福祉施設をアートによって文化施設へ変える社会実験が起きている。日本では、産業革命以降、多くの福祉施設が閉鎖的な施設として郊外に建てられてきた。物言わぬ人の思いをアートで形にすることで、福祉のあり方を世に問いかける。(オルタナS編集長=池田 真隆)
8月17-19日、東京都美術館である「フェス」が開かれた。コンセプトは、「日常非常日」。これは「ピッジョッピジョッピ」と読む。その言葉の通り、「その人の日常は誰かにとっての非日常」という意味を持つ造語だ。
会場内に展示された作品の多くが福祉施設から生まれた。アーティストが福祉施設に1~2週間程度ショートステイして、そこで得たインスピレーションを形にしたものだ。
作品を観覧する展覧会ではなく、来場者が作品作りに参画できる「フェス」形式にこだわったため、常時、30人弱のアーティストが各エリアに立ち、来場者を迎えた。作品について説明し、なかには、来場者と一緒に作品をつくるアーティストもいた。会期は3日間だったが、合計で3483人が来場した。
このフェスの名称は、「TURN(ターン)」。障がいの有無やジェンダー、国籍などの違いを楽しむアートプロジェクトの総称だ。今年で4年目を迎えた。
これは2015年から、東京2020オリンピック・パラリンピックの文化プログラムを先導する東京都のリーディングプロジェクトの一つとして始まった。2017年度からは、東京2020公認文化オリンピアードとして展開している。
監修者は東京藝術大学美術学部長の日比野克彦氏。日比野氏も2014年に4つの障害者支援施設にショートステイした。会場では、そのときに製作した作品の一部を展示した。アーティスト活動で国内外を渡り歩く日比野氏だが、障害者支援施設を訪れたときの感想として、「世界で最も遠くへ来た気がした」と話す。
常に同じ行動を繰り返す人や突然大きな声を出す人などを目にして、「どのようにしてコミュニケーションを図ればいいのかまったく分からなかった。ぼくは何をすればいいのか自問自答した」と振り返る。展示された日比野氏の作品は、そのときの感情を描いたものだという。
日比野氏は監修者としてTURNに携わったが、このタイトルに込めた意味をこう説明した。「福祉施設は、真正面から見ると福祉を目的とした施設である。だが、アートと掛け合わすことによって、文化施設へと変わる。福祉施設をターンさせて、文化を発信していこうと考えた」。
文化を発信することで、違いを楽しむ社会を目指した。TURNのプロジェクトディレクターを務めた森司さんは、「絵や写真、映画などによって、多様な価値観を可視化させた。区別はあるが、差別はない世界を追求した」と企画した意図を説明した。
■創立5年で絵画教室
京都府亀岡市にある障害者支援施設「みずのき」では、創立5年目の1964年から絵画教室を始めた。講師として日本画家の西垣籌一氏を週に1度招き、約40人いる入所者のための余暇活動の一環として企画した。
1980年頃には、入所者から選抜した人向けに絵画専門プログラムを開始した。本格的な絵画指導へ切り替えたことで作品数は1万点を超え、2012年にはみずのき美術館を開館した。
みずのきの職員である奥山理子さんは、「施設は閉鎖的であり、多くの人はアクセスできない。アートによって社会に開くことで、地域との交流が生まれ、福祉施設として本質的なことに気付けた」と話す。
会場内では、1960年代から今日にいたるまでの、みずのきでの福祉とアートへの取り組みの変遷を、年表や作品を通して紹介した。
茨城県にある袋田病院は2001年からアート活動を行う。2000年に当時副院長の的場政樹さん(現院長)が、安彦講平さんが主宰する造形教室を訪れたことがきっかけで、安彦さんに「うちの病院に来てほしい」と依頼した。
的場さんはそのときに精神科病院のあり方について悩んでいた。郊外に隔離され、閉鎖的な空間で処方を繰り返す日々に疑問を抱いていたのだ。そのときに、安彦さんの造形教室を通して、自己表現のエネルギーを感じた。
まずは病棟内で週2回の造形教室を始めた。入院者だけでなく、医療従事者にも参加を呼び掛けた。ともに造形活動をすることで、治療ではなく、一人の人として向き合うことができ、「治療行為以上」の成果が出始めたという。
2004年には、病院内に通所施設「デイケアホロス」を開所した。毎日制作できる場として、造形教室に合わせて建築した。その後、現代美術家の上原耕生さんを職員に迎え、より個性を引き出した展示会を重ねてきた。
活動には、県内のアーティストも加わるようになり、デイケアホロスは「アトリエホロス」と呼ばれるようになった。そして、2013年からは袋田病院最大の取り組み「袋田病院アートフェスタ」を始めた。
このイベントでは、外来の待合室や診察室を展示空間として、地域に開いた。作品の展示を通して、来場者と入院者や医療従事者が交流することで、作品だけでなく、精神科医療について語り合う場として機能している。
袋田病院で作業療法士として働く渡辺慶子さんは、「アート活動に取り組んだことで、精神科医療のあり方や発展について地域住民とともに考えることができるようになった」と手応えを話した。
TURNフェス4のプロモーションビデオ