社会福祉の第一線で活躍する若手を表彰する「社会福祉HERO’S(ヒーローズ)」賞(主催:全国社会福祉法人経営者協議会、以下全国経営協)の決勝大会が3月14日、表参道ヒルズで開かれた。6人のファイナリストが取り組みを5分ほどでプレゼン。会場の投票の結果、グランプリには児童養護施設の中に、障がい者施設、特別養護老人ホーム、保育所を設け「ごちゃまぜの福祉」をコンセプトに持つ「みねやま福祉会」(京都府)Ma・Rootsセンター長の櫛田啓(くしだ・たすく)さんが輝いた。(オルタナS編集長=池田 真隆)
■2025年には38万の人材不足
社会福祉分野では人材不足が深刻だ。介護に関しては、2025年には約38万人の人材不足が見込まれている。全国経営協が2015年に実施した調査では、1万人に社会福祉へのイメージを聞いた。その結果、「明るい」と答えた人はわずか4.6%で、「暗い」が10.1%だった。さらに、「社会福祉法人」の認知度も2割に留まった。
待遇面から社会福祉を就職先に選ばない若者も少なくないが、一方で、高齢化先進国の日本社会では福祉のニーズは大きくなっている。このイベントを企画した、全国経営協・広報戦略特命チームリーダーの大崎雅子さんは、「未来の社会福祉を担う人財を確保することが喫緊の課題」と話す。
「社会福祉の仕事は、最先端で、社会的意義があり、クリエイティブ」とし、「社会福祉に携わる若者を次代の主役にする」というミッションを掲げ、このイベントを開いた。
大崎さんら7人の広報戦略特命チームは、「介護」「保育」「障がい者支援」などの分野から、6人の若手を選出。当日の決勝大会には、華やかな衣装をまとった「HERO」たちが取り組みを話した。
■14歳からのSOS
「早く死にたい」――。グランプリに輝いた櫛田さんはこの言葉が書かれたスライドをプレゼン資料の一枚目として投影。施設で育てた一人の少年から言われたものだ。
その少年は両親の離婚、家庭内暴力、学校でのいじめを経験し、12歳で櫛田さんが施設長を務めるみねやま福祉会へ入園してきた。ある「騒動」を起こしたのは、施設へ来て2年後。
仕事を終えて、自宅に戻った櫛田さんの携帯が鳴った。「大変です。すぐに施設に来てください」職員からであった。急いで施設に戻ると、ビンを持ったその少年が、するどいまなざしで睨んでいた。「こっちに来るな。おれは早く死にたい」、少年はそう怒鳴ると、櫛田さんへビンを投げつける。
幸いにしてビンは当たらなかったが、少年の怒りは収まらない。櫛田さんが近寄っても、「来るな」と声を荒げる。少年を見つめる櫛田さんはこんな話を始めた。
「もうすぐ誕生日だね」。そこから、その少年が生まれたときのこと、両親が離婚して、暴力やいじめを受けたこと、そして、施設に来たこと。生まれて12年間でこれらのことを経験してきた少年に、「本当に辛いなかがんばってきた。ぼくは君に出会えて幸せだった」と伝えた。すると少年はその場で泣き崩れ、櫛田さんが駆け寄り抱きしめたという。
櫛田さんは、「誰からも愛情をもらえずに育った子どもは、甘え方が分からない」とし、地域へ積極的に出すように働きかける。
みねやま福祉会は、櫛田さんの祖父が1950年に設立した。もとは、戦争孤児を受け入れていたが、地域住民からの反対は続いた。祖父は、「地域のニーズに応えること」を大切にして、地域とのつながりを持とうとしたが、距離は縮まらなかった。
この状況を変えたのが櫛田さんだった。障がい者施設・特別養護老人ホーム・保育所を併設した児童養護施設を立ち上げた。歩行訓練するリハビリを嫌っていた老人は、かわいい子どもに会いにいくために、リハビリに精を出したり、よくモノを割る癖がある自閉症を持つ男性は、小さい子どもの前では割らなくなったりと、子どもの存在をきっかけに変わりだした。
受け入れを反対していた地域住民たちも、いまでは、「子どもの世話をすると元気になる」と、登下校を自発的に見守ようになった。「ごちゃまぜの福祉は世の中を変える力がある」と力を込めた。
プレゼンの結びは、その少年の近況報告。大人になった少年は、プロボクサーとして活躍中だ。櫛田さんをご飯に誘い、「あのとき死ななくてよかった。育ててくれて本当にありがとう」と、これまでの感謝を伝えた。
グランプリを受賞した櫛田さんは、「福祉のカッコ良さは現場にある」とし、「コミュニティデザインなどのカッコ良い言葉はあるが、泥臭くとことん人と向き合うことが一番カッコ良いことだと思う」と話した。
■介護をビッグデータ化
櫛田さん以外の5人はグランプリには選ばれなかったが、ユニークな事例をプレゼン。福岡県で老人ホーム福地会の役員を務める吉岡由宇さんは、もともと紙に書いていた、「食事」「排泄」「入浴」などの情報を、アイフォンで入力できるアプリを開発。
吉岡さんは大阪大学で理論物理学を学び博士課程を修了した経歴を持つ。妻の実家が経営していたからという理由で、勤務するようになった。介護をビッグデータ化したことで、トイレのタイミングが把握できるようになり、オムツ利用者が20%減った。健康面も促進し、病院への転院も20%減を記録するなど成果を出している。
現場の職員を「PR担当者」に変えたのは、知的障がい者支援施設「南山城学園」の田中楓さん。入職10年未満の若手を中心に構成した「GAKUEN 魅力発信チーム」を立ち上げて、職員自身が仕事の魅力を伝えられるように研修を行う。「話すことはない」と嫌がっていた職員も、広報側に立つことで、仕事の魅力を再確認できるように変わったと話す。
徳島市で人気の子ども園「あさがお福祉会」の園長である佐々木海さんは、子どもにディスカッションを通して、考える力を養うプログラムをアピール。秋田県の老人ホーム「愛生会」の保育士・大里千尋さんは、調理・洗濯・送迎の機能を、地域住民も利用できるようにした取り組みを紹介した。兵庫県にある大慈厚生事業会の施設長を務める坂本和恵さんは、ユニークな人材育成制度をつくり、職員同士の連携を深め、質とモチベーションを上げた事例を説明した。