山と海に囲まれた熊本県天草市にある天草ケーブルネットワーク社は昨年12月、コミュニティFM「みつばちラジオ」を開局した。目標は「市民の命を守ること」。コミュニティFMが命を守るとはどういうことか。(武蔵大学松本ゼミ支局=井島 由佳・武蔵大学社会学部メディア社会学科3年)
天草ケーブルネットワークが開局した当時、ネット回線はおろかブロードバンドの普及も十分ではなかった。得られる情報は圏域のテレビ局からだけだった。さらにその内容は熊本市に特化したものであり、天草市にいながら天草の情報を得ることは困難であったという。そういった状況を解消しようとの思いから天草ケーブルネットワークは誕生した。
そして情報インフラが整備された状況で昨年12月に開局したのがコミュニティFM「みつばちラジオ」だ。
天草ケーブルネットワークの「みつばちラジオ」が掲げる目標は「市民の命を守ること」。天草は本土と橋でつながっているが、橋が使えなくなってしまうと一瞬で遮断された地域と化す。
ケーブルテレビは電波を届ける線が切れてしまえば見ることができなくなってしまう。市の防災無線は存在するが、入り組んだ地形の天草では電波の届かない場所が出てくるのだ。
こういった緊急時にラジオが有用だ。ただ、どれだけ情報を発信していても聴いてもらえなければ意味がない。有事の際に聴いてもらうためには普段から聞いてもらっていなければならないと芥川さんは語る。
天草ケーブルネットワーク開局当初の社員は5人。そのうち自主制作番組の制作にあたっていたのはたったの2人だった。それも映像制作の経験なんて全くない素人であった。
しかし開局から約25年、今では総勢60人近くで天草の情報を届けている。自主制作番組では、市内の高校までの学校すべてを取材する、市の広報誌を深堀するなどといった地域に特化した内容が特徴的だ。そのため利用者の多くは子どもを持つ世帯とその祖父母世帯、専門チャンネルも提供していることから高齢者が多いという。
コミュニティFM「みつばちラジオ」でも地域に特化した情報の提供がされている。水道料金の改定や不審者の目撃情報といった特定の地域にピンポイントのものはコミュニティFMでしか流せない。渋滞や事故の情報は、マイカーでの移動が主な交通手段である天草の人々にとって貴重なものだ。
コミュニティFM「みつばちラジオ」は公設民営という形をとっている。つまり機材の購入などは天草市の税金が用いられている。税金を使ってネットからいつでもどこでも簡単に情報を得られるこの時代に今更ラジオ局を作る必要があるのか。
開局前はそういった声が多くあった。しかし、開局に向けて準備を進めている最中、熊本地震が発生。幸いにも天草に大きな被害は出なかったが、災害を体験し市民に防災を意識させた。緊急時のラジオの有用性は市民に広く認知され、開局への気運が高まった。
開局を迎えて2か月ほどで熊本を襲った大雪。一日臨時放送に切り替え、交通状況をリスナーから募った。すると過去最多のメッセージの返信があった。メールでの反応はリアルタイムで放送に反映される。緊急時に情報収集の手段として「みつばちラジオ」が認知されていることが分かった。
天草に多くの情報を届けている天草ケーブルネットワークと「みつばちラジオ」だが、深刻な課題がある。それは人手不足である。
天草ケーブルネットワークは地域に密着した自主制作番組が魅力だ。平成の大合併により現在天草は二市一町の形だが、かつては数多くの市町村が存在した。合併した現在も残る、かつてのコミュニティ内でのイベントが多く開催されている。
たくさんのイベントすべてに足を運んで取材、番組を作成することは少ない人員では困難だ。
「なぜあの祭りにはいったのにうちには来ないのか」といった声もあるという。「みつばちラジオ」でも同じくスタッフの不足が顕著である。パーソナリティーはある程度いるのだが、ミキサーなどの機材を操作する人員がほとんどいない。少人数でシフトを組み、早朝からの番組構成に対応している。ギリギリの状態で回しているのが現状である。
課題はあるが、興味深い事実もある。市民パーソナリティーとして参加されている方の多くが、天草の外から来たということだ。よそから来て、天草に住んで、天草を本当に好きになったから天草の魅力を伝えたい。
天草の魅力には外にでて初めて気づく人が多いという。芥川さんは「地元に自信を、誇りを持ってほしい」と話す。天草に住んでいる人に天草の良さを知ってもらいたい。そうして「天草に来て」といえるのだと。
少子高齢化、人口減少が加速する土地で、よそから来た人がその土地の魅力を伝える。天草の未来に注目だ。