「トゥレット症」をご存知でしょうか。突然、意に反して大きな声が出たり、体が動いたりすることを繰り返す「チック」の中で最も重症なものが「トゥレット症」です。最近では、若者の間で爆発的な人気を誇る世界的アーティスト、ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)さんがトゥレット症であることを公表しました。患者の数は少なくないとされながら、医療者にもまだまだ知られていないというトゥレット症。当事者や家族の葛藤とは。(JAMMIN=山本 めぐみ)
意志に反して声が出たり体が動く「トゥレット症」とは
NPO法人「日本トゥレット協会」は、トゥレット症の患者・家族・支援者によって2003年に創設されました。未就学児や小学生・中学生などの若い当事者とその家族、また成人した大人の当事者・支援者が会員として在籍しています。主な活動はチック症・トゥレット症や併発する障害に関する情報交換、会員同士の交流、講演活動や理解啓発のための書籍作成、治療法確立のための研究支援など多岐に渡ります。
「最近ではSNSで声を発信したり、当事者同士つながりたいと行動を起こす元気な当事者の方たちも出てきて、活動が活発になってきたことを嬉しく思っています。しかし一方で、トゥレット症は一般の方はおろか医療関係者にも知られておらず、周囲からの無理解に苦しむ人が少なくありません」と指摘するのは、協会理事の野口千里(のぐち・ちさと)さん(60)。野口さんの息子(32)もトゥレット症をもち、これまでにさまざまな困難を乗り越えてきました。
「チックは、意志に反して『わっ』とか『うっ』と声が出たり、『ん、ん、ん』と咳払いを繰り返したりといった『音声チック』と、顔をしかめたりまばたきをしたり、体を突然ねじったり揺すったりといった『運動チック』があります。このような『複数の運動チック』と『1つ以上の音声チック』が1年以上続く場合、トゥレット症と診断されます」
「原因は十分にはわかっていませんが、大脳基底核の部分に原因があるのではないかといわれています。この部分は、LD(学習障害)やADHD(注意欠如多動性障害)、強迫症などの障害にも関わる部分で、トゥレット症の方は、他にも何らかの発達障害や睡眠障害、自閉症などを併発することが少なくありません」
「運動チックによる首の振りすぎで頸椎の骨を損傷した、尖ったもので目をついて失明してしまったという話も聞きます。こういった二次的な障害があるのもトゥレット症の特徴です」
どれくらいの人が苦しんでいるのか、正確な数字はわかっていない
トゥレット症は、その原因や、どのくらいの人が罹患しているかもはっきりとわかっていないといいます。
「先天的なものかどうかはまだわかっていませんが、小学校くらいから症状が出る人が多いです。様々な研究から、発症した2/3以上の方が成人までに症状が軽くなっていくといわれていますが、子どもの頃に症状があったけれど成長と共になくなり、20代後半になってからまた再発したというケース、また大人になってから発症したというケースもあります。ストレスや環境の変化が誘因となって症状が悪化することがあるということも指摘されています」
「まばたきなどの単純チックは子どもの10人に1人くらい経験するともいわれていますが、トゥレット症についてはおよそ1000人に3~8人くらいいるのではないかといわれています。ただ、症状が急に出たり出なくなったりするので、何人くらいの患者がいるのかを疫学的に調べるのは困難で、正確な数字はわかっていません」
「トゥレット症の方で外出できる方は、症状が目立ちにくいものであったり、外に出ている間はがんばって症状を抑えられたり、そこまで重症ではないということがいえると思います。しかし外に出ることが難しい方も数多くいて、本当はもっとたくさんの方が苦しんでいるのではないかと考えられます」
「トゥレット症の難しい点として、個人によって症状に大きな差があることがあります。運動チックか音声チック、どちらかの症状だけが強く出て、もう片方はひどくないという方も少なくありません。また併発してくる他の障害によっても生活への影響は大きく異なってきます」
人によって症状が大きく異なり、治療もさまざま
トゥレット症はその原因が解明されていないため、完治のための治療法も見つかっていません。治療の基本は、症状を理解し、うまく付き合えるようにする家族ガイダンスや環境調整になるといいますが、「これが効く」ということがトゥレット症をもつ誰しもにいえるわけではなく、人によって治療の効果に差があるといいます。さらに難しいのが、同じ人が同じ薬を服用していても、時期によっては効果に差が出てくることがある点だと野口さんは指摘します。
「『去年はこの薬を服用していて調子がよかったのに、急に効かなくなってしまった』ということが起こります。しかし一方では、薬が合っていなくても症状が出ない時もあります。どういった条件で症状が出るのか出ないのか、それすらわかっていないというのが現状です」
「息子の場合もそうでした。チックがあると、からかわれたり周囲から浮いた存在になりがちです。息子は小学3年生から中学3年生の前半くらいまで不登校になりましたが、自分に合わせて通える自由な校風の高校に入ってからはみるみる元気になり、症状もほとんど出なくなってアルバイトをするまでになりました。『このまま良くなるかもしれない』と期待しましたが、高校卒業後、専門学校に入ってからは再び症状が出るようになり、重症化していきました」
「そのことで息子はもちろんですが、私もすごく落ち込みました。症状の増悪には誘因となる環境の変化などがあると思いますが、そうなると薬も効かず、どんどん負の連鎖が始まっていきました」
「一番つらく、しんどい思いをしているのはチックの症状が出る本人」
近年、トゥレット症は脳の機能による障害、神経の病気であることがわかってきましたが、一昔前までは「心の病気」だと考えられてきました。親の養育や家庭環境が原因、「親が十分に愛情を注いでいないから」「育て方がわるい」というふうにいわれ、長い間、当事者と家族は苦しんできました。
「ただ一つ知っておいてほしいのは、一番つらくしんどい思いをしているのは本人だということ」と野口さん。
「チックは出ても感情もあれば、判断力も普通の人と何も変わりません。だからこそ余計に、チックが出た時の周囲の反応を敏感に感じとるし、『周囲に迷惑がかかるんじゃないか』『変な目でみられるんじゃないか』ということもすごく良くわかっています。トゥレット症のある方たちは、だからこそつらい部分があります」
「人によって、また同じ人でも時期によって症状の重さに差があります。症状が少なく調子の良い時のその人を知る周囲の人たちが、この障害をよく知らないばかりに『ここ一年ぐらい症状が出なかったのだから、前みたいに我慢できるでしょう』といってしまうこともある。本人もやりたくてやっているわけではありません。周囲の無理解は、本当につらいと思います」
併発する症状も相まって就労も難しい現実
野口さんの息子もまた、重度のトゥレット症でした。
「今年32歳になる息子は、保育園の頃から症状が出始めました。口の中を噛む自傷行為です。トゥレット症の方は、他にも何らかの発達障害や睡眠障害、自閉症などを併発する方が少なくありません。息子の場合は、意に反して考えやイメージが繰り返し浮かび、そのことによる不安を振り払おうと同じ行動を繰り返してしまう強迫症があり、痛くてたまらないのに口の中を噛み続けました」
「小児科で薬を出してもらったり、口に何かをくわえていたら噛まなくて大丈夫そうだと禁煙パイポをくわえてみたりティッシュをくわえてみたり、ありとあらゆる手段を試しました。でも、その時は何とかなっても、時間がたったらまた繰り返してしまうのです」
「ずっと口の中を噛むので口内はケロイド状(腫れて傷口が盛り上がること)になり、歯はグラグラし、それが気になって今度は歯を抜いてしまい、細菌が入って骨髄炎になったり、歯が抜けてスカスカになった口の中が気になって叩き続けていたら顎にヒビが入ってしまったり…本当に重度の症状を抱えていました。見た目ではわかりづらいですが、今は片顎がありません」
「昨年、脳に電極を埋め込んで継続的に神経に刺激を行うことで重度のトゥレット症状を抑える『脳深部刺激療法(DBS: Deep Brain Stimulation)』の手術を受けました。パーキンソン病やてんかんの症状などに効果があるとされており、トゥレット症の場合は命の危険に関わるくらい重度な症状になってきた時の最終手段としての治療法です。この手術を受けたことで、症状はかなり抑えられています」
では、トゥレット症をもつ人たちの就労は可能なのでしょうか。
「会社の理解を得て就職している方、フリーランスや起業して働いている方もいます。ただ、症状が強いと家から会社まで公共機関を使って行くのも難しいし、運動チックによって字を書くことやパソコンのキーボードを打つことも容易ではありません。そうすると履歴書を書くのも大変ですし、音声チックを抑えながら面接を受けることもかなり厳しいです」
「また、強迫症やADHD、睡眠リズムの乱れ、自閉スペクトラム症、不安やうつ、怒りのコントロールの困難など何らかの併発症を持っている方が多いので、両方が足かせになって就労に困難を感じている方が少なくありません」
「トゥレット症の人を見かけたら、優しく温かく、受け流してほしい」
「今、息子は『何もしんどくないよ』と人生を前向きに捉えてくれています」と野口さん。
「でも、いい出すとキリがないのですが…、もしトゥレット症がなかったらどうだっただろう。学校にも通えただろうし、大好きなバイクに乗っていろんなところへ行けただろうし、映画を観に行けただろうし、もっと自由があって、みんなが普通にしていることを普通にできたのではないかと思ったりします」
「突然声が出たり、体が動いたりする人を見た時に『危険な人かもしれない』『何かされるのではないか』と感じる方もいます。でも、この病気のことを知ってくださったら、そうではないということも理解してもらえると思います。『周りに迷惑をかけているのではないか』ということは、誰よりも本人が強く感じています。そのことを知ってもらうだけで、対応もまた変わってくるのではないでしょうか」
「私たちは『優しい無視』と呼んでいるのですが、トゥレット症の方を見かけたら、温かい目で受け流してもらえたらうれしいです。中には『汚言(おげん)』といって、意に反して性的な言葉や暴力的な言葉を発してしまうという症状もあって、受け流すことが難しいこともあるかもしれません。ただ、本人も意志に反して体が動いたり言葉が出たりして、しんどい思いをしていたり、傷ついていたりするのだということを少しでも知っていただけたらと思います」
トゥレット症啓発の資金を集めるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「日本トゥレット協会」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×日本トゥレット協会」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、トゥレット症のことを一人でも多くの方に知ってもらうためのポスターやパンフレット作成、またこれらを各地に発送するための資金として使われます。
JAMMINがデザインしたコラボアイテムに描かれているのは、鳥、飛行機、ロケットや飛行船…、空飛ぶいろんなものたち。同じ空という空間で、それぞれが自分のペースで自分らしく好きな方向に向かっていく姿を描き、お互いの違いを受け入れながら、明るく楽しい未来に向かって進んでいこうというメッセージを表現しました。
チャリティーアイテムの販売期間は、4月20日~4月26日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・やりたくてやっているわけじゃない!大声が出たり、体が動いたり…意に反して起こるチック。正しい知識と理解で受け入れて〜NPO法人日本トゥレット協会
山本 めぐみ(JAMMIN): JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,300万円を突破しました!