厚生労働省が昨年末に発表した2017年の人口動態統計の年間推計では、国内で生まれた日本人の赤ちゃんは94万1千人。出生数は2年連続で100万人を下回りました。日本は医療の発達により安全に出産できる国として世界的な評価を得ている一方で、「出産した後、赤ちゃんを育てやすい国」という評価はありません。このことが、出生数の低下にも現れているのではないでしょうか。出産後の女性のヘルスケアに取り組むNPOを紹介します。(JAMMIN=山本 めぐみ)

■「産後うつ」状態だったと答えた女性が8割

マドレボニータの「産後ケア教室」の様子。生後210日までの赤ちゃんは同伴可で、一緒にレッスンを受けられる

NPO法人マドレボニータ(東京)は、産後女性の心と体のヘルスケアプログラムを開発・提供し、母となった女性が心身ともに元気を取り戻し、赤ちゃんと共に迎える新たな生活をサポートする活動をしています。

厚生労働省の平成25年の調査によると、出産女性のうち約11人に1人が「産後うつ」状態にあるという状況が明らかになりました。また、過去にマドレボニータが産後うつについて問うたところ、「診断こそされなかったものの産後うつ状態だった」と回答した産後2週間〜1年程までの女性は、約8割にも上りました。

マドレボニータ代表の吉岡マコさん

「たとえ診断はされなくても、産後うつを抱える女性は潜在的にたくさんいるのではないか」と指摘するのは、マドレボニータ代表の吉岡マコ(よしおか・まこ)さん(45)。自身の出産経験を元に、1998年より女性の産後ケアプログラムの開発・提供に取り組んできました。

■産後のつらさが社会的に周知されていない現状

産後間もない頃の吉岡さん。体もつらく、孤独で不安だらけだったという。腕に抱いている息子さんは、先日成人式を迎えた

吉岡さんが出産したのは、東京大学大学院に通っていた25歳の時。「出産後に体や心がこんなにも不安定になるなんて、思ってもみなかった」と当時を振り返ります。

吉岡さんによると、子どもを産み、胎盤が剥がれ落ちた後の子宮はまさに「全治2ヶ月」の状態。さらに、出産を経てホルモンバランスが変化したり、関節をつなぐ靭帯が緩み、立っていることさえままならないような状態に陥るといいます。

出産直後〜2ヶ月の「産じょく期」はしっかり体を休めることが大切。2ヶ月〜産後210日までの「リハビリ期」が、リハビリに適した期間(出典:マドレボニータHP)

それだけではありません。自身の体調が万全でないままに赤ちゃんの世話がスタートしてしまうため、「どうしてうまくできないんだろう」「母親失格なんじゃないか」と悩みを抱え込んで孤立し、肉体的だけでなく精神的にも追い詰められる女性が多いと吉岡さんは話します。

「その背景として、産後のつらさや大変さが、社会的にまだまだ認知されていないという現状がある。社会制度的な視点から見ても、妊娠から出産までは母子保健の制度がしっかりしていてケアが手厚いが、産後ケアに関してはほぼ皆無の状態」

■自らの体を実験台に、産後のリハビリプログラムを開発

「産後、体がボロボロになるだけでなく、その状態で昼夜問わず赤ちゃんの世話をする必要があった。産んで初めて産後のつらさを知り、産後ケアの必要性を感じた」と、20年前の自身の出産経験を振り返る吉岡さん。徐々に体が回復してきた時期に、筋力や体力を取り戻して元気になりたいと産後女性が体を動かせる場所を探しますが、そういった場所はどこにもなかったといいます。

教室の様子。ボールに座って骨盤が左右対称の状態でエクササイズするので、関節への負担なく、脚力や体幹が鍛えられる

「痩せるためや筋力をつけるためのフィットネスクラブはあっても、産後女性に向けたプログラムを行っている場所は全くなかった。大学院で運動生理学や解剖学について学んでいたので、筋肉や運動の知識はあった。自分の体を実験台に、産後の体に負担をかけずに体力を回復するための運動プログラムを手探りで編み出していったのが、活動のきっかけ。最初は自分の健康を取り戻すためだったが、他にもこのプログラムを必要としている人がいるかもしれないと教室を始めると、『こういうのが欲しかった』と多くの反響をもらい、数年後には『インストラクターになりたい』と表明してくれる人も出てきた」

活動を続ける中で少しずつ賛同する仲間が増え、たった一人で教室をオープンしてから10年後の2008年にはNPO法人として新たなスタートを切りました。これまでに、のべ51,409人(2018年2月現在)がマドレボニータの産後プログラムを受講しています。

■母の元気が、家族の幸せへの一番の近道

赤ちゃん連れで参加できる「産後ケア教室」は、体と心の両方に働きかけるプログラムだ

「これまで5万人を超える女性に産後プログラムを提供してきたが、たくさんの産後女性に会う中で、産後は弱った心身を回復させるだけでなく、生き方を見つめ直す人生の変化の時であり、女性にとって、またそのパートナーにとって、その後の人生をより豊かにするための絶好の機会だと思うようになった」と話す吉岡さん。

「子どもを産んだ後、『お母さんになったのだから、自分のことは後回し』や『我慢しなくちゃ』といった刷り込みが、誰に言われたわけでもなく私たちの頭の中にあるのではないか。そしてそれが産後女性を苦しめる一つの原因になっているのではないか」と指摘します。

マドレボニータのインストラクターの皆さん。全国にいるインストラクターは定期的に集まり、切磋琢磨しながらスキルアップを目指しているという。前列右から4人目が吉岡さん

「そうではなく、まず母親が元気になることが、遠回りなようで一番の近道。母親の幸せが、家族への幸せへとつながっていく」と吉岡さん。

マドレボニータのプログラムでは、体力を立て直すためのトレーニングの他に、仕事やパートナーシップ、人生についてなどテーマを決めて話をする「シェアリング」という時間を設け、参加者が悩みや不安を話せる時間も用意しています。

「”母親”というのは属性であって、その人のアイデンティティーの全てではない。属性ではなく、”その人全体”として存在できる場を大切にしている」

■体力の回復が、余裕や自信、社会復帰の意欲につながる

カップルで参加できる講座も。産後の問題は本人だけでなく、パートナーにも大きく関わる

体を動かしながら、同時に一人の女性として悩みや不安を共有できる場でもあるマドレボニータのプログラム。受講する中で、女性にも少しずつ変化が生まれ、「子どもやパートナーと笑顔で接することができるようになった」という声が多く聞かれるといいます。また、働いてきた女性の場合、復職にも前向きな気持ちが芽生えてくると吉岡さんは話します。

マドレボニータの事務局を支える事務局スタッフの皆さん。全員が揃うのは年に1度で、普段はリモートで皆それぞれ自宅から働く

「長いキャリアを積んできた女性の中には、出産後、体力が落ち、日々の子育てに追われる中で『こんな大変なのに、仕事と両立なんて無理』と社会復帰に及び腰になってしまう女性もいる。しかし、体を動かして筋力や持久力を取り戻したり、他の仕事と家庭を両立させている女性と関わったりする中で、社会復帰へ向けて前向きな気持ちを持つ女性も多い。今後、活動の幅を広げ、今よりたくさんの人に産後ケアの大切さをつたえられる機会を提供できれば」と今後の活動にも意欲を見せます。

■産後女性を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は「マドレボニータ」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。1アイテム購入につき700円が「マドレボニータ」へとチャリティーされ、活動のための資金となります。

現在、マドレボニータのプログラムを教える教室は、関東を中心に全国16の都道県にありますが、全国の産後女性をサポートするためにはまだまだ足りていません。「近くにたまたまあったから受けられる、近くにないから受けられないという産後ケア格差をなくしていきたい」と吉岡さんは話します。

マドレボニータは各地で出張講座を開催しており、今回のチャリティーで、この出張講座を開催するための資金を集めます。

「JAMMIN×マドレボニータ」1週間限定のチャリティーデザイン(ベーシックTシャツのカラーは全8色。他にパーカーやマルシェバッグ、キッズ用Tシャツなどもあり)

JAMMINがデザインしたTシャツに描かれているのは、太陽と月。太陽は、出産が女性にとって新たな素晴らしい人生の始まりであることを、月は悩んだり不安に思う時も含め、それがより良い朝(人生)を迎える糧になることを表現しました。

チャリティーアイテムの販売期間は、3月19日~3月25日までの1週間。JAMMINホームページから購入できます。

特集ページでは、より詳しいインタビューを掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

産後から世界を変える。母となった女性が自分らしく生きるために「産後ケア」が大切〜NPO法人マドレボニータ
 

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしています。

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