の富裕層向けとしか考えられていなかったが、リノベーションや賃貸物件が出てきたことで、さらなる広がりが期待できそうだ。

*この記事は雑誌「オルタナ」49号(2017年6月末)から抜粋しました。オルタナ50号(2017年9月末発売)では、「ミレニアル世代(1980年代以降の生まれ)」の消費傾向を特集します

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