日本に100頭前後しかいない中国原産「梅山豚(メイシャントン)」を育てる塚原牧場(茨城県境町)。中国からの輸出が禁止され、国内では塚原牧場と農林水産省しか飼育しておらず、食肉用として提供しているのは塚原牧場のみだ。幻の豚ともいわれる梅山豚だが、ブランドとして確立するまでには長い道のりがあった。小規模だからこそできる「都市と共生する養豚場」への挑戦を代表取締役・塚原昇さんに聞いた。(聞き手・オルタナS編集部=吉田広子、大下ショヘル)

塚原昇さんと生まれて一週間の梅山豚の子豚

■ 他の牧場が挫折した「21世紀を救う豚」

黒くシワが特徴の「梅山豚」。脂が多く、濃い肉の味わいで一流レストランからも評価が高い。一匹当たり2万8千円が平均相場の豚だが、梅山豚は10から20万円にもなるという。飼育期間も通常約180日間のところ、塚原牧場では約270日間をかける。9カ月の飼育期間のうち、最後の2カ月間は「林間放牧」する。

福島第一原発事故以来、毎週出荷する全ての梅山豚の放射能検査をする一方、安全を考慮して林間放牧を休止している(放射能検査結果はFacebookページで公開しています)。実際、2カ月間の放牧で肉質自体に大きな変化はないが、塚原さんは、「林のなかで、土のにおい、風や緑を感じて、豚は最高に楽しそう。大好きなどんぐりもある。せっかく生まれた命なのだから、幸せな時間を過ごしてほしい」と意義を語る。

梅山豚を扱うきっかけはテレビで梅山豚が紹介されていたことだった。梅山豚は世界一多産である。通常の豚が一回のお産で10頭、黒豚は7頭産むところ、梅山豚は最多で33頭出産したこともある。 世界的に急激な人口の伸びに対応できるとされ、雑食性なので豚のエサには欠かせないトウモロコシも使わなくて良い。そんな「救世主」である豚を知った先代の父が新規事業として1989年に輸入したのが始まりだった。

 

梅山豚を手掛けようとした農家は他にもあった。しかし、世界一多産な梅山豚は、未熟児も多く、そのため産まれてすぐ死んでしまう子豚も多い。たとえ育て上げて出荷ができても、脂肪分が多く、形も一般的な規格にあわず、利益とはほど遠い豚であった。結局他の農家は飼育を諦めてしまった。

大学卒業後、ベンチャーキャピタルに勤めていた息子の塚原さんは、会社を辞職し父から梅山豚の事業を買い取り、一から養豚を始めた。

■ 都市に必要とされる養豚の模索

希少種といえども、始めたのはやはり養豚業。豚特有の強い臭いもあれば、糞尿にはハエがたかり、一日中鳴いているので騒音も無視できない。住宅地の中にあって、養豚は社会に歓迎されている仕事なのか、確信を持つことができなかった。

その悶々とした思いを晴らすために一度きちんと勉強をしてみようと考えた塚原さんは、筑波大学大学院に社会人入学し、環境科学を学んだ。

ある時、授業の一環で大手飲料メーカーの工場に視察に行くことになった。工場では麦茶を生産していたが、その搾りかすを全て燃やして処分していた。コストや排気ガスの問題を工場の職員から聞いた塚原さんは、それを持ち帰り豚に与えてみた。

麦茶の搾りかすはお湯をくぐっているため糖化しており甘く、豚はよく食べてくれた。お茶にカロリーは無いが、搾りかすは栄養が豊富。塚原さんはこれを飼料に転用できるのではないかと考えた。何よりも、社会の問題を養豚で解決できることに養豚の存在意義を確立したかった。

その後、麦茶の搾りかす以外にも様々な食品工場からの副産物を取り入れ、現在では「エコフィード」という一つの分野にまで育て上げたトップランナーになっている。梅山豚には、パスタの切れ端や豆腐のおから、乾燥サツマイモなど13種類を配合したエサを与えている。

様々な植物加工副産物を組み合わせて100%自給のエサを作っている

「人間と共生していくのがうちのやり方です」と塚原さんは言う。豚の寝床に脱臭効果のあるお茶の粕やおがくずを利用したり、エサを工夫して養豚場の臭いを少しでも減らそうとしている。

さらに豚肉1kgを生産するのに飼料のトウモロコシは3kg必要だそうだ。世界には飢餓で苦しむ子どもたちがいる一方で、私たちは3kgあるものをわざわざ減らして食している。エコフィードを利用することでこうした大きな課題にも挑戦している。「都市生活に必要なものを新しい畜産のスタイルで提案していく」ことが塚原牧場が目指す方向なのだ。

 

■ スーパーから返品されていた豚が3つ星レストランで

飼料に対する様々な取り組みはあった。しかし、通常より脂肪分が多いためにスーパーから返品されることもあったり、深い味を出すために出荷まで通常の1.5倍の日数をかけておりコストも高い。やはり梅山豚は赤字から抜け出すことは難しかった。

塚原牧場では「一エリア一業種一店舗」を基本としている。これはブランド価値を高めるためだけでなく、今関係をもっているお店を大切にしたいという思いを反映させたものである。もし新たな取引先がある場合には既存のお店に不利にならないかを考慮する。

近親交配を防ぐため定期的に全頭DNA検査を実施

こうした取り組みによって少しずつブランドの価値が高まってきた。また、ネット販売は定期購入者のみを対象にした「梅山豚倶楽部」に限定し、継続的な消費者との対話を欠かさない。一般市場ではなく、直接取引してくれる息の長い取引先が塚原牧場を生かしている。

「人口が増加してきた20世紀は大量生産のための方策が必要だった。しかし人口が減り少子高齢化が進む現在は、そんなに多く作る必要はない。これからはオリジナリティが生む価値を求めてくれる消費者に確実に届けることが大事」と塚原さんは考える。

そうした思いは着実にファンを増やしていき、現在は中国料理の鉄人・脇屋友嗣シェフや神戸の三つ星レストラン「Ca’Sento」などに梅山豚は利用されるまでになった。

社会に受け入れられる、そして社会が求めてくれる、そのことが誇りとなって塚原牧場のさらなる成長につながっている。(オルタナS副編集長=大下ショヘル)


塚原牧場:http://www.meishanton.com/