タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆食料自給率

いつの間にか太陽がかなりの高さになっていた。
末広のボルテージもかなりの高さになった。
啓介は自分の保険の仕事が不安になった。
なにか成果を上げて東京に帰らなければならない。「ではそろそろ・・・」と言おうとする間もなく末広が講義を続けた。
「日本の食糧自給率が何パーセントか言ったよな」末広が言った。
啓介は言われたような言われないような気持ちで、「習ったと思います」と言った。
では「何パーセントか?」末広が訪ねた。

「10パーセントだったっけ」と啓介が答えた。
「39パーセントだ。今度は忘れるな。一応そういう事になってるみたいだが、米は100%だよね」と敏夫に念を押した。
「そういうこんです」
「では野菜は」
「これも100パーセントではないですか」
「そうだよね、農家って野菜を自給するほかに
近所に配ってるよね」

農水省-日本の食糧自給率より

「配ってます。レタスの大きい奴を10個も20個も嫁に行った娘のうちに配って、「お爺ちゃんレタスばっかりこんなに食べられないよ」なんて言われて悲しい思いで返されたレタスを軽トラに積んで帰る話もしたよな?」
啓介はそれも聞いたような聞いてないような気持ちだった。でもとにかく作物は余っている。
それなのになぜ統計では39パーセントになっているのだろうか。
「なんで100パーセントでなくて39パーセントなんですかね」と言って啓介はしまったと思った。これで15分間は止まらない。
「農水省は作物をカロリーで計算する世界的に見てとても珍しい国なんだ。重量ベースで計算すればそれが60パーセント以上になるんだが、日本の農水省は39パーセントと危機感を煽りたいんだろうな」

「60パーセントとしても100%ではないですよね」敏夫が言った。
「だけども人に無理にやったり、生産調整といって捨ててるんだから、それは100パーセント以上じゃないとできないことだよね」
「捨ててるんだから100パーセント以上に決まっているだろう」
「そういうこんだ」
「耕作放棄地が出来る理由だって、作物の需要がもうこれ以上ないからだよな」
「そうですね」と啓介「でも耕作放棄地は跡継ぎが居ないからじゃないんですか?」
「跡継ぎはいないよ。作っても売れないからよ。買う人がいないのはもう喰いきれないからじゃないのか?」
「そうですね。作っても売れんから作らんですよ。売れんなら金が入らんからやめるずら」

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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