社会的問題を教訓として忘れないためには、市民が発信者になる「市民ジャーナリスト」の動きがカギになると、NHKを飛び出した堀潤さんは話す。しかし、社会を良い方向に動かしたとしても、国家機密や社外秘を漏洩した者は、規則違反として罰を受けてきた。正義感のある告発者をどう育てて、守っていくのか話を聞いた。(聞き手・オルタナS副編集長=池田真隆)

現場の声を持っている「市民ジャーナリスト」の存在に注目する堀さん

――堀さんが執筆した日米メルトダウン事故の真相を追求した『変身(KADOKAWA)』では、「忘却」をテーマに掲げています。悲惨な事故が起きても人は時がたてば忘れてしまうものです。この忘却を防ぐためには、情報を待つだけではなく、発信する側になる「市民ジャーナリスト」の存在がカギとなります。

:この本のもとになっているのは、同名の映画ですが、映画の構成は6割がぼくが取材した映像で、4割が一般市民から寄せられたものです。この映画の制作を通して、一般の人の力が必要だと感じました。

やはり、どんなに影響力が大きくてもマス・メディアが伝えているものは、限られたものです。限られた放送時間・誌面のなかで、ニュースバリューの高いものから順番に伝えています。

多くの一般人がスマートフォンを持ち、自分自身で発信できるようになった時代に、マス・メディアのニュースのみを受け取ることは変えたほうが良いですね。

――堀さんはNHKを辞めて、テレビとネットをつなげ合わせる取り組みもされていますね。

:これまでテレビとネットメディアはお互いを牽制し合っていました。しかし、これはもったいないことです。1分でも2分でも良いから、そのときの空気感で当事者が撮った映像を残しておき、プロの編集者の手によって磨いていけば、専門化や関係者だけでなく現場の声を聞き取った臨場感のある映像ができます。

例えば、南三陸町に震災遺構といわれる防災対策庁舎があります。南三陸町の佐藤仁町長は「維持する予算がない」と言いますが、地元からは「震災を乗り越えて新しい生活を手に入れるためにも残しておかないといけない」という意見も出ています。

一方、宮城県の村井嘉浩知事は、「震災遺構こそ、国が音頭を取ってきちんと残しておくべき」と発言しています。宮城県では、去年の12月に有識者会議が開催され、今も継続的に議論され続けています。

実はこの話は、テレビや新聞から得たのではなく、ある一般人からの投稿動画で知りました。南三陸町では、町長は廃止の考えですが、地元からはそれに対し賛否両論の意見が出ていて、国としての指針はまだできていない、たった2分半の映像でこれらのことに気付くことができました。

震災遺構の話は、テレビのニュース番組ではよほどの動きがない限り報道しません。現場で起きている小さな物語を、大きな物語に接続することが大切なのです。そういう行為の連続が震災の忘却をなくしていくはずです。

その建物が結果的に壊されることになっても、ひっそりと壊されるのではなく、多くの人に見守られながら、壊されていきます。そこに意味があるのです。

――市民が公共の電波を使って情報を発信するパブリックアクセスで報道のあり方も変わっていきますね。

:ぼくは小さい現場の積み重ねの連鎖がこれから求められる報道のあり方だと思っています。若者はテレビのニュースや新聞から離れていきましたが、その原因は「社会に関心を持たなくなったから」だけではなく、観たい現場がそこには描かれていないからではないでしょうか。

ニュースで知れる情報は、ネットで調べれば十分に手に入れられるものばかりです。報道番組で流しているニュースの作り方も形式化しています。

例えば、TPP交渉の論点を紹介する場合は、各国の担当者のコメントを取り、こうした各国の状況に対して専門家のコメントを入れます。このような作り方を色々な現場で実践しています。

しかし、視聴者は各国の思惑や論者の意見よりも、TPPで生活がどう変わるのかを知りたいのではないでしょうか。これまでの杓子定規な作り方ではなくて、とある企業経営者や農家の1日に密着して、そこから見えてくるTPP問題を紹介する番組のほうが理解が進むはずです。

■市民ジャーナリストを増やす最大の理由

――堀さんは、教訓となる事故を忘れないためにも、市民が情報を発信する「市民ジャーナリスト」の動きがカギになると見ています。しかし、告発者の保護環境がまだ十分に整っていません。例えば、「脱原発」という立場を取ると、その人自身が誹謗中傷され傷ついてしまう場合もあります。この課題をどう考えていますか。

:毎週金曜日には、数万人の人が首相官邸前を覆い尽くしましたが、脱原発運動は、最終的にはイデオロギー闘争になってしまい、両者は分かり合えないと結論づけてしまい、疲れ果てて分裂してしまうという残念な局面を迎えました。何も解決しない最悪なことが、そこでは起きてしまいました。

どうして、そうなったのでしょうか。それは、お互いの立場から自分の意見しか言っていないからです。実行力のある対話とは、具体的な問題を出し合って、明文化して、可視化して、解決策を話し合うことです。

それはするには、ファクトが必要で、オピニオンだけだと議論ができません。一昨年アメリカに留学して、民主主義の底力を感じる出来事がありました。日本と同じように原発についての問題をかかえていた地域、行政、原発作業員、周辺市民のミーティングが開催されました。

そこでは、意見ではなく、ファクトで議論していました。原発建設に反対する市民からは、「資料を読み解き、AとBの主張は正しいのですが、CとDは科学的に証明されていないことが書かれています。これについてはどう改善するのですか」といったことが電力会社に向けられます。

そう質問された電力会社は、具体的に修正するには、「こうこう考えています」と述べます。市民側はそれに対して、「それは実行できることなのでしょうか」と議論を重ねます。こうして、解決策を見出していきます。

そこには、意見のぶつかりあいや気持ちを理解しようとする姿勢はなく、冷静に解決策を出すための議論が行われていました。感情的なもつれあいが起きた場合は、傍聴人が「それはお前の意見だろ!質問をしっかりしろ!」と批判します。

なので、市民が発信者になることの最大の目的は、意見ではなくファクトを身に付けることなのです。これは、メディア人が叩き込まれてきたことです。私もNHKに入ったとき、幾度となく、「意見よりもファクトを言え」と教え込まれてきました。

「~と思います」なんてレポートをしたら怒られたものです。だから、ファクトのなかに、いかにして自分の気持ちを入れるのか考えていました。

例えば、災害の怖さを忘れないためには、「震災の怖さを忘れないでください」と言っても、なかなか広がりません。

そうではなく、「目の前に、大きなゴミ袋があります。しかし、中に入っているのはゴミではなく、子どもたちの筆箱や写真、割れた食器などです。先ほど被災当事のお話を伺った方のものです。その方は、まさか自分たちで、自分たちの生活用品をゴミ袋につめることになるとは思ってもいなかったと言いました。周りの人はゴミと言いますが、『これは私たちの生活用品だった』と言っていました」。

こう報道すると、「被害にあったらどうしようか」と考えるきっかけを与えますし、これが伝えるということです。このような能力を身に付けることが民主主義で生きる私たちの方法かと思います。

■いまのままでは勇気ある告発も最小限の効果しか発揮できない

――スマートフォンが浸透し、市民は世の中に発信しやすくなりました。一方、特定秘密保護法案が強行採決され、政府と市民の距離が遠くなっている気もします。

:アメリカには、内部告発サイトであるウィキリークスがありますが、情報は止められないものです。どんな現場にも正義感を持った人は必ずいます。

特定秘密保護法があっても情報は必ず漏れます。そこで大事なのは、情報が出なくなることにおびえるのではなく、正義感を持った告発者たちをどう育てるのか、さらに、大衆がどのようにして告発者を守るのかを議論した方がいいです。

アメリカにブラッドリーマニングという兵士がいます。彼はイラクの戦地で、空から民間人をまるでゲームのように撃ち殺している米兵たちの姿を内部告発しました。それがもとになり、アメリカの戦争が大義名分のあるものではないと議論が起きました。

しかし、マニングさんは当初国家反逆罪の嫌疑がかけられ、結果的に免れたものの、禁固35年の刑を言い渡されました。漏洩した情報で、社会が良いほうに動いたのにもかかわらず。一般市民たちは立ち上がり、彼を保護する運動が起きています。

この動きが日本でも起きるでしょうか。特定秘密保護法案ができた背景に、海上保安庁職員の流出映像があります。あの情報を漏らした人は辞めていくことになりましたが、その人のことをどれくらい義憤をもって見れたでしょうか。

「良い情報を知れた。よかった」だけで終わり、情報を発信した責任は当事者のみがとります。なので、この周辺環境を底上げしないと根本的な解決にはなりません。特定秘密保護法をかいくぐり告発しても、当事者が守られないと勇気ある告発が最小限の効果しか発揮しないのです。日本では、その情報の価値がどうなのかではなく、規律に反した人を徹底的に叩く傾向がありますから。

――社会を変えるためには、組織を辞めてフリーになるか、転職するかなどの、リスクを取らないといけないことが多いです。リスクを取らないと現状を変えることができないのは不健全な世の中とも言えます。堀さんは、去年フリーになり、「種まきの時期」を過ごしたそうですね。今年からは動き出していくとのことですが、どのように動いていくのでしょうか。

:今は貧困格差の問題を扱った「変身2」を制作しています。今作も原発を扱います。原発が建設されるのは、どこも経済格差で弱い方の場所です。例えば、海岸地域の貧しい漁村に原発が建設されることで、出稼ぎに行っていた父親が作業員として戻ってきて、家族がいつも一緒にいれることを可能にしています。しかしそれは、補助金漬けにしたことで可能にしているのです。

日本はこれから、インドネシア、トルコ、韓国など海外に原発を輸出していきますが、経済的に弱い場所に建設していくでしょう。さらに、福島第一原発の2、30年後の廃炉作業は有能な作業員なしで行っています。有能な作業員は輸出の方に回されますから。

では、誰が廃炉作業を担当するのかと言うと、知識や経験もない日雇い労働者たちです。高い放射線と向き合いながらひたすら作業します。そこに経済格差が存在しています。

――覆面の現役キャリア官僚が執筆した内部告発型の小説『原発ホワイトアウト(講談社)』があります。その本では、「その国の政治は、国民の民度を超えられない」と書かれたセンテンスがあります。一人ひとりが考えていくことが大切とされています。

:そのことは、メディアにも言えます。大衆社会とメディアは表裏一体の関係です。1人ひとりが社会に対して何ができるのかを考えないと弱い人にしわ寄せがいくことになってしまいます。

ただ、「国民全員が考えて、発信者になる」と言っていると、理想主義だと指を指されます。

理想主義かもしれないですけど、理想を言い続ける人がいても良いのかなと思っています。最初から悲観していても何も変わりませんので。

堀潤:
1977年、兵庫県生まれ。立教大学文学部卒業後、2001年にNHK入局。岡山放送局を経て、「ニュースウオッチ9」リポーターに。独自取材で他局を圧倒し、報道局が特ダネに対して出す賞を4年連続5回受賞。10年、経済ニュース番組「Bizスポ」キャスターを務める。12年、米国留学し、UCLA客員研究員に。日米の原発事故を追ったドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」を制作。13年4月、NHK退局。NPO法人「8bitNews」代表。

堀さんが執筆した『変身(KADOKAWA)』はこちら