タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう
なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)
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◆階段が滝になった!
男は自分の名をパテルだと言った。
「ノー ドル ナウ」と末広はドルが手元にないことを説明すると、いつならあるのか?と尋ねているようだったが、末広はだだ「アイドント ノー」と答えるすべしかなかった。
パテルは白けた顔をして、ちょうど注文取りにやってきたウエイターに、手を魚の尾びれの様に振って席を立った。末広は語彙不足の為のぶっきら棒な自分の言い様を悔いて飲みかけのコーヒーをごくりと飲んだ。
すると引っ込んだウエイターが早足でやってきた。「ユアフレンド」と言って天井を指差した。「ウェイク ヒム アップ」。ウエイターの後ろの厨房の前を、ズボンをたくし上げ、腕まくりし、バケツと鍋を持って走るのが見えた。バスとウォーターと言う言葉が聞こえた。
小室さんがいったいどうしたのだろうか?と思いながら二階に上がる階段の下に来てみて驚いた。湯が階段から流れ落ちている。何だかわからないけど小室さんに何かあったのかもしれない。足元をぴちゃぽちゃさせながら会場に駈け上がる。ズボンをたくし上げた裸足の男が小室の部屋のドアを叩いている。ドアと床の隙間から湯が流れ出している。
「小室さん。小室さん」
ドアが開いた。部屋から湯気が立ちあがった。もう一つの白いドアが見えたのでそれを叩くと顔を覗かせた小室の頭を叩いてしまった。
ドアだと思ったのは湯気の壁だった。
「何するんや」
「湯が流れてますよ」
「あっいかん!眠てしもた」
部屋の入口の脇のバスルームが開いていて、バスタブから湯が溢れ落ちていた。シーツをまとった女がベッドから半身を起こして眼を見開いている。末広と一緒に上がって来た裸足の男がバスルームに飛び込んで蛇口の栓を閉めた。
「バヤ サナ」と言ってバスルームのタオルを床に広げた。末広はタオルを貰いに階下に降りたが、水は一階の廊下にも流れていた。
ウエイターに「タオル、タオル」と言ったが通じなかった。小室も降りてきたがウエイターは手をヒラヒラさせて自分たちがやるからいいと言っているようだった。小室が「すまんことをしてしもた。どないしたらよいやろ」と言ったので、末広は「チップを振る舞うしかないでしょう」と答えた。
小室はケニヤッタ大統領の肖像が描かれた100シリングを会場にいる二人の男に、そしてウエイターにも100シリング紙幣を「ソーリー、ソーリー」と言いながら渡した。
彼らはとても喜んで「サンキュー」とか「アサンテサナ」とかいって受け取った。迷惑どころかとても良い仕事を回してくれたという様子だった。
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