アフガン難民の実態に迫ったドキュメンタリー「ミッドナイト・トラベラー」は、タリバンから死刑宣告を受けていた映像作家が、妻と娘2人を連れ、欧州を目指す旅路を記録したものだ。タリバンに追われたアフガン難民が自撮りした映画とは。(石田 吉信・Lond共同代表)
ミッドナイトトラベラー
ハッサン・ファジリ監督
Hassan Fazil
《2015年、映像作家のハッサン・ファジリはタリバンから死刑宣告を受ける。自身が制作したアフガニスタンの平和に関するドキュメンタリーが国営放送で放送されると、タリバンはその内容に憤慨し、出演した男性を殺害。監督したハッサンにも危険が迫っていた。彼は、家族を守るため、アフガニスタンからヨーロッパまで5600kmの旅に、妻と2人の娘たちと出発することを決意する。そしてその旅を3台のスマートフォンで記録した。ハッサンと家族は、スマートフォンを手に、タジキスタン、トルコ、ブルガリアを経て、安全な場所を求めて命がけの旅を敢行する。砂漠や平野、山を越え、荒野をさまよい辿りついた先で、難民保護を受けられずに苦労することも。ヨーロッパへの脱出は、想像以上に困難を極めていた。人としての尊厳を傷つけられるような境遇を経験しながらも、一家は旅の記録を続けていく。撮影することが、まだ生きているということを確認することであるかのように──。本作は、故郷を追われて難民となるとはどういうことか、その現実が観る者に容赦なく迫ってくるドキュメンタリーだ。》(配給ユナイテッドピープルHPから)
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死刑宣告を受けたファジリ監督は妻ファティマさんと幼かった長女ナルギスさん(12)、次女ザフラさん(6)を連れて、隣国タジキスタンへ逃れたが、1年2カ月が過ぎても、タジキスタン政府は一家の難民申請を認めなかった。
一家は2016年4月、いったんアフガニスタンへ戻った後、車で隣国イランからトルコ、ブルガリア、セルビア、ハンガリーへとドイツを目指す。その旅路は約5600キロ。撮影は3台のスマートフォンだけで行われた。
ファジリさんがその後受けたインタビューで、「決して裕福ではないけれど、ごく普通の生活をしていました。女優で映画監督でもある妻ファティマと、カブールで「アートカフェ」という、文化センターのような施設を運営していました。本を朗読したり、音楽を聴いたり、若者に映画作りを教えるワークショップを開いたり。武装勢力に加わって女性や子供に暴力を振るうアフガニスタンの若者たちに教育を授けたいという思いもありました」
このインタビューの言葉を読んで、私は貧困などではなく、ごく一般的な家族が突然難民になってしまう現実に驚いた。国や情勢は違えど、難民になるというのが日本人の私として全くの非現実的なものから、あの映画の主人公がもしかした、自分であることがありえるのではないかと思わされた。
この映画はストーリーだけ聞くとシリアスで緊迫したシーンばかりのように思えるが、もちろんそのような場面も多いが、その中でも難民キャンプを転々とし、進展を見せない庇護申請に気を揉み、他国でヘイトや敵意を向けられたりしながらも、私達と同じように笑い、泣き、理不尽なことに腹を立て、より良い未来を夢みる人間の姿が映し出されていた。
子どもたちの無邪気な姿や、コメディのような夫婦喧嘩などの何気ない風景にほっこりする場面も多い。
ちなみに2018年に一家はドイツに到着し、難民申請を受理されたそうだ(まだ安住はできていない)
日数のテロップが随時出てきてその日その日のことが映し出されるが、映画終盤、594日目というテロップに時の長さを痛感させられる。
最後、有刺鉄線で囲まれたハンガリーのトランジットゾーンから3カ月も出れない一家。そこでの静けさのあるシーンに家族の忍耐に忍耐を重ねた心情が私の心にも乗り移り胸をかきむしられる想いがした。
ファジリ監督はその後のインタビューでこう語っている。
「映画が上映されることで、私たちだけではなく、多くの難民たちが抱える問題を伝えられてうれしく思います。私は、世界の人々が紛争によって他国へ逃れる必要がなく、日本のように平和で、誰もが安全に暮らせるようになることを願っています。アフガニスタン情勢は私たちが逃れた時よりさらに悪化しています。でも暮らしや子供の頃の思い出は祖国に残してきました。体はドイツにあるけれど、心はアフガニスタンにあるのです。安全になった祖国で暮らすのが私たちの願いです」
「難民」という言葉を言葉だけは知っていたが、それがどういう人たちなのか?どんな理由、経路で難民としてそこに存在しているのか?そういうことを知る機会をちゃんと今まで持てなかったが、このドキュメンタリー映画のおかげでそれが一つの家族の実例としてリアリティを持って知ることができた。
難民認定率はNPO法人「難民支援協会」(本部・東京)が作成した統計によると、2019年、日本が44人で認定率が0.4%だったのに対し、ドイツは5万3973人で認定率25.9%、米国が4万4614人で同29.6%、フランスが3万51人で同18.5%、カナダが2万7168人で同55.7%などとなっており、欧米と比べて日本の少なさが際立っている。
今年21年、見送りになった入管法改正案では、難民申請中は強制送還されなかったものが、されるようになってしまう内容や、難民の申請回数の上限が設けられ、3回目以降は強制送還の対象に内容が盛り込まれていて、色々なところから反発の声が上がった。
ごく最近では、名古屋出入国在留管理局で収容中のスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡。収容中に体調を崩していたにも関わらず、適切な治療が受けられていなかった可能性が高く、遺族や支援者は政府に今まさに、説明を求めているところだ。
難民問題に対して、人権尊重、平等でボーダレスな世界、を望むリベラルな捉え方なのか、日本人の雇用を守りたい、テロから守りたいというドメスティックか捉え方なのか、二極化してしまいそうな話であるが、しかし、これは二極化でバッサリ切る問題でもなく、果たして強制送還させたら殺されてしまう状況の難民なのか、不法滞在の出稼ぎ移民者なのか、等の分別も精査する必要がある。
不法滞在の出稼ぎ移民者にもその人、その家族の物語があったりする。しかし、どこかで線引き、ルールを作らなければ悪質な人を裁けないという面もある。
日本の若者の非正規雇用率、無業率なども鑑みると、どのように難民に対して意見を持てばいいか断定するのは難しいと思う。
しかし、これらはマクロな話であり、この映画に描かれているのは一つの家族のミクロなリアルである。
もちろんこれが難民の全てではないが、一つのリアルとして観る価値が大いにあると思う。
渋谷シアターイメージフォーラム、アップリンク京都を皮切りに全国順次ロードショーなので是非ご覧になってみて下さい。
■ただいまファジリ監督らはクラウドファンディングでアフガニスタンからの退避・保護支援を行うためのクラウドファンディングを実施中です: