「本を読みたくてもたくさんありすぎて選べない、1万円渡すから選んでくれ」――。本好きに話題の「1万円選書」はこの一言から始まった。読書歴から人生の遍歴などを「カルテ」に書くと、店主が1万円分おすすめの本を選んでくれる。行っているのは、人口1.7万人の北海道砂川市にある「いわた書店」。店主の岩田徹さんに話を聞いた。(武蔵大学松本ゼミ支局=岸野 愛弓・武蔵大学社会学部メディア社会学科2年)

いわた書店の店主、岩田徹さん

北海道札幌駅から特急電車に乗って50分。JR函館本線砂川駅から徒歩3分の場所に小さな本屋「いわた書店」はある。昔は市内に5~6軒あったという書店も、今ではこのいわた書店ともう1軒の2店舗のみとなってしまった。

日本の書店業界は1990年代前半にピークを迎え、それ以降は落ちていく一方である。先代である父に書店を任されたのは1990年、岩田さんが38歳の時であった。

社長就任と同時に店舗を改装し、売り場面積を広げるなどの工夫をしたものの、後にすぐにバブルが崩壊。その後、本が売れなくなっていったそうだ。その後、滝川(隣の市)への本の宅配サービス、ホームページの立ち上げ、地元の新聞で週に本1冊の紹介をするコーナーを設けるなどの様々な工夫を重ねた。

しかし、なかなか上手くいかず本が売れないままであった。当時、いわた書店の利用者は数百人のみで、砂川市の人口と比較してたった2%ほどであった。しかし、岩田さんは「本当に本を必要としているこの2%の人をおろそかにしてまで、残りの98%に目を向けることは間違いである」と話した。

今や「1万円選書」で有名ないわた書店。きっかけは2006年、ある先輩に「本を読みたくてもたくさんありすぎて選べない、1万円渡すから本を選んでくれ」と言われたことであった。

1万円選書とは、希望者にカルテと呼ばれるアンケート用紙を記入してもらい、それを基に岩田さんがその人に合った本を1万円分選ぶというものである。カルテには、読書歴(今まで読んだ本のベスト20)や最近気になる出来事・ニュース、人生で嬉しかったことや悲しかったことなど、他にも様々なことを書く欄がある。「このカルテを書くことは、生き方を振り返ってもらうことにつながる」と岩田さんは語る。

しかし、1万円選書を始めてもそれをうまく広めることが出来ず、利用者は少なかった。そして、2013年の暮れ。いわた書店は本格的に経営が厳しくなっていた。「あと1年だけ頑張ろう」。そう決めて半年が経った2014年の夏。ある深夜番組に取り上げられたことをきっかけに、1万円選書が全国に知れ渡ることになった。番組放送後、1万円選書に関する問い合わせが一気に増加し、ここ5年間で7500人もの人に岩田さんが選書した本が届けられている。

いわた書店の外観

現在は1年のうち3日間だけ申し込みの受け付けをしており、2019年は3日間で4646通もの応募があったそうだ。その中から抽選で月に250人ずつ当選し、当選者にはカルテが送られる仕組みになっている。

その人により合った本を選ぶために、カルテには細かく、詳しい内容を書くことが求められる。遠く離れた書店であり、そばに居ないからこそ、応募者は赤裸々に本音をカルテへ書けるのだと岩田さんは言う。

「全国におよそ1億人の人たちが居て、そのうちのたった2%の人だけでも本を読みたいと思ってくれていたら、それはおよそ200万人もの数になる。だけど、まだ7500人にしか本を届けられていない。1万円選書のこのカタチを色々な書店に真似してほしい」と岩田さんは語った。

大都会でやろうと思っても、このカタチは成り立たない。お店が混んでしまっては、1人ひとりに合う本を選ぶなんてことは出来ないからだ。「小さな町、小さなお店」というハンディキャップも、少し考え方を変えれば全部アドバンテージになるのである。

今回お話を伺って、このような岩田さんのポジティブな考え方に1万円選書を通して助けられている人が全国にたくさんいるのだなと感じることが出来た。

今ではお店の売り上げの半分以上を支える1万円選書。岩田さんは「これからもコツコツなるべく長く続けていきたい」と話す。今後も1万円選書をより多くの人に利用してもらい、読書の楽しさを再確認してもらうと同時に、たくさんの人が人生で最高の1冊に出合えることを願っている。

いわた書店

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