家庭の生ごみを栄養分豊富な堆肥に変える「コンポスト」。福岡県にあるNPOはダンボールで作ったオリジナルのコンポストを開発し、使い方を教える講座を年に350回以上も実施している。このNPOは親子三世代で取り組んでおり、安全な食をつくるための堆肥研究を20年以上重ねてきた。(オルタナS編集長=池田 真隆)

NPO法人循環生活研究所を立ち上げた、たいら由以子さん(中央)と祖母の波多野信子さん(左)、娘の希井(けい)さん

コンポストとは、生ごみや落ち葉・雑草などを詰め込み堆肥化する「容器」のことである。微生物の働きで、コンポストの中で栄養価の高い堆肥ができる。生ごみには水分が多くあるので、一般的にはコンポストはプラスチックでできているが、NPO法人循環生活研究所(以下、循生研 福岡県福岡市)は2000年にダンボールでできたコンポストを開発し、初心者でも取り組めるマニュアルも作った。定価2370円から販売している。

循生研(じゅんなまけん)が試行錯誤を繰り返し開発したダンボールコンポスト

当初はプラスチックケースも検討したが、誰でも取り組める快適さに重点を置き、実証実験を繰り返し、簡単かつ臭いも少ないダンボールにたどり着いた。生ごみの水分を吸着し、微生物の住みかになる基材を開発。毎日出る生ごみを入れると、微生物の力で4ヶ月ほどで栄養豊富な堆肥が出来上がる。

従来、生ごみを処分する際には焼却していた。この方法を使えば、生ごみを焼却する必要がなくなるので、二酸化炭素の削減やゴミ袋代の節約につながる。さらに、作った堆肥をもとに栄養価の高い野菜を育てることもできる。

「半径2キロ」で循環

循生研(じゅんなまけん)は、「半径2キロ以内で生ごみを循環させること」をコンセプトに持つ。半径2キロを、物事を自分ごとでとらえることができる範囲とし、主婦が感じる生活圏、中学生の行動範囲などと定義づけしている。広範囲で効率的にリサイクルさせるために規模を広げるのではなく、しっかりと顔の見える範囲で、生ごみを循環させていくことこそに、意味があるとこだわる。

このコンセプトを事業化したのが、「ローカルフードサイクリング」という取り組みだ。福岡市東区に位置する都市近郊のニュータウン「アイランドシティ照葉」で暮らす住民向けに、コンポストを広めた。地域で展開するので、この活動をコミュニティコンポストと名付けた。1週間または3カ月ごとにコンポストクルーが、住宅を訪れてダンボールコンポストの中身を回収交換する。

ベロタクシーと呼ばれる自転車に回収したものを乗せて、コミュニティガーデン(住民共有の畑)に運ぶ。住民は交換回数に応じて、コミュニティガーデンでできた「循環野菜」をもらえる仕組みだ。

二酸化炭素を出さないように自転車に乗せて運ぶ

コンポストを基点にコミュニティをつくっていく試みであり、照葉以外でも展開することを考えている。

半径2キロで生ごみを循環させる

■きっかけは父親の病気

循生研をつくったのは、たいら由以子さんと波多野信子さんの親子。活動を始めたきっかけは、信子さんの夫で、由以子さんの父親である宏平さんが肝臓病になったことだ。医師から余命3カ月と宣告された。

家族会議の結果、入院するのではなく、自宅養生することを決めた。大学時代に栄養学を学んでいた由以子さんは無農薬の食材を買おうと周囲のスーパーを探したが売っていなかった。

農薬や化学肥料の使用が制限されている有機農業は手間暇がかかり、生産量が安定しない。市場に流通している有機農産物の割合はわずか0.3%程度だ。

ダンボールコンポストでつくった堆肥で安全な「循環野菜」をつくっている

由以子さんは生まれたばかりの子どもを背負って、無農薬野菜を手に入れるため市内中を2時間かけて探し回った。だが、やっと手に入れた無農薬野菜は鮮度が落ちており、しかも高価だった。

食べさせないと翌日死ぬかもしれないという焦りと、安全な野菜が手に入らない世の中に疑問を抱き怒りでいっぱいだったと当時の心境を明かす。

それでも、食養生のおかげで、宏平さんは2年間延命できた。宏平さんの死後、由以子さんは安心できる野菜が身近に無いことへのショックが消えず、子どもの将来を考えると動き出さざるを得なかった。

原因を深堀すると、人の暮らしと野菜の複雑な因果関係が明らかになり、土壌が汚染されていることに気付いた。折しも、信子さんが趣味として自分で堆肥をつくり、家庭菜園をしていた。由以子さんは信子さんを誘い、こうして堆肥研究が始まった。

堆肥研究を始めたころの由以子さんと信子さん、ベビーカーに乗っているのが希井さん

2人は、何度も試行錯誤を繰り返し数年後の2000年、ついにダンボールコンポストを完成させた。コンポストのつくり方をまとめた本も作り、普及活動を始めた。

多くの時間と労力を掛けてきたが、由以子さんたちは「この活動は広がってこそ価値がある」として、活動の軸足の半分を人材育成に切り変えた。

研究してきた成果を独占するのではなくあえて公開し、ノウハウを伝える講座を開いた。これまでにコンポストの使い方を指導する「ダンボールコンポストアドバイザー」を200名以上育成してきた。彼らとともにダンボールコンポストネットワークを組み活動を全国で展開している。

子ども向けの堆肥づくり講座も行う

その応援団の一人に、由以子さんの長女である希井(けい)さん(24)も加わった。希井さんは、由以子さんが父のために無農薬野菜を探して自転車に乗っていたときに、背中におぶられていた子である。文字通り、堆肥研究を行う母親と祖母の「背中」を見ながら育った。

希井さんに聞くと、由以子さんは出張で全国を飛び回ることが多いという。それでも、「忙しそうだけど、誰よりも楽しそうにしている」と笑う。かつて由以子さんは活動を続ける原動力についてこのように話していたという。

「活動を続けていると時折、無農薬野菜を探し求める20年前の自分と同じような人に出会うことがある。夫がガンになってしまい、安全な食を探している。このような人との出会いが活動を続ける励みになっていると思う」(由以子さん)

75歳の信子さんは、堆肥づくり、畑作りを率先して行う。自宅には、野菜の加工場まで設けた。土づくりから菜園で収穫した野菜の加工まで手掛け、事務所で一番元気だという。

そして、三代目である希井さんだが、大学院への進学を機に福岡から上京した。修士論文で研究したテーマは、コミュニティコンポスト。学術的な側面からその価値を示した。

コンポストの楽しさについて希井さんは、「箱を開けたときに、生ごみは消えていて、温かさを感じ取れる。これを使って美味しい野菜もつくれる。この一連の流れが楽しい」と話す。自宅マンションのベランダでは、ベビーリーフにブロッコリー、バジル、ほうれん草などを育てている。

希井さんは、「生ごみを不快に思っている人は少なくない。でも、コンポストを知れば多くの人の表情がびっくりするほど変わる。もっともっと普及していきたい」と訴える。希井さんは今年3月に大学院を卒業、試行錯誤を繰り返してきた親子三世代だが、その花が咲きつつある。

NPO法人循環生活研究所


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