大学生を中心に若い世代で復興について話し合うTokyo Youth Conference for 3.11(トウキョウ・ユース・カンファレンス・フォー3.11)が4日、東京のオリンピックセンター(東京・渋谷)で開かれた。会場には、大学生と社会人合わせて約70人が集まった。

フィッシュボールの様子


企画したのは、復興支援を行う若手リーダーたち。Youth for 3.11(ユース・フォー・311)代表島田悠司氏(慶應義塾大学大学院理工学研究科修士2年)、地域支縁団体ARCH(アーチ)代表佐藤柊平氏(明治大学農学部3年)、NPO法人「底上げ」代表矢部寛明氏(29)、復興支援団体SET(セット)共同発起人兼現地統括三井俊介氏(23)、学生団体参考書宅救便代表赤塩勇太氏(青山学院大学経済学部4年)の5人である。

震災から1年半が経過して、震災や復興について風化されている現状を打破するために企画したという。

この5人の若手リーダーたちと参加者は、フィッシュボールという議論形式を用いて、話し合った。フィッシュボールとは、コミュニケーション強化方法の一つである。5人の若手リーダーたちが向き合って円を作り、その周囲を囲みながら参加者が座った。聞く側と話す側が明確に分かれるので、話し方や聞き方を観察しやすく、双方のコミュニケーションを向上できる仕組みだ。

若者を動かす新しいボランティアカルチャー

子どもたちの学習支援を行う底上げ代表の矢部氏は、早稲田大学を卒業後、内定先の会社に入社時期の延期を依頼し、宮城県気仙沼に住みながら支援活動を続けている。

支援活動を行うようになったきっかけは、大学時代に、ママチャリで日本一周をした際、無償で気仙沼のホテルに泊めてもらった恩があるからだという。「東北には本当にお世話になったから、『行かなくてはいけない』という衝動にかられた」と話す。

これまでに、約8000人のボランティアを受け入れ、気仙沼を中心に活動している。東北に住んで、新しい価値観の形成を体感しているという。「今、生きている環境に感謝するようになった」と話す。

震災から2日後の3月13日に複数の友人らと復興支援団体SET(セット)を設立した三井俊介さんも今年3月に法政大学を卒業し、支援先である岩手県陸前高田市に移住した。復興支援に関わったきっかけは、「何かしたい」という衝動にかられたからだ。

漁業復興や、ボランティアコーディネーターとして活動を行い、生計をたてている。東北に暮らし、1年半以上の復興支援活動に関わってきて「自然と共に生きること」を学んだという。

東北に住みながら活動を行う2人に、参加者から、「被災地では地元の人たちの力で盛り上がっていけばよいという話も聞いているが、外部から移住した人はどのようなスタンスで復興支援に関わっているのか」という質問が投げかけられた。

「ボランティアという概念で関わってはいない。街づくりにどう関われるのかというスタンスで考えている」と矢部氏は話す。

三井氏は、「途中で東北からフェードアウトすることは考えていない。また、地元の方だけで復興していくことがはたして良いことなのか。これからは、外部から人が集まり、復興を共に成し遂げいくことが必要だと思う。移住したぼくらが東北と全国の若者をつなげて、ここからプロジェクトを起こしたい」と、話す。

東北と、全国の若者をつなげるためにもユースフォー3.11代表の島田氏は、新しいボランティアカルチャーの創出が必要と話す。同団体は、述べ1万人以上の学生を復興支援ボランティアに派遣した実績を持つ。

「困っている人を助けることがボランティアの役割といわれているが、奉仕の意味だけで捉えたくない。復興支援活動を1週間行うだけでも、現地の方が助かるだけでなく、自らも学びを得ることができ、変わることができる。誰かのために行った活動が、自分の成長につながることを提案していきたい」と、話した。

若手リーダーたちの話を聞く参加者たち


抱いている情熱を伝えるべき

街づくりを通して、若者を巻き込んでいきたいと話す学生団体もいる。地域支縁団体ARCHだ。代表の佐藤氏は、「緊急支援フェーズが終わり、今は地域の中で動いていくフェーズ。地域の風土を知って様々なアイディアを出し合いたい」という。

同団体では、陸前高田市内にはある築60年の古民家を改装し、コワーキングスペースと、シェアライブラリーを設置し、若者たちの拠点を創出する「若興人(わこうど)の家」事業に取り組んでいる。

東北に行かなくても、できる支援活動として参考書宅救便がある。同団体では、使用しなくなった参考書を回収し、その参考書を販売した収益で最新の参考書を購入し、東北の学生に届ける活動を行っている。

これまでに、138人の中高生に提供し、2万冊以上の参考書が回収されている。同団体代表の赤塩氏は、「東北の学生から、『震災で諦めていた大学受験に、もう一度挑戦してみようと思った』と言われた。一人の人生を変えることができたという経験が自分を成長させ、モチベーションにつながっている」と話す。

「復興支援活動をするまで、サークルや合コンばかりを繰り返していた。震災が発生した時に、このままでいいのだろうか。人生で本気になったことは何回あるのだろうかと自問した。その問いかけをしたとき、数えるくらいしか本気になったことがない自分に恥ずかしさを感じ、やってみようと決意した」という。

団体を設立した当初は、赤塩氏を入れてメンバーはわずか2人だった。さらに、ツイッターもフェイスブックもしていなく、発信力はほぼ無しに等しかった。しかし、諦めずに活動を続けた結果、現在は総勢約80人の学生団体に成長している。

「大学生は抱いた情熱をたくさんの人に伝えるべき。もっと本気になろう。その情熱は伝染し、必ず人を動かす」と、話した。(オルタナS副編集長=池田真隆)