伊藤忠商事は2月25日、神宮外苑室内野球場で障がいがある子ども向けの野球教室を開いた。この取り組みは同社の次世代育成の一環で、今年で11回目を迎えた。子どもたちは東京ヤクルトスワローズの元選手からバッティングやノック、キャッチボールなどの指導を受けた。2020年の東京オリ・パラへ向けて、野球を通して、ダイバーシティ&インクルージョンの達成を目指していく。(オルタナS編集長=池田 真隆)
「ボールを卵だと思って、落として割らないように気を付けよう」――。室内競技場では、コーチを務める河端龍さん(ヤクルト球団広報部)らの指導のもと、子どもたちは左右の手で「一人キャッチボール」を行う。ボールに慣れるためのウォーミングアップだが、ボールが手につかずに落としてしまう子は少なくない。
野球やスポーツが好きな子どもはいるが、障がいがあるため「観戦」がメインになってしまい、「実践」できる場は限られている。今回参加した、小学3年生の茅根(ちのね)大地くんは手に障がいがある。お兄さんが野球チームに所属しており、大地くんも練習についていくが、健常者のように投げられないため、「練習からあぶれてしまうこともある」と母親の文枝さん。
大地くんにも野球を楽しんで学べる機会がないか探していたときに、学校からこの野球教室の知らせを受けた。大地くんはコーチの目の前に自ら位置取り、何かを学ぼうと真剣に耳を傾けていた。文枝さんは、「楽しんでくれたらそれだけでいい」と目を細める。
高校3年生の中尾友哉さんも兄の影響で野球を好きになった。現在大学2年生のお兄さんは今でも野球を続けており、幼い頃はよく練習について行ったという。
キャッチボールには慣れており、友哉さんの速い送球にはコーチも目を丸くしていた。母親の真咲(まさき)さんは、「ちゃんとコーチの言うことを聞くのよ」と何度も口にし、フェンス裏から見守った。
「このような機会は健常者でないとなかなかないので、元プロ選手から受ける指導を楽しんでくれたらいい」と話す。
■「健常者にとっても気付き」
「障害者差別解消法」が施行されて今年の4月で2年になるが、いまだに障がい者への差別は根強く残る。ゼネラルパートナーズ社が実施した、障がいがある当事者への調査では、同法が施行しても「差別・偏見が改善されていない」と答えた割合は92%に及ぶ。
ダイバーシティ&インクルージョンを実現させるにはどうすべきなのか。この野球教室に参加した伊藤忠商事の特例子会社である伊藤忠ユニダスの林啓志社長は、「このような取り組みを継続することが重要」と言い切る。
「そもそも障がいがある方が社会で活躍できる場が少ない」とし、その課題を解決するためには、「障がいがある方と一緒に何かをすることで、理解し合うことから始めるべき」と主張した。
「理解し合うことはそう甘くはないが、難しさも含めて、触れ合うことで、健常者にとっても勉強になる」と続けた。
この日の野球教室には、身体・知的・発達障がいやダウン症などがある小学生から高校生約50人が父兄とともに参加。伊藤忠商事及び伊藤忠グループ会社の野球部員ら50人ほどのボランティアもおり、子どもたち一人ずつにボランティアが付いた。
単にコーチからの指導を教わるだけでなく、ボランティアが1日中付くことで、林社長がいう相互理解を深めるきっかけになっている。林社長は、「腫物に触るように扱うことはよくない。障がいがある人へ抱きがちな思い込みや偏見を、野球を通して、なくしていってほしい」と期待を込めた。
昨年に続き、今年もボランティアで参加した伊藤忠アーバンコミュニティの野球部員である中沢進一さんは、「子どもたちが一生懸命に身体を動かす姿に胸を打たれる」と話した。
ボランティアだけでなく、コーチにも気付きを与えているようだ。度会(わたらい)博文さん(ヤクルト球団 営業部)は、「障がいがあっても元気な子どもはたくさんいることを改めて実感した。障がいの有無に関係なく、子どもからは刺激をもらう」と話し、徳山武陽さん(ヤクルト球団広報部)は、「その子の身体的特性に合った指導を心がけた。例えば、車イスに乗っている子どもには、上半身の筋力を生かした投げ方やボールをキャッチする方法を教えた。勉強になった」と感想を話した。
同社の野球教室は今年で11回目。来年以降も継続して年に1回行う予定だ。2020年の東京オリ・パラへ向けて、多様な社会をつくっていく。