アフリカのコンゴ民主共和国にのみ生息する大型類人猿「ボノボ」を知っていますか。1970年代、野生動物保全において共存という考え方がまだまだ希薄だった時代に、日本人の研究者が生息地の村を訪れ、現地の村人との協力や信頼関係を大切にしながらボノボの研究を始めました。それから約50年。住民と共に、野生動物との共存の在り方を模索し続けています。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「平和と愛の類人猿」、ボノボとは

ワンバの森に暮らすボノボ。「ボノボの特徴の一つが、真ん中分けの髪型です。また、チンパンジーの子どもは顔の肌の色が薄いのですが、ボノボは生まれたときから顔が黒いのも特徴です」

オランウータンやゴリラ、チンパンジーに並ぶ大型類人猿の一種であるボノボ。チンパンジーと同じくヒトに最も近い動物で、アフリカのコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)のみに生息しています。その数は2万頭を下回り、絶滅が危惧されています。

コンゴの奥地にある「ワンバ村」とその周辺地域でボノボの調査研究を行う研究者が集まり、保全のための活動をしているのがNPO法人「ビーリア(ボノボ)保護支援会」。「ビーリア」とは、現地でボノボが呼ばれる時の名称です。

「見た目はチンパンジーとよく似た動物ですが、社会性に大きな違いがあります」と話すのは、ワンバ村でボノボの行動生態学的研究を行う、京都大学霊長類研究所助教の徳山奈帆子(とくやま・なほこ)さん(33)。ボノボの生態や社会への理解を深めるための研究は、「ヒトとは何か」を知ることにもつながっていくといいます。

「ボノボ(左)とチンパンジー(右)では体長には大きな差はありませんが、ボノボの体つきはチンパンジーより華奢で、腕や足はボノボの方が長く、スラッとしています。ボノボの方がより樹上での移動が得意だと言われています」

「どちらも群れで行動しますが、チンパンジーは群れの中での激しい争いや群れ同士の関係性が敵対的であることが知られているのに対し、ボノボは群れ内も群れ間も寛容で平和的。『平和と愛の類人猿』と呼ばれることもあります」

「チンパンジーはオスの関係が強く、順位を巡って激しく争うオス社会ですが、一方でボノボはメスの社会的地位が高く、採食行動や交尾などさまざまなシーンで主導権を握ります。メス中心な社会であることが、平和的な社会の一つの背景です」

1970年代、日本人研究者が世界で初めて研究をスタート

一つの木に、3つの異なる群れのボノボたちが集まっている写真。「ボノボの群れ同士は”ご近所付き合い”があります。群れ同士が出会うと、一緒になって数時間から数日共に過ごし、毛づくろいをしたり遊んだり、食べものを分け合うこともあります」

世界的にも飼育している動物園は少なく、現在はワシントン条約によって輸出入が厳しく制限されているボノボ。ワシントン条約による規制の前に輸出された頭数も少なく、日本にも入ってこなかったと考えられるといいますが、その背景にはボノボの生息地が関係していると徳山さんは指摘します。

「チンパンジーは沿岸部にも生息していたことから、港を経由して世界各地へと輸送された歴史があります。しかしボノボが生息するコンゴは広大なアフリカ大陸のほぼ中央に位置し、生息地の近くには海がありません。おそらくこれが、海外にボノボが流出しなかった理由の一つだと考えられます。またボノボはストレスに弱く、輸送に耐えられず途中で亡くなってしまった個体も多いと思います」

「ボリンゴ」と呼ばれる大きな果物を分け合って食べるボノボたち。「周りに同じ食べものが豊富にあっても、あえて分け合って食べるということが知られています」

また、ボノボの「発見」自体も1920年代と比較的最近で、それまでは外見の類似からチンパンジーとの区別がついていなかったといいます。

「地元の人は森にボノボがいることは認識していたはずですが、アクセスの悪さから西洋の研究者たちがボノボを目にする機会はありませんでした。『どうやらチンパンジーとは異なる生き物だ』という論文が出版されたのは1929年です。つまり、ボノボは『種』として認識されてから100年も経っていないのです」

野生での調査は1973年、霊長類学者で京都大学霊長類研究所名誉教授の加納隆至さんが、コンゴ(当時はザイール)のワンバ村とその周辺地域で始めたのが世界初です。

「加納先生は広大なコンゴ盆地を自転車で駆け回って調査地になりそうな場所を探し、過酷な旅の末にたどり着いたのが、私たちの活動拠点であるワンバ村だったそうです」

ヒトとボノボが共に暮らす森

ボノボの好物である森の果実は、子どもたちにとっても大切なおやつ。「子どもたちが集まって、ボリンゴを夢中になってほおばっています」

その後、ワンバ村では日本人主導の研究と保全活動が続けられてきました。

「ボノボとヒトが共存する稀有な地域であることから、ボノボ研究だけでなく、ボノボと環境の関係性に着目する生態学の研究や、地域住民とボノボの関係を解き明かす文化人類学的な研究なども行われています」と話すのは、静岡県立大学国際関係学部助教で、ワンバ村で人類学的研究を行う松浦直毅(まつうら・なおき)さん(42)

「ワンバの人々は『ボンガンド』と呼ばれる民族です。人々も食を豊かな森に頼り、伝統的な狩猟採集や焼畑農業などを営んで生活をしてきました。ボンガンドには『ボノボとヒトはきょうだいである』ことを示すような民話があり、人々はボノボを殺すことなく共に生きてきたのです」

お話をお伺いした、松浦さん(上段左)、徳山さん(上段右)、寺田さん(下段)

しかし今、その村に少しずつ変化が訪れています。

「人口が増加して森が減少し、経済的な困窮から密猟も問題になっています。都市部から遠く離れていることは、ボノボにとっては生息地が守られて良いことかもしれません。しかし、ここで暮らす住民たちにとっては、医療や教育、インフラなどが行き届かず、不便な生活を強いられるという困難があるとも捉えられます」

排除するのではなく、共に暮らす場を

「お母さんと子どもの写真に見えるかもしれませんが、実はこの2頭は血のつながらないオスと子どもです。しかも、このオスと子どもはそれぞれ違う群れに属しています。子どもが違う群れのオスを恐れることなく、その上に乗ってくつろぐことができるというボノボの寛容な性質がよく示された写真です」

「他の絶滅が危惧される野生動物が生息する地域では、野生動物を守るため、その動物が生息するところを区切って住民が利用できない保護区にしているところが多いです」と徳山さん。

「私はチンパンジーの研究でウガンダの保護区にも訪れますが、そこでは村人が森に入ってくるとことはありません。このような保全方法は『要塞型保全』と呼ばれます。野生動物との棲み分けがはっきりしているのです」

しかしワンバ村では、1970年代からずっと、ヒトと野生動物とが共に暮らしてきました。

「『ヒトと野生動物のゾーニングをはっきりしよう』という欧米主体の要塞型保全の発想が主流であった中、このように共存を目指したのはかなり先駆的な試みであったと思います」と徳山さん。実は1980年代に入ってから、国内外の要請を受けてこの地域を保護区にしようという動きがあった際にも、日本人研究者たちは国立公園化に反対しました。

「ワンバの森の中には網の目のように川が流れており、網、竿、仕掛けなどさまざまな方法で魚をとります。得られた魚は、毎日のおかずになるほかに、乾燥させて販売することで現金収入源にもなっています」

「住民を森から追い出すのではなく、ヒトもボノボも一緒に住める森が守られていくように」と、学術目的に焦点を絞った保護区として「ルオー学術保護区」を設立。ボノボの保護と村人の暮らしの支援の両方に努めてきました。

「現地住民と近い立場で協力関係を築きながら研究を進めるというのが、日本人研究者の傾向としてあるように思います」と話すのは、ワンバ村でボノボの生態や生息地の特徴を研究してきた東京大学農学生命科学研究科 日本学術振興会特別研究員PDの寺田佐恵子(てらだ・さえこ)さん(38)。

「他の調査地の中には、村から離れた森の中にキャンプサイトがあって、ボノボや自然だけを研究している海外の研究チームもあります。それも研究の一つの形ではありますが、ヒトと野生動物が共存する面白い地域だからこそさまざまな研究ができるし、現地の村人たちと一緒にやっていくことで、この森自体と人々の暮らしの両方が守られていくのではないでしょうか」

焼畑のために開墾された場所でくつろぐボノボたち。「密猟さえ生じなければ、このように樹木がない村に近い場所も、ボノボにとって草本を食べたり休息したりする生活空間の一部になります」

「今は各地に国立公園があり、公園内では人間の活動は禁止されています。しかしそれがなかった頃は、同じ場所で人間が動物と共存し、それぞれに根付いた暮らしや文化があったわけです。それを後からやってきた外部の者が『動物が絶滅しそうだから、あなたたちは出ていきなさい』と排除するというのは、果たして正当といえるのでしょうか」と松浦さん。

「深刻な絶滅の危機にある動物を守るために、人間から隔離して厳重に保護せざるを得ないという場合もあるかもしれません。しかし地域住民の存在は、やはり無視すべきではないのではないでしょうか」

現地住民への生活支援を通じ、「共存の在り方」を探る

ワンバ村の小学校の授業の様子。「村にいくつかある小学校のうち、この一番小さな学校はほぼ青空教室の状態ではありますが、2018年には屋根の葺き替えの支援を行いました。また、チョークや黒板を作るためのタール、ノートやペンを毎年支援しています」

団体ではこれまで、ボノボとヒトとが共存する貴重なワンバの森を守るために、ワンバの住民たちの生活支援にも力を入れてきました。

「『森を守る』ことが私たちの目的ですが、そのためには村人たちの生活も豊かにすることが重要であり、森の価値を高めるような活動を行っています」と松浦さん。国が困難な政治経済状況にある中、なかなか行き届かない教育や医療の面での支援として、これまでに学校や病院の建設、学用品や奨学金の支給、薬の援助などを行ってきました。

「一方で、経済開発やインフラ整備を望む声もあります。『ボノボや森を守るために、あなたたちはこれまでどおり伝統的な暮らしを続けてください』というのは私たちの押し付けです。ワンバの村人たちにとっても、私たちと同じようにバイクがあれば移動も楽だし、鍋やコンロがあれば調理も楽になるわけです」

「人口増加が進む中、これまで以上に森林を伐採したり禁止されている銃器での狩猟に手を出したりするケースも出てきてしまっており、保全とのバランスを保つことがますます大切になってきています」

「ワンバの森は、ワンバの人たちのもの」

こちらを見つめるボノボの子ども。「ボノボの寿命は平均40年ほどで、60歳まで生きることもあります。この子がこれからの一生を幸せに暮らすことができる豊かな森を守っていくためには、息の長い保全活動が必要です」

「ボノボだけでなく、ボノボが暮らす森、そこから得られる資源、生態系と社会のつながり、さらにそれらへの経済的な影響、また動物がそこにいることによる住民の心理や考え方への影響、文化的意義…、すべてはつながり、生き物同士、またヒトと自然も密接に影響し合っています」と寺田さん。

「つい、このように論理的に考えてしまいますが、村人たちはこういったことを身をもって日々感じているのだと思います。彼らが持っている経験や知識と、自分たちが持つものを重ね合い、学び合っていけたらと思っています」

「私たちはふわっとしたイメージで『共存』という言葉を使いがちです。しかし現地で暮らす人たちからすると、それは決して簡単なことではありません」と松浦さん。

「恵みを受けることもあれば、たとえば農作物を野生動物に全部食べられてしまったとか、身に染みる被害を受けることもあります。そういう酸いも甘いもある中で、野生動物と対峙する姿勢を持ち続け、ただ排除するのではなく関わり合い続けていくことが、彼らにとっての共存であると思います」

「ワンバの村人たちがどう思っているかはわかりませんが、少なくとも研究者として現地を訪れる私たちは『ワンバの森は、ワンバの人たちのもの』だということを大前提としなければならなりません。今あるものが消えてしまわないように、持続的な利用と発展について考え続ける姿勢が大切です。そのためには共に学ぶ、彼らから学ぶ。私たちは彼らの村で研究をさせてもらっているという、謙虚な姿勢を持ち続けることが大切だと思っています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「ビーリア(ボノボ)保護支援会」と9/27(月)〜10/3(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、ボノボとボノボが暮らす森を守るための活動資金として活用されます。

「JAMMIN×ビーリア(ボノボ)保護支援会」9/27〜10/3の1週間限定販売のコラボアイテム。写真はTシャツ(ホワイト、700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもエプロンやパーカー、バッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、ボノボが暮らすワンバの森、そこに生きる植物や動物、そしてヒトを環状に描きました。森の生態系の調和、そしてそれを守ることが、人々の暮らしや生命にもつながっていることを表現しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

ボノボとヒトが共に暮らす森。調査・研究と支援を通じ、人間と野生動物の共存の未来を探る〜NPO法人ビーリア(ボノボ)保護支援会

山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。

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