タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆公判

二階にある法廷はロンドンの法廷もかくやと思わせる古くてどっしりとした造りだった。天井が高く、窓が5メートルほどおきに細長く天井の際まで何本も開けられていて、日差しが金色の三角定規のように窓の数だけ差し込んでいた。あの日差しの坂を駆け上がって窓のガラスに体当たりをすれば外に飛び出せるなと末広は思った。

その何筋かの輝く坂の消える所が人の肩ほどに高くなって、どっしりとしたニス塗の木の仕切りがある。その後ろに黒人の裁判官が高い背もたれの椅子に座っていた。その黒い裁判官たちはそれぞれに金とか銀の、黒い顔に金髪の長い髪がまるで珍妙だった。

黒人の検察官と思しき人物が、向かって右側に座って、インド人の弁護士らしい初老の男がよれたスーツを着て左側の机の脇に立っていた。弁護士はむち打ち症なのか首にプラスチックのギブスを付けている。事務官のような男が何か宣言すると、検察官が裁判官たちの方にかしら右をした。

どうやら裁判がやっと始まったらしい。弁護士は首が回らないので、よたよたと体ごと回して裁判官に挨拶をした。傍聴席なんてものはなく、三人と通訳はそっけないコンクリートの床にだだ立たされていた。やおら検察間の一人が立って何か言うと、弁護人がそれに呼応した。緊迫感が何もない。

裁判官が二人の日本人とピーターに前に出るように促した。三人がゆるゆると進み出ると裁判官は制服を着た男二人に何かを命じた。制服の二人は部屋から出て行くと。手錠をされた若い男の両脇を支えるように三人で戻ってきた。若い男は敗れたTシャツに破れたズボンでゴム草履姿だ。

通訳のオシロと三人息をのんで顔を見合わせた。坊主頭にベースボールの様な縫い目が走っている。血で汚れた男の顔なんかほとんど覚えていないが、小室はその痛々しい頭を見てまさにあいつだと確信した。「凄い生命力や」小室が首を振って感心した。ピーターは胸で十字を切り、末広は再び大きくため息をついた。裁判官席の中央の一際立派な鬘の裁判官がこちらを向いて何か言うと、硬直しているピーターが「リオ」イエスと言った。

黒い顔で金髪のハイドンは末広に向って同じ言葉を発した。末広は「アイドントノー」と言った。末広は彼から1メートルも離れずに立たされているベースボール頭の青年が急に哀れになってしまったからだ。小室はこの若者が先日見た鉄球に結ばれていた囚人のようになると思うと、とてもイエスとは言えなかった。しかし小室は聞かれてもいないのに「イエスサー」と叫んだ。

「分かっているのかいな」末広は呟いた。

それを聞いて真ん中の裁判官がメモをしながらベースボール頭に何かを尋ねた。するとベースボール頭は急に頭を抱えてその場にわなわなと倒れ込んだ。そして四肢を痙攣してもだえ苦しんでいるようだった。裁判官は天井を見上げて深い息をすると、検察と弁護人に何やら言ってから制服の男たちにベースボール頭を退廷させるように命じた。

両脇を抱えられた若者はまるで頭(実際はタコの頭は胴体だが)に縫い目のある頭の大ダコが足を砂浜に引きずりながら吊るされて運ばれているようだった。
オシロが言った「あの男は都合の悪い質問をされるといつでも気を失ったふりをするらしいです」

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