各地の動物愛護団体の地道な活動により、年々、犬猫の殺処分数は減っています。しかし一方で、命はありながらも危険にさらされ、劣悪な環境で生きる犬猫たちがいることをご存知でしょうか。「飼い主のいない動物たちの生に向き合う獣医師も必要なのではないか」。そう感じた一人の獣医師が、課題解決のために立ち上がりました。(JAMMIN=山本 めぐみ)
保護しなければならない犬猫をこれ以上増やさないために
岐阜を拠点に活動するNPO法人「人と動物の共生センター」。理事長を務めるのは、獣医師の資格を持つ奥田順之(おくだ・よりゆき)さん(33)。獣医学部に通っていた学生時代、飼い主から愛され大切にされる犬猫がいる一方で、人知れず殺処分される犬猫がいることに違和感を覚えたといいます。
「置かれた立場によってこんなにも扱いが違うんだということを知った時、矛盾を感じた。飼い主さんがいる動物は、たくさんの獣医師がその命のためにがんばっている。けれど、飼い主のいない動物たちの生に向き合う獣医師も必要なのではないかと感じ、それを自分が担いたいと活動を決意した」と、活動を始めたきっかけを振り返ります。
「殺処分される犬猫の問題は社会的に注目を集めているが、私たちは『蛇口を締める活動』、つまり保護しなければならない犬猫がこれ以上生まれないよう、『野外で繁殖する犬猫を減らす』『飼い主が飼えなくなってしまった犬猫を減らす』『ペット産業において余剰となってしまう犬猫を減らす』活動をしている。よく水道の蛇口で例えられるが、保護活動はあふれ出た水をすくっている状態といえる。殺処分ゼロになっても保護される動物はゼロにならない今、あふれ続ける水を止めることが必要」
野外猫のロードキル推定数は、
同じ年に殺処分された猫の数の8倍
人と動物の共生センターの活動のひとつが、野外犬や野外猫の調査です。2018年度には全国の野良猫のロードキル(交通事故による轢死)の数を調査しました。
「私たちの調査によると、野外猫のロードキル数は推定で347,875匹。同じ年の殺処分数(43,216匹)の8倍にもなる。動物愛護の活動では殺処分数に注目が集まることがほとんどだが、同じように失われている命があるという事実をまず知ってほしい」と訴えます。
犬猫を取り巻く環境を考慮し、
飼い主へアプローチ
「保護しなければならない犬猫を増やさないためには、飼い主へのアプローチも重要」と奥田さんは指摘します。
「飼い主が犬を手放す理由の一つが、咬む、吠える、引っ張るといった問題行動だが、犬の飼育放棄の直接的な原因として、20%ほどが問題行動によるもの。専門知識を持つ獣医とトレーナーの視点から飼い主と愛犬の間で起こる問題を整理し、犬を訓練するのではなく飼い主が適切な知識を学ぶことによって問題行動を改善し、末長く共に暮らせる環境づくりのサポートに力を入れている」
さらに近年、高齢の飼い主の入院や死亡によってペットが取り残されたり、保健所に収容されたりする問題が増加傾向にあることを受け、立ち上げたのが「ペット後見互助会」事業です。
万が一ペットを飼えなくなった時に備えて、弁護士や老犬・老猫ホームとも協働しながら、飼えなくなった後もペットが幸せに生きられるよう、飼い主が飼育費を残し、新たな飼い主につなぐしくみの提供も行っています。
他にも「ペットと防災」事業では、ペットと共に自宅で災害に備えられるよう、飼い主の自助力・減災力を高めるためのツールを開発、行政や地域、動物取扱業者や飼い主に向けて、ワークショップや講座等も開催しています。
ブリーダーの飼育・繁殖環境の「みえる化」で
ペット業界自体の改善を
「ペット業界も変わろうとしている。その後押しをするのが私たちの役目」と話す奥田さん。ペット業界全体の改善のため、今後はそのしくみづくりにも力を入れる予定だといいます。
「世間の声として『生体販売は悪』『なくなればいい』という意見が多くある。しかし、感情的な批判だけではペット業界は殻に閉じこもり、業界の進歩、改善を後押しすることはできない。ペット産業の進化には、批判や対立だけでなく、建設的な対話が必要」
「ペット産業の抱える課題のひとつとして、各ブリーダーの飼育環境が不透明で、情報公開が進んでいないことが挙げられる。賢明なブリーダーの元では適切な管理がされているが、中には法律さえ守られていない施設もある。環境省の調査では、法律で決められた犬猫等販売業者の定期報告届は、17.1%の業者が未提出だった。きちんとやっているブリーダーがきちんと評価される社会にしていくことが大切であり、そのためにブリーダーの『情報の自己開示制度』を作っていきたい」
「残念だが、今のペット業界ではしっかりと環境を考えて飼育しているブリーダーの元で繁殖された犬猫も、そうではないブリーダーの元で繁殖された犬猫も、流通を経ると同じように販売されてしまうという事実がある」
「きちんとした環境で飼育しているブリーダーはその点がしっかり評価されるべきだし、ブリーダーと取引する企業、特に大手のペットショップ側も、どんな思いを持って、どんな環境のもとで飼育しているブリーダーと取引するのか、そのあり方が問われるようになる。この制度の存在が、法律違反のリスクも含め、『飼育環境や法令遵守の状況を自主的に開示できないブリーダーと取引を続けられるのか』を問えるものになっていけば、業界自体の改善につながるのではないか」
根本的な問題解決に向けて
「社会全体で追いかけている『殺処分ゼロ』だが、『ゼロ』という数字に固執することによって、逆に動物が苦しむ環境も生まれるのではないか」と動物福祉の問題も懸念する奥田さん。
「『殺処分ゼロにする』ということは即ち『殺さない』ということ。譲渡できれば良いが、譲渡が難しい動物がいるのも事実。保護施設の人員やキャパシティにも限界がある。『殺処分ゼロ』を最優先した結果、譲渡が難しい動物たちの生活の質を下げてしまうことにつながることもある。殺処分ゼロを目指していくためには犬猫を保護するだけでなく、そういった犬猫の数自体を減らすために動いていくこと。それがなくては、根本的な部分は解決しない」
「マクロに見ると、上流の流れを止めないまま殺処分ゼロにするということは、コスト的にも負担が大きい。根本的な解決を目指すためには、保護活動だけに頼るのではなく、10年後の未来を見越して、より上流で、余剰となる犬猫の発生を止める活動に投資していくことも必要」
「先ほどロードキルの話も出たが、殺処分で失われる犬猫の命よりはるかに多くの犬猫が野外で繁殖し、死亡している。今後、ロードキル数も一つの指標になっていけば」
飼い主に大切にされる命がある一方で
見放され、死んでいく命があることを知った
精力的に活動する奥田さん。この活動を始めたきっかけについて聞いてみました。
「獣医学部の学生だった時に民間のドッグパークが崩壊する事件があり、友人に誘われるままにボランティアに参加すると、餓死した犬やガリガリにやせ細った犬をたくさん目の当たりにした。病気などで大学病院に診察に連れて来られ、大切にされる犬猫がいる一方で、こういう境遇の犬たちがいるのかと。当時、年間35万〜43万頭という犬猫が保健所で殺処分されているという事実からも、社会的な矛盾を強く感じた」
当時、最前線で学ぶ獣医師の卵たちも、そのほとんどが保健所で殺処分される数を知らなかったといいます。「飼い主さんがいる動物は、みんなに任せれば問題ない。でも、飼い主のいない動物、殺処分問題の解決を担う民間の獣医師も必要だろう。だったら自分がその役割を担いたい」。そう思うようになった奥田さん。
「殺処分という社会課題解決のために、獣医という立場の存在が必ず必要とされるし、誰かがやらなければならないと心のどこかでずっと思い続けていた」といいます。
大学を卒業した後、一般の企業への就職、その後転職して獣医師としての勤務を経て、2012年に「人と動物の共生センター」を設立。「ありがたいことに、最近は少しずつ活動の分野も広がってきた」と話します。
「一人ひとりがどう考え、どう動くかがこの社会のうねりになっていくと思っている。人と動物とがより良い関係を築いていくために、新しい視点や意識、しくみを提供することで社会に貢献できれば。そんな役割を、今以上に追求していきたい」
ペット業界改善のための取り組みを応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、人と動物の共生センターと1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×人と動物の共生センター」コラボアイテムを1アイテム買うごとに700円がチャリティーされ、ブリーダーの「情報の自己開示制度」作成のため、ブリーディングやペット流通に関わる当事者、獣医師やペット業界に携わる人など、有識者を集めた会議を開催するための資金になります。
「ペット業界の変化と改善を後押しするために、ぜひチャリティーにご協力いただければ」(奥田さん)
JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、向き合う犬と猫の姿。人と犬猫が真剣に向き合い、尊重しながら明るい未来を築いていく。そんなストーリーを表現しました。
チャリティーアイテムの販売期間は、3月4日〜3月10日までの1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、より詳しいインタビュー記事を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・人と動物が本当に共生できる社会を目指して〜NPO法人人と動物の共生センター
山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,000万円を突破しました。