障がい者の就職や転職支援を行うゼネラルパートナーズ(東京・中央)は3月19日、防災の専門家や実際に障がいのある人を招き、「障がい者と震災を考えるワークショップ」を開いた。障がいがある人が被災体験を参加者に共有し、障がい別の避難方法、防災準備、連携方法などを話し合った。同社は、将来的にはワークショップで得た知見や仕組みを他企業にも提案していきたい意向だ。(環境ライター=箕輪 弥生)
障がい者の過半数が避難に困難を訴える
昨年は大阪府北部や北海道胆振東部の地震、そして西日本豪雨災害など、全国で立て続けに自然災害が起きた。気候変動の影響もあり、台風や豪雨のリスクは高まる一方だ。
頻発する災害に対して、障がい者はどのような課題や意識を持っているのだろうか。「障がい者総合研究所(運営:ゼネラルパートナーズ)」の2018年の調査によると、避難時や避難所での生活に、障がい者の過半数が「障がいによる支障がある」と回答している。
この日ワークショップに参加した元レーシングドライバーの長屋宏和さんは、F1日本グランプリのレースでの事故が原因で足に障がいがあり、車椅子を使っている。ある日一人暮らしをしている10階のマンションで入浴中に火災報知器が鳴った。そのとき、ヘルパーはいたものの、階段を降りるのは無理だと感じたという。幸いにも誤報だったが、「火事になったら逃げられないと実感した」と話した。
視覚障がいがある杉内周作さんは、アテネパラリンピックのメダリストで現在も水泳を後輩に教えているが、合宿などの時も「今日、災害が起きたらどうしよう」と常に考えているという。メンバーには多様な障がいがあり、それぞれに身体的条件も違うので、どういう状況だったら誰が誰を支援するかなども想定するという。
ゲスト5人の災害時の体験を聞いて、障害科学を専門とする筑波大学の野口代准教授は、「障がいの多様性を理解した上での支援が必要」と話した。たとえば、視覚障がい者へ「クロック・ポジション」*1で具体的に指示をする、聴覚障がい者には口の形が見えるように話すなど障がい別の支援方法が有効であることを紹介した。
*1クロック・ポジション:どこに何があるかを時計の短針にたとえて知らせる手段
情報入手と移動をどうするか、平時の準備とコミュニケーションが重要
5人の障がい者のリアルな災害時の体験を共有した後、障がいがある人と同社社員がグループとなり、実際にビル1階に降りる避難体験を行い、気付きをシェアした。
あるグループからは、「自分は置いて先に逃げて、と避難を拒む高齢者や障がい者もいるかもしれない」と問題提起があった。これに対して社内でも普段から障がい者と「災害の時はどうするか」を話し合うことの重要性が指摘された。
一方で、視覚障がいがありながらデジタル技術を使った障がい者支援の仕組みを開発している井上直也さんは、ビル1階に降りて、すぐに避難場所を調べてグループメンバーに伝えた。同じグループのメンバーは「障がいがあるから支援される側、ないから支援する側ではなく、人それぞれ得意なことが違い、お互いに助け合えると気づいた」と話す。
東日本大震災時に宮城県東松島市で津波を体験した山田智子さんは、津波が来る前の情報では3mと言われていたが、映像を見られる携帯電話で岩手県の大津波の映像を見て、ビル屋上に移動したことで助かったという実体験を話した。どちらのケースも「情報をいかに素早く得るか」が重要だということがわかる。
野口准教授も、障がい者の災害時のハードルは情報入手と移動にあると指摘。そのためにも災害時に健常者と障がい者がどのように連携すればいいかを普段から確認しておくことが重要だという。
ワークショップの最後には、「広域避難場所を確認する」「ハザードマップを前もって見ておく」「近隣の人と普段からコミュニケーションをとる」「社内や家族との連絡方法を確立する」など今後防災のために取り組みたいことを参加者全員が発表した。
ワークショップを主催した同社ブランディング統括局佐藤古都局長は、「防災を切り口にお互いの困りごとや心配ごとを共有することが、障がいの有無に限らず発災時の備えになる。また、普段はあまり話したことがない人ともディスカッションしやすいテーマなので、チームビルディングとしても有効ではないかと感じている」と話し、「今後は障がい者雇用を行う企業にもワークショップをパッケージ化して提案していきたい」と語った。